戦力強化

 宗像君グループが西川流の特訓を受けてるらしいの話を麻吹先生にしたんだけど、


「おもしろいじゃないか。これでちょっとは勝負になるかもしれんぞ」


 いつもながら凄い自信で、エミたちが負けるなんて微塵も思っていないみたい。麻吹先生も気合が入って来たみたいで、


「わたし一人では手が回らないからマドカにも手伝ってもらう」

「アカネさんじゃないのですか」

「負けたくないからな」


 新田先生は呼び名の白鳥の貴婦人そのままの先生。典雅とはこういうものかと初めて知った感じ。写真も端正で気品に溢れているけど、それでいて力強いんだよ。麻吹先生の見立てなんだど、


「問題は尾崎だ。ここが弱点になる。尾崎の写真はマドカが合ってる。わたしは野川をもう少し鍛える」


 じゃあエミは、


「小林の写真は今のままが良い。下手に手を加えると良くない」


 エミにも見えて来たんだけど、野川君の写真は西川流B3級だけあって綺麗にまとまってるのだけど、麻吹先生に言わせると、


「それだけだ。まじめに写真教室に通えばああなるのは仕方ないが、あれでは面白くもおかしくもない」


 この辺の感覚がわかりにくいのだけど、プロというか、芸術系の写真を目指すのなら型にはまった写真は話にならないって。エミたちはアマチュア、それも高校生だと思わなくもないけど、


「誰もプロの指導なんてやってないぞ」


 尾崎さんの写真は女らしいというより、女の子ぽい写真って言えば良いのかな。可愛いでもイイかもしれない。尾崎さんも写真教室に通ってた時期があったみたいだけど、


「マドカ、もう少し基本を叩きこんでおいてくれるか。どうにも甘い部分が出過ぎる」


 新田先生の指導は口ぶりこそ上品で物柔らかいけど、とにかくシビア。写真の流儀もガチガチの理詰めみたいで、写真に写り出されるすべてに計算が行き届いてる感じ。聞くとトリミングなんて頭にも置いていないみたいで、


「写真は一枚の中にすべての想いを盛り込むものです。そこに余計なものがあってはなりません」


 言われて気づいたんだけど、尾崎さんの写真は可愛いけど、背景が甘い時があるのよね。これは野川君も指摘してたけど、新田先生にかかると、


「尾崎さん、この部分はなんのために写しこまれましたか。あなたの写真には不要なものが多すぎます」


 まさにバサバサと切り落とす感じ。麻吹先生も、新田先生も来られるとビッシリ指導されて帰られるので、終わった後は、


「野川君、生きてる」

「尾崎さん、死んでない」


 グウの音も出ないぐらいコテンパンにやられてる。南さんなんて、


「選手にならなくて良かったよ。あれだけやられたら神経衰弱になっちゃいそう」


 それでもエミの目から見ても格段に良くなってる。夏休みの強化合宿の後にも上達した実感があったけど、それが加速されてる感じと言えば良いのかな。そうしたら麻吹先生と新田先生が少しもめてた。


