第3話:特防隊の調査







 「29歳のフリーターで、ネット掲示板で荷物運びを募集していて引き受けたそうです」


「依頼主のことは?」スーツ姿の宮津と和泉は話しながら防衛省庁舎内の廊下を並んで歩いている。


「回収したら駅のロッカーに入れて鍵をロッカーの上に置いておけ。という指示だったそうで直接会ってもいないそうです」先日の運び人の聴取は大方の予想通り大した収穫はなかった。


 「警察に回しますか?」


「バイクのタイヤを撃ち抜いてすっ転ばした男が何者かから手作りの危険物を運ぶように依頼されていたから調べてくれって頼むつもりか?」そう言われ和泉が口篭もる。宮津は胸ポケットから鍵を取り出すと、手錠の形をしたキーホルダーの枷の片方に人差し指を入れクルクルと回し始めた。この状況で余裕を感じさせる行動に和泉は疑問を抱いた。


 「大丈夫。次の一手は考えてある」宮津はそう言うと部屋を開錠しドアを開ける。和泉を先に通し自分は後から入室した。


 肩から掛けていたバッグをデスクの上に置くと、引き出しから先日バラバラにした電子機器を取り出す。


 「それのことで何かわかったんですか?」和泉は期待に胸を膨らませ尋ねた。しかし、そんな和泉の気持ちを裏切る、いいや。といった非情な答えが返ってきた。落胆した和泉はバラバラにした電子機器を茶封筒に掻き入れる宮津の姿をただただ眺めた。ただでさえ月曜の朝は元気がないというのに和泉は生気を失った顔をしていた。


 「丹波が来たらすぐに出るから準備しとけよ。ちょっと歩くぞ」外に出るなんて珍しい。それに加え自分を連れて何処かに行くなんて初めてのことだ。和泉は再び期待を抱いた。


 「何処に行くんですか?」顔を宮津の方に向けてそう尋ねると、丁度宮津がドアノブに手を掛けているところだった。


「松阪部長のところだ」そう言うと宮津は部屋を出て行った。


 「そういうことじゃないんだけどなぁ・・・」聞きたいことが聞けずもどかしそうにする和泉の呟きが部屋にこだました。












 「おはようございます」鼻唄交じりで如何にも上機嫌な様子の丹波がドアを開けた。これから何処で何をするかわからずにやきもきしている和泉だが、この上機嫌ぶりは何があったのか聞かずにはいられない。


 「機嫌いいですね。何かあったんですか?」


「娘の誕生日プレゼントにネックレスをやったら気に入ってくれてな。今日も彼氏とのデートに付けていったらしんだ」前半部分は大いに納得だが後半部分には疑問を抱いた。娘の彼氏というものは父親が嫌うものの筆頭だ。縦しんば出掛けるときにプレゼントを身に付けてくれたとして、その相手が彼氏というのならあまり快いことではないのではないか。和泉が尋ねると丹波は上機嫌だとわかるような態度を変えず気分よさげに答えた。


 「自分の娘が他人に気に入られたんだぞ。嬉しくないわけないだろ。だいたいいい歳していつまでも娘が自分の物だと思っているようだから嫌がられるんだ。本当に大切に思っているのなら巣立つところを黙って見守ってやらなきゃだめだ」和泉はそういうもんですか。としか答えようがなかった。こればっかりは実際に父親になってみないとわからないことだろう。そう考えた。


 「和泉、行くぞ」突然ドアの隙間から発せられた声に和泉は体を跳ね上がらせた。その声の主が宮津だということに気が付くと、すぐに鞄を持って部屋の外に出た。


 「いってらっしゃい」丹波が手を振って見送ると、和泉は一礼して返答した。そうしているうちに宮津の背は既に10メートルほど離れたところに見えるようになっていた。小走りで追いかけるとエレベーターを使わず階段で1階まで降りていく。


 正門を出るとすぐ左に曲がり橋を渡る。そこから神田川沿いに北へ歩いた。


 「何処に行くんですか?」先ほど正しい返答を得ることができなかった質問を再び宮津に問い掛けた。


「行き詰まったときに手掛かりを見つけ出すヒントをくれる人のところだ」その漠然とした答えが余計に和泉に疑問を抱かせることになった。だがその疑問もすぐに解消する。和泉はそう信じ黙って歩いた。












