疫病神現る⑦

裏山の予想はどうやら当たっていたようだ。彼が到着すると、木造の二階建ての住宅が燃え盛っていた。消防車のサイレンはけたたましく鳴り響いている。火の手は既に家を覆っており、あらゆる窓からごうごうと煙と火が立ち上っていた。消防隊数名が消防用ホースで決死の消火を試みているものの、強風に煽られて火勢はどんどん強くなっており、焼け石に水、といった感じだった。闇夜に浮かび上がる業火を見て裏山は、不謹慎ながら中学生の時に修学旅行先の施設で行ったキャンプファイヤーを思い出した。家の周りには興味本位で近寄って来た烏合の衆が屯していた。無表情のままスマホで火事の様子を撮影している若者もいる。恐らく『今夜のインスタネタ決定!』程度に思っているのだろう。消防隊はそんな彼らに「下がれ下がれ!オラ!」と半ばキレ気味に叫んでいる。裏山は野次馬達の中に二人、見知った顔を発見した。彼の旧友、田畑畑作とクソ生意気な彼の妹だった。田畑とはまだ仲直りできてはいないが、裏山はなんとなしに二人のもとへ近づいていった。

「よ、よお田畑、こりゃ随分と派手な事になってるじゃねえか」

田畑と彼の妹が裏山の方へ振り向いた。

「や、やあ君か…。買い物の帰りに通ってみたらご覧の通りだよ」

「あっ!キモロ…裏山さんじゃん。お久ー」

「おい今何て言いかけた」

突然、一人の女性が火事の真っ最中である住宅に向かって突っ込んでいった。だが、一人の消防員が大慌てで静止した。女性は発狂したように大暴れしている。

あの様子だと、部外者じゃなさそうだな。単なる自殺志願者でもないだろうし。裏山はそう判断した。女性が悲痛な叫び声を上げた。

「子供が中にいるんです!子供が中にいるんですよ!」

裏山はその様子を見て冷めた口調で呟いた。

「なるほど、親が留守の時にガキが火元になったってところか。まあ月並みな話だな」

田畑の妹が含み笑いを浮かべながら言った。

「ねえ知ってる?焼死ってメチャクチャ苦しいらしいよぉ。あ、でももう中毒死か窒息死で死んでるかも…火事の時の死因一位って焼死よりも…」

「おいやめろよそんな話。誰に似たんだまったく…」

田畑が非常識な妹に引き気味に注意した。

そんな下らない話をしている間にも火の手はますます強くなっていく。裏山はそれを眺めながら考えた。

気の毒には思うが、今は人の事を気にしていられる場合じゃあない。第一、この状況で自分に出来る事など何もない。消防士さんたちの健闘とオバサンの子供の無事を心からお祈りして、そろそろ去るとするか…。いや、待てよ。もしかしたらもしかするんじゃあねーのか?

裏山は田畑達に背を向けると、疫病神に向かって話しかけた。

「おいジジイ、お前が取り憑いた人間は、必ず三日後に死ぬんだったな」

「ああそうじゃ。他人に移さない限りはな」

「それはマジに確かなんだな?」

疫病神は裏山の質問の意図が読めないのか、首を捻った。

「くどいのう、そうだと言っとるじゃろう」

「なるほどOK。なら良し」

裏山の表情が硬い自身に満ちたものに変わった。そして田畑達の前に身を乗り出すと、背を向けたままボソリと呟いた。

「なあ田畑、俺が死んだら骨は拾ってくれよ?いや、もしかしたら残ってないかもしれないけど」

「は?」

田畑が彼の突拍子もないセリフに毒気にあてられていると、何を血迷ったか突如裏山が火事の方へ向かってダッシュで突っ込んで行った。田畑は茫然とした。

「ちょっ…どうする気だよ!まさか…」

「おーガンバレー」

妹が軽い口調で言った。

また別の消防士がすかさず彼を止めようとつかみかかって来たが、その瞬間、裏山はその場からかき消えた。消防士はバランスを崩し地面に突っ伏した。彼を含むその場にいた田畑を除く全員が突然の神隠し現象に呆気にとられていた。目を見開いて驚いている妹を尻目に田畑は言った。

「自分の肉体を消す力を使ったのか…。死ぬなよ、裏山君…!」


玄関を通過してリビングに出ると、想像通り内部は酷い有様だった。壁や床は勿論の事、タンスやテーブル、カーテンに冷蔵庫や椅子も炎に包まれ、木片は幾つも崩れ落ち、煙が部屋中に立ち込めており、まさに灼熱地獄の様相を呈していた。こりゃ長くはもたない。裏山は改めてそう思った。辺りを見回していると、上階からわずかに泣き声が聞こえた。

なるほど、上か。裏山は尻に火がついたように、まあ実際にはついていないが大急ぎで階段を駆け上った。二階も一階同様に、炎がなめっていた。声は廊下の突き当りの部屋から聞こえるようだ。

裏山は廊下を渡ると、透過能力で扉を開けずにすり抜けて通過した。部屋の隅に少年はいた。狭い一室だが、この部屋はまだそれほど火の手がまわっていないようだった。裏山は少年の無事に安堵すると能力を解除し、その場に実体化した。

「おいガキ、助けに来た。俺様は怪しいもんじゃ…」

「ギャア!お化け!」

少年は裏山を見るやいなや火が付いたように、いやまあ実際にはついていないのだが、更に大声で泣き喚いた。裏山は頭をかいた。

「チッ…!これだからガキは…。なあ泣くなよ。ママに会わせてやるからよ」

「えっママに!?」

少年は目の色をかえて裏山に飛びついて来た。裏山は決め顔で返答した。

「ああ、約束する」

うっわーー俺様カッコいい~。裏山は心の中で自画自賛した。

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