「これは危険だが、小林の写真に一番合っているのはアカネなんだよな」

「マドカは反対です。あまりにもリスクが高すぎます。アカネ先生の指導は容赦がなさすぎます」


 えっ、あれで手加減してるって。


「マドカの言いたいところはわかるが、写真だけは信用できるところがある。ここまで来たら小林の写真も、もう少しレベル・アップしたい」

「ツバサ先生!」

「そこまで心配するな。アカネにも良く言っておく」

「言ったぐらいで素直に聞かれるアカネ先生ではありません」


 アカネさんって、ホントにどんだけと思ってたら、乗馬クラブにやって来られた。


「やっとアカネの出番だよ。ホント誰も信用してくれないんだから」


 ここに来る前に、どれだけ麻吹先生と新田先生にコンコンと説教されたか愚痴ってた。でも学校じゃなくて乗馬クラブになんで来たんだろう。


「ここは格好の練習場になるんだよ。シノブさんにも頼んどいた」


 シノブさんって、あのシノブさん。そう言えば今日は来てるはず。


「写真の上達のポイントの一つに動くものを撮るのがあるんだよ。これはオフィス加納の弟子でも関門の一つ。ここで将来性がわかるぐらい」


 その日はシノブさんの疾走シーンを撮りまくった。それから何度も来られて、あれこれ指摘がヤマのように入ったものの、


「イイ味出てるよ。アカネの感じた通りだもの。今ならこのまま撮るのが一番イイ」

「才能ありますか」

「あははは、目指せるぐらいの才能はあると思うけど、ここからプロまでの距離は半端じゃないよ。でも好きならトライしてみてもイイかな」


 そうしたら、なんと麻吹先生まで顔を出されて、


「アカネ、なにをやらせた」

「馬ですよ」

「あれは早いとあれだけ言ったのに」

「でもですね、動くものを撮るのは重要です」

「そうはいうが・・・」


 それからエミの写真を見て、


「アカネは化物だな」

「ツバサ先生に言われたないわ」

「でもこれ以上は、今は触らない方がイイだろう。アカネでもこれ以上は危険だ」


 こうやって九月、十月、十一月と過ぎて行ったんだ。野川君に聞いたのだけど、


「上手くなってるよね」

「ああ、間違いなく、それも怖いぐらいだ」

「宗像君のグループはどうなんだろ」

「耳に挟んだ話だけど・・・」


 宗像君たちは川中写真教室を根城にしてトレーニングを積んでるんだけど、野川君の古巣でもあるから情報が入ってくるみたい。それによると、東京の方から先生がやって来てるみたいなんだ。


「シンエー・スタジオの大物って話だよ」

「誰なの」

「そこまではわからないけど、プロのフォトグラファーであるのは間違いない」


 こりゃ完全に代理戦争状態だ。期末試験が終われば、後は冬休みを待つだけだけど。


「校内予選会はクリスマス・イブに決まったよ」

「いよいよね」

「でも、ここまでになっちゃうと審査員が大変になりそうだ」


 エミも写真界の内情についての知識が増えてるんだけど、写真を目指す者の殆どは西川流を学ぶんだって。それぐらい優秀なシステムらしいのだけど、その西川流の頂点に君臨するのが東京のシンエー・スタジオ。


 じゃあ、シンエー・スタジオが日本一のスタジオかと言えば、必ずしもそうとは言えなくて、神戸のオフィス加納は写真を目指すものの聖地とまで呼ばれてるんだって。そのうえだけど、西川流の創始者の西川大蔵先生と、オフィス加納の設立者の加納志織先生はハブとマングースぐらい仲が悪かったみたい。


「でも西川先生も、加納先生も随分前に亡くなられてるじゃない」

「後継者同士の仲も良くないのも有名だよ」


 こんな二つのスタジオの代理戦争の審査員なんてやりたくないだろうな。下手な審査をやったりすれば、どっちかのスタジオから恨みを買うだけだものね。


「なんか大変なことになってますね」

「会場も講堂に変更するってさ」


 摩耶学園は体育館と別に講堂があるんだよ。あれは講堂と言うよりまさにホール。大きなステージがあって、観客席もすべて固定式の椅子。音響や照明設備もバッチリって感じ。普段は入卒業式とか、始業式・終業式、朝礼なんかに使われるけど、文化祭の時にはメイン会場の一つになるんだよね。


「去年は?」

「小会議室でやった」


 それこそ写真部と宗像君のグループと審査員だけでやったらしい。普通はその程度だと思うけど、生徒の観戦希望が多いんだって。


「どうなっちゃうんだろう」

「どうもならないよ。負けたら写真部はその時点で降格だよ」


 そうだそうだ。エミたちは野次馬じゃなくて、当事者なんだ。まず校内予選に勝たないと北海道の夢は無くなっちゃうもの。

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