第5話:特防隊の捜査






 「コンテナの出所わかりましたよ!」部屋のドアを開け開口一番に和泉はそう言った。すると、声に驚いたのかドアが開く音に反応したのかはわからないが、デスクに足を乗せて眠り込んでいた高槻が跳ね起きた。


 「うるせぇな・・・」不快感を露わにする高槻に対し、あぁおかえりなさい。と適当に応対するとすぐに宮津に自信のスマホを差し出した。


 「医療機関周りのことを姉に聞き耳を立ててもらってたんですけど、産廃として処理するものを紛失したということで都内の私立病院が厚労省から指導を受けていたそうです」スマホの画面にはその病院の購入明細と産業廃棄物の記録が映されている。外科用メス、縫合針と縫合糸、ケリー、ペアン等数種類の鉗子、各種医薬品と多岐にわたる。素人目には何処がおかしいのか判断しかねる。


 「どれくらい紛失してるかわかるか?」


「無くした。って言って済む数じゃないですね」


「となると業者に渡る直前か・・・」宮津はスマホを和泉に返すとパソコンを操作した。メールを開き文字を入力していく。


 「改竄した様子もないとなると病院じゃなく個人の仕業の可能性が高いな。その病院の職員名簿は手に入るか?」


「然るべきとこから頼まれれば出してくれるでしょうけど・・・ねぇ?」やや歯切れの悪い返答に宮津は、だよな。と特段気にする様子もなかった。エンターキーを叩きメールを誰かに送信すると宮津は腰を上げ衣服を整える。


 「その病院がサーバー管理を委託してる業者を調べておけ」そう言うと宮津はドアを開け何処かへ行ってしまった。すると、デスクに乗せていた足を降ろし座り直した高槻がぼそりと呟いた。


 「まーた強行策か」高槻の脳内には瞬時に、管理業者に扮して病院に入り込み職員名簿を盗み出す。という計画が浮かび上がった。この上なく強引且つ違法な行いだが、そのような行為を比較的容易に実行するために設置されたのが特防隊であり、現に今まで何度もそうしてきた。


 「作業服の調達までやっといた方がいいですよね?」


「だろうな」












 「さすがIT系。作業着も格好いいな」調達された作業着を見て斑鳩はそう言った。和泉にしてみれば町工場で着るような作業着と大した差異はないように見えるが、わかる人間にしかわからいことなのだろう。


 意気揚々と作業着に袖を通した斑鳩。現役の高校生でありながらその見てくれは業者そのものであった。顔見知りの和泉でさえ顔をはっきりと確認しなければ気付かない程様になっている。これが斑鳩が学生でありながら特防隊に身を置く理由だ。


 斑鳩が服に袖を通せば忽ちその服装の職業従事者に見えてしまう。作業着を着れば作業員に。白衣を着れば医者に。スーツを着て防衛省に居れば省職員に。それが斑鳩の持つ言わば特殊能力だ。


 「直接サーバーにパソコン繋いで職員名簿をパチってくればいいんですよね?」


「方法は知らないけど要はそういうことだね」コンピューターに関しては専門外なので判然としないが、この手のことは斑鳩に任せて大丈夫だろう。何といっても斑鳩には防衛省に侵入して情報を盗んだ前科があるのだから。


 「それで、いつ行けばいいんですか?」斑鳩は和泉の後方でパソコンの画面を眺めている宮津に視線を向けた。


「早いに越したことはないが、今日は嫌だろ?」宮津はそう言って画面から目を切ると、作業着の上の頭がこくんと下に下がるのが視界に入った。


 「もうこんな時間ですし」


「じゃあ明日だな」ですね。と斑鳩は首肯すると作業着を脱ぎ着てきた服を再び着直した。すると、若きエンジニアが姿を消し、ジーンズにTシャツといった在り来たりな服装をした年相応の少年に変貌した。


