防衛省統合幕僚監部特殊防衛部隊

EMP兵器密造及び密売事件

第1話:特防隊の日常






 6月の都内某所。両耳にイヤホンを嵌め、半袖の黒いTシャツにモスグリーンの綿パンと言ったよくあるカジュアルな格好に整えられた短いあごひげを蓄えた男―高槻信伍タカツキ シンゴ―は雑居ビルへと入っていった。背中には長さ約50センチ、幅約20センチの鞄を斜めがけして背負っており、身長178センチでやや痩せ型の高槻の背中をほぼ隠してしまっていた。


 階段を上がって行き、4階の部屋へ入ると南向きの窓を開けた。眼下には東京湾が広がり、橋を渡って向こう側にある人工島、そこにあるコンテナ埠頭を見渡すことができる。


 長テーブルの上に背負っていた鞄を下ろすと、ファスナーを開け中に入っていたM4A1カービンを取り出した。手慣れた様子で5倍率の光学照準器とサプレッサーを取り付けると、マガジンを装填する。


 「配置についた」そう呟くと、イヤホンを右だけ外し1度銃を机の上に置いた。


「標的が来るまでそのまま待機だ」左耳に残ったイヤホンから、50代くらいの男の声がそう告げた。


 高槻は壁にもたれ掛かると、雑談を始めた。


 「まさか高潮で作戦の予定が2週間もずれ込むとはな。次からは天気も考慮して計画を立ててくれよ?」


「わかった。次からは東京ドームを借りるようにするよ」50歳くらいの声の男―丹波慶壱タンバ ケイイチ―は冗談めかしてそう言った。 「だったら後楽園球場を再建しなきゃな」


「なんですか後楽園球場って?」すると、丹波とは対照的なとても若い、10代後半くらいの少年の声が2人の会話に割って入った。


 「なんだ、橿原は知らないのか?前の巨人の本拠地だぞ」橿原と呼ばれた10代後半くらいのやや高い声の少年―橿原章三カシハラ ショウゾウ―は知りませんよ。と素っ気なく答えた。

 「僕は丹波さんみたいにおじさんじゃないんで」


「そんな口が利けるのも今のうちだけだぞ。お前も直ぐに、老眼だの腰痛だのに悩まされることになる」親子のじゃれつきじみた会話をしていると、大人びた低い声が耳に入ってきた。


 「来たぞ」高槻と同年代の男の声が発したのはその一言だけだったが、3人は聞き逃さず先程までのリラックスしたムードを一蹴した。高槻は銃を手に取ると窓から埠頭を見下ろす。


 「見えた。今、橋の手前に居る」橿原から報告を受けると、高槻は橋の方へと視線を向けた。埠頭に向かって1台のバイクが南下していく。


 「確認した。青のXJR400だな」高槻はストックを1段階伸ばすと右目でスコープを覗き込んだ。現在バイクが居る場所の前方役50メートルのところにレティクルを合わせると、親指でセーフティーを解除し、右目を閉じ左目で走行するバイクの位置を確認。直ぐさま右目を開け引き金を引いた。


 竹で床を叩いたような音が鳴り響いた直後、金属製の筒が床にカランと音を立てて転がった。窓からはバイクが転倒し火花を出しながら慣性に従って滑っていく様子を見ることができる。埠頭には誰も居らず、バイクが地面に擦れる音がよく響いたが、首都高に程近いこの場所の音をはっきりと耳にできる者は居ないだろう。


 高槻が窓の景色から視線を外した直後、倉庫の前に止まっていた1台の運送トラックが発進しバイクの傍で速度を落とした。荷台が開くと中から宅配業者の格好をした2人の男が登場し、手際よくバイクと倒れたライダーを荷台へ積み込みと速度を上げ幹線道路へと消えていった。


 高槻はさっきと逆の手順で銃を片付けると、薬莢を回収しビルを後にした。


 「目標物は見付かったか?」


「ああ」高槻と同年代の声の男―宮津陸仁ミヤヅ リクト―は一言そう答えると車に乗り込んだ。

 「新木場のロータリーで待ってるぞ」


「了解」高槻は右耳にイヤホンを嵌めると、ポケットに手を入れ歩いて行く。


 ロータリーに着くとシルバーのNSXに乗り込み、市ヶ谷へと向かう。高槻はイヤホンを両耳から外すと、投げるようにドアポケットに置いた。


 「和泉、ライダーそいつの具合はどうだ?」

「目立った外傷はありません。このまま取り調べできそうです」和泉と呼ばれた20代半ばの男―和泉悠二イズミ ユウジ―は先程まで着ていた運送業者の制服を脱ぎ捨てネクタイを結んだ。


 「斑鳩、バイクはどうだ?」


「どこもイカれてないです。遠目で見れば擦り傷もわからないし。バイク王にでも持って行きますか?」


「タイヤだけ交換して適当な場所に置いておけ」運送業者の制服を着たもう1人の少年―斑鳩宗肆イカル ガソウシ―は勿体ないと言わんばかりの表情を見せバイクを撫でながらスパナを握った。

