資料/設定

明治25年1月8日 旭川駅


『旭川〜、旭川ァ〜!』


列車の扉が開くと同時に、プラットホームへ降り立った。

ひと仕事終えたとばかりに、汽車は黒煙を吹き上げる。


『長らくのご乗車お疲れさまでした、終着の旭川に到着です。車内に落とし物お忘れ物なさいませんよう――…』


「漸く戻ってきたって感じですね…。」


函館本線最末端のこの駅まで、岡山より急行と夜行を乗り継いではるばる2日半。


「復興のゴタゴタで、まさか復員までもが遅れるとはな」


伊地知は軽く笑った。

彼は先日正式に少佐へと昇進、それでやっと北鎮への復員命令を僕と一緒に拝受したのであった。


「不幸ですねぇ…。年越しをまさか故郷で迎えることもできないとは」

「まぁ、代わりに手当と恩休も出て、年末年始は京阪神に繰り出すことも出来たしいいじゃないか」

「え?少佐、手当と恩休出たんですか?」

「は?」

「僕なかったんですけど」

「……すまん」


尉官は年末年始だろうが岡山の兵営で待機してろってか、陸軍復員部め。

ぶつぶつと文句を言いながら、雪の荒び込む8番ホームを改札へと歩く。


「まぁ…、代わりにはならんだろうが」


おもむろに伊地知が立ち止まった。


「貴官に渡すものがある」

「?」


彼は、僕に一封の軍令書を渡す。


「発は…陸軍叙勲部?」


宛は間違いなく僕の名が記されているものの、差し出し人は全く関係のない陸軍の部署であった。軍法会議への出廷命令なら法務部から来るはずだし、叙勲部が僕に何の用事があるというのだろう。


封を開いて中身を出す。


「………?」


そこには、二重の半透明の袋に入れられて、

真新しく光沢を輝かせる何がが載っていた。


「これは?」

「『翠北金鵄章』、だそうだ。」

「…??」

「従来の戦功勲章は、勅令で戦時と定義された場合における戦功への表彰だけでな。今回のような宣戦布告ナシの対外交戦を考慮していなかった。」


僕は静かにそれを手にとって、しげしげと眺める。


金鵄に、尾を引く赤い流星が一綫。

そんな様をあしらった徽章だった。


「だが、貴官の切通封鎖は、戦局決定に極めて重大な役割を果たした。

 結果、非戦時下の交戦状態という異例の事態に対応して、戦時の金鵄勲章とは別の戦功勲章を新設するという手段を使うことで…授与だそうだ。」

「そう…ですか。」

「なに、今時戦役でこんな無茶をやったのは貴官だけだ。翠北章は貴官にしか授与されんし、貴官しか持ってないのならば知名度もあがるまい。下手に目立ってしまうことはありえんよ」


徽章を、少しばかり強く握りしめる。

これでもう、この動乱を忘れたりは絶対にしないだろう。


長い跨線橋を渡って、旭川の玄関口たる駅舎へと足を踏み入れる。


そうして見えた改札の向こうには、わざわざ出迎えに来てくれたのだろうか、ぞろぞろと改札を出ていく旅客の中に、そわそわ周りを見回す咲来の姿があった。


これは、徽章の一報を聞かせてやらねばな、と足を踏み出す。


「帰ってこれた、…か。」


そう、しみじみと呟いた。






―――――――――


廻天旅跡録かいてんりょせきろく

第一部『宵開けの帝都』・上


―――――――――






資料/設定

(ネタバレ含)


・皇國枢密院

平成から召喚された逆行者と、重鎮たちが中心となって歴史改変を進める組織。

師団制移行の代わりに近代型鎮台への再編を採用し、コストを抑えたりと、一定の成果を出し、敗戦回避に向け改変を進めていたが、急速な改革への反発を生む。

史実知識の保有から自信過剰になり、対露外交に失敗、樺太において国境紛争である「北方戦役」が勃発。それでも陸軍は奮闘し圧倒的勝利を収めたが、先述の反発によって北方戦役に呼応し国内では「山陽道戦争」と呼ばれる叛乱が勃発。

北方戦役は外交負けし、千島列島を喪失。以上の「明二四年動乱」を経て、日清戦争前の国力を大きく削る結果となり、改変の道筋は斯くして、序盤から大きく狂う。


磯城いそしろ 盛太せいた

逆行者。出身は東京都荏原区。10歳。

本作の『主人公』。現代からの逆行の影響か、7歳児として召喚されたのち、歴史改変への使命を抱き、明治の渦に身を投じる。

終身華族、枢密院議員。

運命に抗うその勇姿こそ、われらが維新の大英傑。


初冠ういかっぷ れい

逆行者。出身は札幌市発寒区。10歳。

同じく逆行の影響か、実年齢は15歳のはずが、7歳の時の身体で召喚される。召喚後に「英雄」の不興を買ってしまい、明治・北海道紋別へと追放。

陸軍少尉、翠北金鵄章叙列。

好きなものは電車。将来が心配。


咲来さっくる 裲花りょうか

元アイヌの少女。出身は樺太長浜郡。10歳。

特徴的な銀髪を持ち、故に同族からは忌み嫌われて見放された。だいたい一人で生き抜いてきたためか、非常に頭が切れ、戦闘能力も高い。北方戦役では初冠のペアを務め、撃破数は初冠をも平気で抜いて小隊中トップという稀有な戦果を叩き出す。

