mizutohi cataclysm

白日朝日

第1話『SF ~すげえファイナル~』

「ねえ、ロボ」

 わたしとつないでいた手をお姉ちゃんが離す。それが合図。


「うん。はかせ」

 そこからわたしとお姉ちゃんは「ロボット」と「はかせ」になる。


"はかせ"はゆっくりと手を伸ばして眼下の景色を指さす。ガードレールの向こうには博物館のジオラマみたいにこじんまりと一望できるわたしたちの街がある。


「あれを見てごらん。軌道エレベーターが月まで伸びているのが見えるでしょう?」


 遠く向こうの山沿いに立ち並ぶ団地たちの一角から、ひょろりと長く真っ直ぐに、長方形の軌道エレベーターが伸びる。はかせの言うとおり月まで伸びているのだろうか? きっと伸びているのだろう。わたしの視覚ではそれほど遠くまで見通すことはできない。


「うん。月までは見えないけど」


「ほら、今度はあっちを見て。宗教建築みたいな外装の大きな建物、あれは完全環境都市アーコロジーのソレリという施設よ」

 はかせの指さす位置がほんの少しだけ変わって、四角く窓のほとんどないゴシック様式の建物へ移る。

「完全環境都市って?」

「あの中に多くのひとが居住し、エネルギーや資源を自ら生み出してはその内部で消費する。そこで生きるひとたちはね、あの外にいっさい出る必要がないの」


「じゃあ、山の中腹に見える、あの四角錐みたいな幾何学模様の建物はなに?」

「あれはね……深宇宙航行船の星港ポート

 そうしてはかせは淡々と深宇宙航行船の歴史を語りはじめる。


 でもわたしには、はかせの言うそれはわたしにはきちんと見えていなかった。はかせが指させば団地の給水塔は軌道エレベーターになり、謎の宗教施設はアーコロジーになる。

 鉄塔からは深宇宙航行船が宇宙へと飛び立ち、ジオラマみたいな街は一瞬にして未来の世界になってしまう。

 はかせのような博識があれば、わたしにもそういう景色が見えるのかも知れない。


「すごいね。はかせ」

 だから、わたしははかせのことが少しだけうらやましかった。

「それはもうね、すごい技術のカタマリだから」

 はかせを褒めるつもりだった言葉はこの世界の技術革新への賞賛と還元された。

 だけどわたしたちの世界にはすごい科学技術も魔法も、それから、未来もなかった。本当は。


「そうだね」

「今日の灯火ともかはそっけないんだね」


 そういうとはかせはまたわたしと手をつないで歩きだす。小高い丘の上から家までの一キロ弱の道のりを、ガードレール向こうの見晴らしと透き通る青空を背景にしながらふたりで。


「そうかなあ」

 わたしは「ロボット」の役目から、お姉ちゃん――冬目汀渚とおめなぎさ――の妹へと戻る。

「いつもなら、涙を流しながら『この技術でいずれは銀河系の星たちが接続されて新たな星系ネットワークプロトコルができるんだ』とか言ってるはず」

「言わないよ。お姉ちゃんほど耳どしまじゃないの」


「あー。年増って言ったなあ。生まれた時間なんてわずか数十分しか違わないのにー」

 お姉ちゃんはわざと言葉を誤解して突っかかってくる。もたれかかってはわたしの首に腕に手を回して、後ろから抱きつくような体勢。背中から右腕にかけてお姉ちゃんの体温が伝わる。首筋にかかる息は温かいけれどすこしくすぐったい。


「お姉ちゃん、つかれちゃった?」

「ちょっとつかれちゃいました」

 こういうときのお姉ちゃんはちょっとだけ素直だ。わたしはその素直さに免じて立ち止まりもたれかかってきた体重をできるだけ受け止めてあげようとする……なんて、ほんとうはわたしもお姉ちゃんと触れていたいだけなのだけれど。


「ねえ、お姉ちゃん。わたしたちって、他の人から見たらどう見えるだろうね」

「双子の姉妹」

 それはもう十中八九そうだろう。顔つきや髪型で言えば似ていない場所を探すほうが難しい。


「……でも、きっと灯火の方がお姉さんに見えるかな」

 そうつけ加えたお姉ちゃんの表情は見て取ることができなかったけれど、声色はちょっとだけさみしげに感じられた。

 わたしの身体に寄せられた細くて肉のない手足は軽いかわりにゴツゴツしていて、ひと目ではわからないかも知れないけれどよく見てみるときっと病気であることを理解されるだろう。


「でも、わたしのお姉ちゃんはお姉ちゃんだからお姉ちゃんだよ」

「しってるよ」


 お姉ちゃんはわたしの肩に頭を寄せるとわたしとは違うシャンプーの匂いがする髪をごしごしと擦りつけた。

「ずるい。お姉ちゃんなのに、わたしより甘えるのがとくいだ」

「しってる」

「もう……」


 わたしは呆れ声にほんの少しだけだいすきを忍ばせて、甘えてくるお姉ちゃんのされるがままになっていた。

 まだ高くを飛んでいる太陽はトンビを使ってわたしたちのうしろに小さな影を落とす。

「ねえ、『遠未来ごっこ』今度はいつしようか?」

 お姉ちゃんは問いかける。このごっこ遊びはSFを読むのが好きだったお姉ちゃんがいつからかはじめたもので、わたしたちふたりにはかせとロボットという役割を与えて、はかせが目に見える景色にSFみたいなすごい建物を想像で重ねながら、ロボットのわたしに世界を教えるという内容だ。

 わたしは、その中で繰り広げられるお姉ちゃんの想像力と、わたしではちょっとだけ届かない知識がだいすきだった。

「いつでもいいよ。わたしはお姉ちゃんのロボットだからねピーガガー」

「そのロボ、壊れてるじゃない」

 壊れててもいいんだよ。


「壊れるまでやろう」

「だめ。わたしははかせだから修理をするの」

 お姉ちゃんはドライバーを持ってネジを回すときのような動きをする。

「世話焼きだなあ」

「お姉ちゃんですから」

「こういうときだけお姉ちゃん風を吹かせるだなんて、調子がいいなあ」


 わたしたちは故障寸前だ。


 心臓の病気を抱えていて、おそらくそう遠くないうちに死を迎える。

 わたしたちに未来はない。みんなの見るような未来はまるで見えないのに、行き止まりだけは眼前のガードレールみたいにはっきりと見えていた。

 それはわたしたちにとって視覚化された世界の終端。


 ――だから、ごっこ遊びでせめてもの終末たのしみを先取りしようとしていた。

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