「浜離宮の近くにでも降ろすぞ」丹波は荷台の2人にそう告げると左のウィンカーを点滅させる。歩行者が前を横切っている間、頭上で光り輝く忌々しい赤色を見上げていた。


「おい橿原、浜離宮までのルート上の信号を全部青にしてくれないか?」


「わかりました。お代は丹波さんのタブレットの中身で」


財布ウォレットの中身で勘弁してくれ」橿原はフフっと笑うとマイクが拾うくらいの音でキーボードを叩いた。

 「おいっ本気にするなよ」慌てて丹波が制止すると橿原は呆れながらエンターキーをタンと叩いた。


「するわけないでしょ。そんなところの信号いじったら日光まで車列が繋がりますよ」そんな他愛もない会話をしているうちにトラックは汐留ジャンクションで一般道に降り、浜離宮の周辺に辿り着いた。


 「このまま市ヶ谷の方まで行ってください」斑鳩のその声を聞き丹波はハンドルを切った。そして1分にわたる厳正な協議の結果、四ツ谷駅前の新宿通り、その1本奥の道にバイクを置くこととなった。












 宮津と高槻は防衛省庁舎の小さな一室のドアを開けた。部屋には向かい合わせに6つ引っ付けたデスクとその上にパソコンが2台並んでいる。パソコンの前に置かれたイスに、イナバウアーのような格好で幼さの残る顔を天井に向けたブレザー姿の橿原が居る。


 「おかえりなさい」橿原は姿勢を正すことなく挨拶すると首に掛けていたヘッドホンをデスクの上に置いた。


 宮津はデスクの上に鞄を置くと、すぐに部屋を後にした。


 「働き者ですね」


「あいつは愛国者だからな。国のために働くのがうれしくてしかたないんだよ」高槻はTシャツを脱ぎながら返答すると、イスの背にTシャツを放った。


 「高槻さんはどうなんですか?」引き締まった体から浮き出た筋肉をひけらかすように部屋を歩き回る高槻を目で追いながら、橿原は興味深そうに尋ねる。


「俺はどんな仕事だろうと、あいつについて行くだけだ」男の友情というものは時に女との愛情よりの強いことがあるというのは重々承知しているが、浮ついた話を聞かない宮津と高槻の間には友情以上のものがあるのではないかと勘繰ってしまう。


 「言っておくが、あいつには婚約者が居るからな」


「そうなんですか!?」橿原は体を起き上がらせ驚いた。するとそこには、既に黒のスーツに着替え終わった高槻の姿があった。今の今まで上半身裸で着替えを求めてうろうろしていた人物が、次の瞬間にはキッチリとネクタイを締めジャケットまで羽織っていたその光景に橿原はさらに驚いた。


 「僕の知ってる人ですか?」


「松阪部長はわかるだろ。あの人の―」












 「情報通り簡易型の電磁パルス発生装置でした。何処で作られた物かはこれから調査します」


「そうか。ご苦労だった」防衛計画部と札の掛かった部屋の隅に置かれたデスクで書類仕事をする50代の男―松阪澗正マツザカ カンセイ―は宮津から報告を受けるとため息をついた。

 「電子機器を使用不能にさせて良からぬことを企んでいたのは容易に想像がつくが。問題は誰がそうしようとしていたかだな。受取人はどうせ指定の場所に置いてくるように依頼されたと言うのがオチだろ」


「ええ。恐らくそうでしょう」


「とは言え失敗に終わったんだ。そいつらもしばらくは目立った行動はとらないだろう」松阪はデスクの上に並んだ書類をひとまとめにすると、分厚いファイルに1枚1枚綴じていく。それを見て、宮津は頭を下げると回れ右をした。


 「しずくが会いたがっていたぞ」ふと投げ掛けられた言葉が宮津の背中に突き刺さる。松阪の方をチラリと振り返るが、松阪の目は書類の方を向いていた。

 「上司としては私生活を犠牲にしてまで仕事をしてくれるのは非常に有難いが、あの子の父親としては今のお前を褒めるわけにはいかないな」宮津が返答に困って顎を擦っていると、松阪は引き出しから1枚の書類を取り出した。


 「ここに名前を書きなさい」そう言って宮津にペンと特別休暇申請書と太字で書かれた紙を差し出した。


「日本の首都を大規模停電から救ったんだ。2、3日休んでも誰も文句は言わない」


「ですが・・・」宮津は何か言い掛けたが、口答えする度にいつも言いくるめられサインさせられてきたことを思い返し黙ってペンを取った。宮津が署名する間に松阪は印鑑にハァと息をかけ、押印する用意を調えている。宮津が書類から手を離すと直ぐさま松阪の手が伸びてきて判を押した。


 「どうせ定時じゃ帰らないだろうからせめてこれだけは言っておく。日付が変わるまでには帰れよ」宮津は弱々しくはい。と返事すると部屋を後にした。












 「取り敢えずさっきみたいに公式が使えるように変形してみよう」斑鳩は何度も書いたり消したりを繰り返し薄黒くなった紙切れを前に、年の割に大人びた顔を顰めて悪戦苦闘していた。