 「それじゃあ明日の午後に報告に来ますね」そう言うと斑鳩はデスクの上に置かれたノートパソコンを持ってドアの向こうへと消えていった。












 「ほんと、宗肆ソウシには毎度驚かされますね」和泉は宮津から多少の反応が得られると想像していたが、それに反し宮津は僅かにでも声を出すことなく画面を注視している。


 先程から何を見ているのか気になった和泉は、宮津の後ろに回り肩の上から覗き込んだ。


 「何見てるんですか?」視界に飛び込んできたのは氏名と所属が書かれたページだった。そして宮津がある1人の詳細を表示した。


 金目周一カナメ シュウイチ一等陸曹。開発実験団装備実験隊第4実験科所属。和泉がページ上部を視線でなぞっていると、宮津は自分の体を横に除け和泉によく画面が見えるようにした。


 「この男知ってるか?」所属以下の経歴を見るが海上自衛隊出身で、尚かつ防衛医大卒の和泉に接点があるはずがない。だが、名前に聞き覚えはあった。


 「確か、物資の横流しで停職になった人でしたっけ?」宮津は静かに頷くと補足を入れる。


「書面上は停職処分ではあったがその実は免職だ。上官が退職願を書かせ先月辞職した」


「そんなにヤバイもん横流ししたんですか?」宮津は俯いて目頭を押さえた手を離すと呆れ顔になった。


 「物も物だが、渡った先が康安会コウアンカイ(暴力団)だったそうだ」和泉は、あぁ。と納得の表情を浮かべた。それはさておき本題は、何故その懲戒免職となった自衛官の詳細を見ているのかだ。


 「その男が何か?」


「第4実験隊というと主に電子機器を扱っている隊だ」


「つまり、今回の件に関係があるってことですか」まだわからないが。と宮津は付け加えた。だが、腹の中ではほぼ確信に近い認識でいる。何せ、電子機器のスペシャリストが退職してから僅かひと月で、電子機器を使用不能にする小型兵器の一件が浮上したのだから。






 時刻は午前10時。診療を開始した病院の受付は大勢の患者と医療スタッフでごった返している。これだけ混雑していれば業者がスタッフに挨拶をしなくても不審がられることはないだろう。だが流石に関係者用の通用口は閑古鳥が鳴いており、そうはいかない。


 私服姿の斑鳩は受付を通り抜けると一目散にトイレに入り、そこで昨日試着した作業着に着替えた。PCの入った鞄に服を押し込むと堂々とした立ち振る舞いでサーバールームへと向かう。


 エレベーターのドアが開くとすぐ目の前に、診察室のように横に引くドアではなく手前に開く左右両開きのドアが鎮座している。患者のデータ、機器のデータ、スタッフのデータ等病院内のすべてのデータを押し込めた部屋なので当然鍵が掛かっている。


 幸か不幸か鍵はデジタル化されておらず、ピッキングも簡単なシリンダーキーだったため専用の工具を鍵穴に差し込むと2分と掛からず解錠に成功した。


 数十並ぶサーバーの間をゆっくり歩きながら1つ1つ確認していきお目当てのサーバーを探す。ファイルサーバー群を発見すると鞄からノートパソコンを取り出しUSBでサーバーに接続した。もちろん直接繋いだからといってデータが見放題というわけにはいかない。


 鞄に乱雑に押し込んだ服の下から厚さ10センチ程の金属製の箱を取り出し、そこから伸びたUSBケーブルをノートパソコンに繋いだ。そしてパソコンを操作しソフトを起動する。このソフトは今接続したデスクトップパソコン本体のような箱型の機器を用いてパスワードを解析するものだ。


 箱に搭載されたファンが回る音と共にソフトが作業を開始した。14桁のパスワードでさえものの6分で解析してしまう性能を持ち、8桁のパスワードでロックされたこのサーバーを開くのに5分も要しないだろう。斑鳩はその間に別の用を済ませにかかる。


 サーバーから基盤を1枚引っ張り出しコネクタに、ケーブルの先っちょに小型の送受信機が付いた橿原お手製の無線LANを接続した。これで遠隔から中を覗くことができるようになる。