 20分ほど歩くと飯田橋に辿り着いた。このエリアには首都大学東京のキャンパスやオフィス・商業棟、住居棟、教会棟から成る複合施設、飯田橋グラン・ブルーム。更には秋田書店、竹書房、少し離れたところには角川などの出版社の本社ビルが建ち並んでいる。


 宮津は神田川沿いにある雑居ビル、その1階のテナントのをドアを開けた。道路に面した1面がガラス張りになった壁と横に広がる平坦なフロアは美容室を思わせる。全体的に落ち着いた雰囲気のインテリアであしらわれており中央付近には応接セットが置かれているが、商品と呼べるようなものも技術を要するような設備も置かれていない。外の壁に鑑定士と書かれた看板が掛けられていることから鑑定家が商品なのだろうが、貴重な品々を鑑定するような厳かさは感じ取ることができない。


 和泉が店内を見回していると奥から1人の若い女性が姿を現した。すらっとした長い手脚を持つ身体にゆるいウェーブのかかったロングヘアを携えたその女性は、猫のように大きくつぶらな瞳で宮津と和泉を見詰めた。


 「あら宮津さん。おはようございます」女性は目を細めて微笑むと宮津と和泉を応接セットの方へ手招いた。


 「今日はどうされたんですか?」


「これを見てわかることを教えていただきたい」そう言うと宮津は茶封筒を差し出した。女性は茶封筒を受け取ると、拝見します。と言ってから中に手を入れ机の上に中身を並べていった。


 「プラスチックの箱、乾電池、導線、コイル、あとこれは・・・変圧器ですか?」宮津が首肯するとルーペを使い1つ1つ丁寧に観察していく。


 「補足しておきますと、これらの部品はもともとプラスチックの箱に綺麗に収まった状態で埠頭に置かれていました」


「バラバラにしたのは宮津さんですか?」女性が部品を観察しながらそう尋ねると宮津は、ええ。と答えた。


 「宮津さんはこれを何だと考えていますか?」


「前情報と物理の知識を総合して考えると、それは簡易のEMP兵器ですね」女性は手を止め不可解そうな表情を浮かべた。恐らくEMP兵器というものが何かわからないのだろう。


 「EMP兵器というのは大まかにはパルス状の電磁波を発生させ電子機器を破壊する兵器のことです。専門的なことは省きますが、そいつはコイルと変圧器に通電することによって電磁パルスを発生させることができます」


「それがわかっているのなら私ができることは何もないと思いますけど?」女性は怪訝そうな顔で宮津を見た。一方宮津はその言葉を予期していたかのように間髪入れず切り返した。


 「あなたに鑑定していただきたいのはこれではなく、これを作った人間です」今漸くここが何を鑑定する店なのか和泉は理解した。店名の通りジャンルを問わず全てを鑑定する。それも各専門の鑑定士が多数在籍するのではなく、今目の前に居る1人の女性が持ち込まれたものの全ての真贋だけでなくその本質まで。正に万能と呼ぶに相応しい鑑定士だ。


 「私の見解では、まず螺旋などの部品が錆びていないことから埠頭に置かれてから宮津さんの手に渡るまでそれほど時間は経っていません。それから、これは恐らく医療関係者によって作られたものです」宮津は何か書く仕草で和泉にメモをとるように目配せした。和泉は左胸、腹の辺りと順に手探りでペンを探すが見つからない。腹の辺りに至ってはポケットすらないことに気が付くと、慌てて脇腹のあたりを探る。右のポケットからボールペンを発見するとキャップを外した。


 「部品はどれも簡単に入手可能なものばかりですが、外の箱は医療用のポケットサイズコンテナーを黒く塗装したものです」和泉はペンで手の甲に要点を書き取っていく。


「一般には出回っていないものなので入手できる人は限られます。その点はお連れの方のほうが詳しいと思いますが」ペンを走らせることに気を削がれてはいたが、聞き逃すことはなかった。多少のタイムラグの後に和泉は驚いたという表情を見せた。


 「僕のこと話しました?」顔を隣に向けると宮津が笑いながら首を振っている光景が目に入った。何故宮津が笑っているのか、そして何故この女性が自分の素性を知っているのか、和泉は不思議でしょうがなかった。


