新顧問就任

 夏休みが終わる頃に野川君が、


「このたび非常勤の顧問の先生に入ってもらうことになりました」


 正式の部活だから部長の先生もいるけど、まさに名前だけの部長。この辺も写真部低迷の原因なんだけど、写真部の降格阻止のためには、非常勤でも、もうちょっとマシな顧問が欲しいところよね。そしたら尾崎さんが、


「誰が新しい顧問ですか。まさか豆狸とか」


 豆狸とは小豆田先生の事で日本史担当。とにかく生徒を小馬鹿にしきった授業をするから嫌われ者。あの豆狸、顔に似合わず写真は上手らしい。でも豆狸が顧問なんかになられたらモチベーション下がるよね。


「ボクも降格したくないから、その線はない」


 野川君もはっきり言うな。


「外部からの顧問です。今日は就任の挨拶のために学校まで来て頂いています。お待たせしました。ではお入り下さい」


 野川君が部室のドアを開くと入って来たのは、


「えっ、えっ、えぇぇぇぇぇ」


 入って来られた非常勤顧問の先生は、


「アカネがやりたがったのだが、あいつの指導では不安が残り過ぎる。とにかく日本語さえ怪しいからな。だからわたしだ。ビシバシ行くぞ」


 そりゃ、全員で声を張り上げて、


「よろしくお願いします」


 ウソ、ウソでしょ。今までだってウソみたいだったけど、世界の麻吹つばさ先生が写真部の顧問だなんて。もちろん甘くなくて、


「今日はこのテーマで撮ってこい。制限時間は一時間だ」


 それぞれに用意されたテーマに従って必死になって撮り、後はみっちりと指導のヤマ、ヤマ、ヤマ。さすがに毎日とはいかないけど、ちょこちょこと顔を出されて、指導してくれるんだ。


「野川君、どうやって頼んだの?」

「そんなものボクが頼めるわけないだろう」


 なにがどうなっているのか野川君もわからないと言ってたけど、現実に麻吹先生が顧問になられ、夢ではなく手とり足とりの指導もあるのよね。しばらくしてからアカネさんとタケシさんが温泉に来られたから事情を聞いてみたんだけど、


「あれ? アカネが、あそこまで手伝ったから、もうちょっと手を貸した方がイイって言ったんだよ。それにはツバサ先生も賛成だったんけど、誰がするかでもめてね。最後は、


『アカネにさせるのは不安が巨大すぎる』


 こうなっちゃったんだ。まったくサトル先生はともかく、マドカさんまでそう言いだすから参ったよ」

「だから麻吹先生が!」

「ああ見えて、ツバサ先生は弟子が大好きなんだ。もしオフィスの弟子になる事があればわかるけど、どれだけ弟子の育成に情熱を傾けている事か。これはツバサ先生に言ったらダメだけど、もし写真の才能がなかったら学校の先生になってたと思うぐらい」


 それにしてもだよ。


「今回の件で初心者の指導やったじゃない。初心者ってすぐに伸びるから楽しくてしょうがなかったみたい。もっともだけど、


『あそこにアカネみたいなのが混じっていたら、絶対にやらなかった』


 こう言われちゃったけど」


 麻吹先生は時間がもったいないからと、来る前には必ず野川君に連絡が入り、野川君がその日のテーマを部員に示し、先生が到着次第指導になってる。とにかく撮ってきた写真のすべてに指導が入るから、時間もかかるんだ。野川君が、


「麻吹先生、枚数を絞られたら如何でしょうか」

「それは良くない。失敗作と思ったものにも指導のヒントがある。それと写真甲子園の決勝になれば一発勝負だ。限られた時間で能力を振り絞るトレーニングも必要だ。わたしに失敗作をみせないようにする努力もしろ」


 だからだと思うけど、テーマに対する制限時間がドンドン短くなってる。ですから麻吹先生の来られた日は校内を走り回る事になっちゃってます。九月も終わる頃に麻吹先生は、


「出場者を決める」


 たった五人の小所帯の写真部だけど、写真甲子園に出場できるのは三名。校内予選もこれに準じて行わるから、二人は落ちる。落ちるとなればやはりエミだろうな。だいぶ上達したとは思うけど、やっぱり新入りのド素人だもの。順当に行けば、野川君、藤堂君、それに尾崎さんだろうな。


「まずは部長の野川だ。お前が出ないと話にならん」

「はい」

「次は尾崎だ」

「ありがとうございます」


 あれっ、藤堂君は?


「そして小林だ」


 えっ、


「一応理由も説明しておく。現時点では野川と尾崎は一段抜けている。残り三人はドングリの背比べだが、小林の写真の発想が一番自由だ。写真を撮る上でこれが一番のポイントになる。その点では野川以上だ。テクについてはもう少し搾り上げる」


 アカネさんも似たような事を言ってたけど、それより藤堂副部長のリアクションが心配。


「オレもそう思う。肩書は副部長やけど、それは部員が二人しかおらへんかったからや。今の実力やったら順当や」


 南さんも、


「わたしもそうです。これからはサポートに徹します」


 これで勝ち抜いて行ったら夢の北海道が待ってる。


「野川君、東川町ってどの辺にあるの」

「旭川から十キロぐらいって話だよ。行ったことないけどね」


 エミも旭川と言われても動物園ぐらいしか思い浮かばないけど、忘れてた、北海道まで行くとなったら旅費がいるじゃない。


「決勝大会って二泊三日ぐらい?」

「いや一週間だ」


 そんなに! ちょっと待ってよ。一週間も泊って北海道まで往復したらいくら要るのよ。そういえば高校野球だって旅費がすごいかかるって聞いたことがあるもの。うちも余裕が出来たとはいえ、ちょっと言いだしにくいな。


「小林君も気が早いな。写真甲子園は夢の大会だよ。決勝は旅費も宿泊費も出してくれるんだ」

「ホントに!」

「ああ、神戸からなら伊丹だろうけど、空港までの往復費用だけで北海道に行けるよ」

「じゃあ、旭山動物園も行けるの?」

「撮影会場に選ばれる事もある」


 俄然ファイトが湧いてきた。

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