 基盤を元の場所に戻すと丁度パスワードの解析を終え、箱型の機械が沈黙しパソコンの画面にデータが表示された。


 患者、収支、機器とファイルが並ぶ中スタッフと名前が付けられたファイルをクリックし中を開く。するとシフトや給与など更にいくつかのファイルが表示され、その下の方に名簿のファイルを発見した。USBメモリーをパソコンに挿すと直ぐにファイルのコピーを開始するが、この規模の病院ともなれば医療スタッフだけで100人近くにのぼりコピーにはそれなりの時間を要する。


 斑鳩は鞄の底から着てきた服とは別の服を取り出し、先程乱雑に押し込んだ服を綺麗に畳むと鞄の底に仕舞い込む。次に仕事を終え静かになった箱型の機械をパソコンから切り離し、鞄の底に敷いた服の上に置いた。ふと画面に目をやると、コピーの進捗は60%に達していた。鞄にノートパソコンを入れる隙間を作り残りの40%、時間にして2分強を手うちわしながら待機した。


 コピーを完了させると開いているウィンドウを全て閉じ、シャットダウンを実行。それと当時にパソコンを折りたたみサーバーに接続したUSBを引き抜いた。手早く鞄に入れると上から着替え用の服を乗せファスナーを閉めて肩に担ぐ。


 ドアの鍵を開け部屋の外に出ると、機械の熱気から解放され少し肌寒さを感じた。再び鍵穴に工具を差し入れ今度は反時計回りに回し施錠し、エレベーターに乗り込む。


 来た道を戻る途中、整形外科の診察室の並ぶエリアで看護師2人と擦れ違った。作業服を調達した甲斐があり、看護師は特に気にとめる様子もなく、コアグラがどうのこうの話しながら歩いて行った。


 近場のトイレに入ると直ぐにパーカーとデニムという来たときとは違う装いに着替え、鏡の前で髪の毛を適度に乱した。鞄を肩にかけると迷いのない足取りで受付を抜け無事に任務を完遂した。












 「ご苦労だった」病院から出たその足で防衛省へ報告に行くと、部屋には宮津以外の姿はなかった。奇妙に思いながらもノートパソコンを渡すと宮津は直ぐにパソコンを立ち上げた。


 「他の人は何処に行ったんですか?」


「高槻は習志野、丹波は横田、和泉は横須賀だ」荷物が部屋にないことから今日は帰ってこないのであろう。果たしてそれぞれ何をしに行ったのだろうか。想像を巡らせている内に宮津が口を開いた。


 「もう帰っていいぞ。お前に勉強を教えられるほど賢くもなけりゃ暇もないからな」暇がないというのはまだ理解できるが、官僚という地位に在りながら賢くないというのは甚だ疑問だ。


 「その歳でこんな変わった部署任されてて賢くないことないでしょ?」そんな尤もな疑問にパソコンの画面をひたすらになぞりながら宮津は答える。


「出世に必要なのは何よりもコネだ。覚えておくといい」確かに特防隊の性質上ペーパーテストの成績よりも資質や人間性が優先されるのは間違えない。それを松阪課長に見出され隊長に抜擢されたというのも納得できる。


 だが、いくら統幕内の部署とはいえ立場上は自衛隊とさほど変わらない。わざわざ国家公務員試験を受けて官僚になった人間が配属されて喜ぶようなところではないはずだ。それでも宮津は喜んで仕事に従事しているように見える。そんな人間だからこそ抜擢されたと言われればそれまでだが、斑鳩には何か理由があるように思えてならなかった。


 今その理由を聞き出すのは野暮ったいと思いどうしようか思案しているうちに、ふと時間が気になり宮津に時間を尋ねた。


 「どんな格好にも合う腕時計が発明されればいいのにな」宮津はそう言うと画面の右下に表示される時刻を読み上げる。その途端に斑鳩は猛烈な空腹感に見舞われた。それと同時に、宮津がこの地位に甘んじる理由を自然に聞き出す妙案が思い浮かんだ。


 「宮津さん。飯行きません?」宮津は、いや。と断る意思を示した。しかし、スクロールバーがまだ画面の最上部にあるのを見ると、態度を変え部屋の鍵と財布、スマホを手に持った。


 「丼ものでいいか?」


「おっ、いいですね」電気を消し部屋を出ると、しっかりと施錠しエレベーターホールに歩いて行った。




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