 「なんですか?なんなんですか?」和泉はパニックのような状態で2人の顔を順繰りに見回した。そんな姿を見て女性もクスクスと笑い始めた。


 「ペンの探し方とメモの取り方ですか?」宮津がそう尋ねると、女性はニッコリと微笑んだ。


「はい」宮津は納得の表情を浮かべる。反面、和泉は自分独りを置いてけぼりに笑い合う2人を見て頬を膨らませた。そんな和泉を余所に宮津は礼を言って内ポケットから小さめの封筒を取り出しテーブルの上に置いた。


 「いつもこの程度のことでお金をいただいてよろしいんでしょうか?」女性が申し訳なさそうにそう言うと宮津は首を横に振った。


「重要な情報を得るには妥当な額ですし、口止め料も含んでますのでどうかお気になさらず。それに月末・・ですから」そう言って宮津は立ち上がり女性に一礼する。全てこの2人だけで話が進行しとうとう輪に入れないうちに完結してしまい和泉は呆然とした。そして自らも一礼すると、店を後にしようとする宮津の背中を慌てて追い掛けた。





 「ああやっていつも毎月の予算を消化してたんですか」


「省庁に属している限り使い切らなかった分予算を削られるのは何処も一緒だ」和泉は呆れた様子で来た道を歩いて戻る宮津の横に並んだ。元々宮津が官僚だということを忘れかけていた和泉に思い出させるように役所としての辛さを説きながら2人は南下していく。


 「あの女性ひとは一体何者なんですか?」


「看板を見なかったのか?」和泉は思わず声を上擦らせて、見ましたよ!と怒鳴った。


 「見ましたけど看板だけじゃ他人の素性なんてわからないでしょう!」子供のようにムキになり騒ぐ姿を見て、宮津は心の中でコードネームを蛇と名付けていたのをパピーに変更しようか検討することにした。


 「それよりも」和泉は突如冷静になり先程のことを思い返す。


「なんであのひとは俺が看護師だって知ってたんでしょう?」宮津はあのときの和泉の顔を思い出し吹き出しそうになったが、我慢して平静を装い真相を語る。


 「和泉が彼処でしたことが全てだ」和泉は頭にクエスチョンマークを浮かべる。幾ら自分の行動を省みても看護師であったと示すようなことは思い浮かばない。何せあの店でしたことといえばペンで手にメモ書きをしたことだけだ。これ以上省みようがない。


 「ペンは持ってるのにメモ帳を持たず手にメモ書きをした。看護師がよくやることだ」確かに医大時代からの習慣で手にメモするのが癖になっている。しかしそれだけで看護師だと決めつけるには根拠が薄い。


「それだけじゃ根拠が薄くないですか?」宮津は出来ることなら和泉に何故看護師だとわかったのか自分で根拠を見つけてほしかったが、それを待っていては定年を迎えてしまうと思い、立ち止まり和泉の胴を指差した。


 「ペンを取るときに手探りでポケットの中を探し回っただろ。最初に胸ポケット、次に腹のポケット。まず胸を探したのは普段はそこにペンを挿しているから。でも実際に入っていたのは腹のポケットだった。それは普段はスーツを着ておらず何かあるときだけ着るようにしているから、ハンガーに掛けていても落とさないようにフラップが付いているポケットに入れていた。そして、ジャケットはポケットが脇腹の辺りに来るようになっているが、和泉が腹を探ったのはそれよりももっとへその傍だった。ということは普段着ている服はポケットがへその傍に付いている。例えば、看護服とかな」和泉はポカンと口を開けまたも呆然とした。店にいた短い時間のうちにとった僅かな行動の1つ1つを論理的に結び付け看護師であるという事実に辿り着いたあの女性の観察力、知識、そして思考力。その全てが和泉が今まで出会った人間のそれを遙かに超えており、とてもじゃないが同じ人間だと思うことができない。


 「行き詰まったらあの店に行くといい。あのひとなら必ず手掛かりを探し出してくれる」


「予算が余ってるときも。ですよね?」和泉が笑いかけると宮津はフッと失笑し、それからは黙って歩いた。


 和泉は活路を見出せたことに安心しホッと息を吐いた。そして、宮津が自分を連れて来た意味を説明されるでもなく自分の力で理解し、思わず喜びを顔に出した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る