 「144は12の2乗で、25は5の2乗で・・・」書いたり消したりを繰り返して薄黒くなった紙に変形した式を書き込んでいく。すると和泉は教科書の公式が書いてある部分を手で隠した。斑鳩が和泉の顔を見上げると、和泉はそに学生の面影が残る顔を、悪戯をした子供のようにニコニコさせていた。


 「テストじゃ公式は載ってないんだからこれもちゃんと覚えなよ」斑鳩は口をへの字を曲げると左手の上でペンをクルクルと回し始めた。和泉はそれを見ても表情を崩さずに目を細めて笑っている。


 「舐めんなよ~」回していたペンを握る直すと、辛うじて記憶に残っている公式を当て嵌めた式を紙に書き起こす。そこからは滞ることなく手を動かし解を導き出した。和泉はその紙を覗くと途中式を順に目でなぞっていく。


 「いいんじゃない」そう言われて横から見てもいても斑鳩の表情が明るくなったのがよく分かった。そして、和泉がほくそ笑んでいるのもまたよく分かった。


「最後の詰めの甘さ以外はね」ドヤ顔だった斑鳩の顔が一瞬にして曇る。デンプンに垂らしたヨウ素液でもここまで変わらないだろうというくらいに見事な変わり様だ。


 「あっ」和泉の指摘の意味に気が付くと、斑鳩は再び手を動かし2つの数の最大公約数を括弧の外に書き出した。


「お見事、正解」和泉が頭を撫でるとあからさまに嫌そうな顔をしたが、それでも先程よりは幾らかうれしそうだ。


 「下校時間だ」ドアの前に立ち一部始終を見ていた宮津は頃合いを見計らって部屋に入ると、後期中等教育を受ける身分の斑鳩と橿原に帰宅を促す。斑鳩はデスクの上に広げていた紙切れや文房具を雑に鞄に押し込むと、既に帰り支度を終えていた橿原と部屋を後にする。


 「消しカス!」宮津のその声に反応して動きをピタッと止めると、後退りしデスクに散らばった消しゴムのカスを手の平に掻き集めて今度こそ部屋を後にした。


 「お疲れ様です」2人の声と共にパタンと音を立て扉が閉まると宮津はイスに腰を下ろした。そして引き出しに手を入れ、精密ドライバーと手に持っていた黒いプラスチック製の箱をデスクの上に置いた。


 「丹波は帰ったか?」


「はい。用事があるって言ってました」宮津はドライバーで箱の四隅についた1ミリほどのねじ穴を弄くり始めた。


 「今日は三女の誕生日だ」


「そうだったんですか」ねじを4つ外すと箱の1面が外れその中身を覗かせた。箱を逆さまにすると導線で繋がった部品がデスクの上で蛇のようにダランと垂れ下がった。宮津はその部品ひとつひとつをドライバーで突いていく。


 「宮津さんはいいんですか?家に帰らなくて」和泉がそう言うと宮津は一瞬手を止めたが、直ぐに再び手を動かした。


「しばらくしたら、また2日休まなきゃならない。だから今日のうちにできることはやっておかないとな」箱に直接繋がっている導線を引き剥がし部品をデスクに並べる。リチウム乾電池と両端から導線が飛び出た黒い箱、そして導線を何重にも巻いたコイルといった内訳だ。


 導線が飛び出た箱状の物は恐らくコンバーターだろう。バッテリーの電圧をコンバーターで昇圧させてコイルに流し電磁パルスを発生させる。市販の物で十分に作成可能だ。


 今回回収した物は、バッテリーにパナソニック製円筒形リチウムイオン電池、コンバーターはグローウィル製電源トランス、導線は教材に使用されるアーテックの実験用導線。といった3000円もあればお釣りが出るラインナップだ。導線の接着にはホットボンドが使われており手製だということがよくわかる。


 電子機器に影響が出る距離は精々1メートルと言ったところだろうか。通勤ラッシュの満員電車で5、6人の携帯が使えなくなるのが関の山だ。これ1個がもたらす影響など雀の涙ほどもないだろう。だがそれでも、持つ者が持てば強力な兵器となる。


 「運び屋の聴取は明日か?」


「はい。本人からの許諾も得ました」


「その様子じゃ依頼人の偽名くらいしか知らなさそうだな」ですね。と和泉はため息をついた。


 「そうがっかりするな。何らかの攻撃を防いだことに変わりはない。裏に何が居るかはわからないが、そいつらもしばらくは動けないだろう」宮津は気休めに前向きな言葉をかけるとデスクの上の物を引き出しに仕舞い、ビジネスバッグを肩に掛けた。


 「今日は残業はなしだ」


「ちょっと待ってくれ。1発撃ったって申告しとかねぇと」高槻は電気のスイッチの前に立つ宮津を制止するとタブレットのメモ帳を開いた。数回キーボード入力の音を鳴らすと電源ボタンを押しカチッという音を響かせた。


 「これでよし」高槻はタブレットをリュックに入れると左肩に提げた。和泉も鞄を右手に持ち高槻に次いで部屋を出た。


 最後に部屋の中を見回した宮津はスイッチを押し明かりを消した。





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