陸軍准尉。


伊地知いぢち 幸介こうすけ

明二四年動乱における初冠と咲来ら「二重帝国」の上官。出身は鹿児島市。37歳。

作戦立案能力は高く、敵情の洞察力も群を抜く。新兵器と新戦術への理解が速く、柔軟な思考力を持つ将校。

陸軍少佐。功五級金鵄。


有栖川ありすかわ 茶路ちゃろ

屯田兵士官科、旭川幼年士官学校の研究棟総括。出身は東京市麻布区。16歳。

卓越した知性を誇り、本来このような僻地にいる人材ではないはずだが、果たして――。



・「皇國」

北海道・本州・四国・九州からなる主要4島と小笠原・琉球を統治する、「日本皇國憲法」を基幹とした立憲君主国。明治21年(1888年)まではほぼ史実と同じルートをたどったが、平成からの逆行者の召喚によって違う歴史を歩み始める。

北方戦役で得撫島以北の千島列島を喪失したが、周辺諸島統合によって南鳥島、沖ノ鳥島、大鳥ウェーク島、尖閣、竹島の領有を確定している。


・日本皇國憲法(内戦前)

第一章 天皇

第一条

天皇は日本皇國及び臣民の元首にして、統合の象徴である

第四条

天皇はその行政・司法・立法に関せし三権を皇國臣民へ与ふ

第六条

天皇は皇國議会に於いて正当なる過程を経て可決されし法律を裁可し公布せしめ之を施行する

第八条

 第一項 天皇は自然災害叛乱戦時等に於いて皇國議会が機能せぬ場合に限り天皇大権を行使し 法律に代わるべき勅令を発す

 第二項 国家非常事態に於ける上記に定められし勅令の効力は皇國議会に於いての可決と同じ権限を有す

第十一条

天皇は皇國陸海軍を統帥する

尚その指揮権は内閣の下に直属す

第十二条

天皇は内閣の承認を経て戦を宣し和を講し諸条約を締結す


第二章 臣民義務権利

第二十条

全ての皇國臣民は基本的人権を享有す

永年無窮に渡り侵すことの出来ない永久不変の権利として本憲法は之を保証する

第二十一条

皇國臣民は兵役及び納税、勤労の義務を有す

第三十一条

本章に掲げたる事項は憲法第八条に基づく天皇大権の行使を妨ぐることなし


第三章 皇國議会

第三十二条

皇國議会は皇國立法の最高機関なり

第三十三条

皇國議会は貴族院衆議院を以て構成す

第三十五条

衆議院は選挙法に基づき公正に選挙せられたる議員が之を構成す

第四十一条

衆議院は貴族院に優越す 之の要件は法律に依る所に定むる


第四章 内閣

第四十八条

内閣は皇國行政の最高機関なり

第四十九条

内閣はその首長たる内閣総理大臣以下国務大臣で構成す

また、その半数以上は文民とすべし

第五十三条

内閣総理大臣は皇國陸海軍を編成し指揮をす

戦争は、これ皇國議会の事前または事後承認の下に遂行す

第五十五条

内閣総理大臣は国務大臣の欠員時 之を兼ねる

第六十三条

内閣は国家の決定に対し連帯で責任を負ふ


第五章 司法

第六十六条

裁判所は皇國司法の最高機関なり


最終章 皇國枢密院

第百一条

皇國枢密院は天皇に直属す

第百二条 第一項 皇國枢密院は行政司法立法の決定を審議し天皇へ奏上する義務を負う

 第二項 衆議院の総選挙時に皇國枢密院は再編され、天皇は元老を6名勅撰、衆議院議長は議員を3名を指名す

 第三項 皇國枢密院は上項に基づき計12名に依りて構成す

 第四項 第一項の審議において皇國枢密院は三分の二以上の協賛により否決する権利を有す

第百三条 第一項 第百二条第四項に基づく皇國枢密院の拒否は 之衆議院に通告され衆議院は再採決の権利を得る

 第二項 上項において再度衆議院が可決せし場合 之を枢密院は再度審議できる

 第三項 上項において枢密院が再度否決した場合に限り国民投票が実施され 国民投票において当該決定の成否を決す

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