世界は自分を中心に回ってると思ってました。昨日までは
ゲロブス
転校生、常史江永遠くん現る!!!!!
世界は自分を中心に回ってると思ってました。昨日までは
これはどこにでもある…かもしれない、ちょっとした非日常のお話し。
午前12時、夏の陽射がレーザーのように差し込む教室でボブカットの少女、遠井千佳は一心不乱にペンを走らせていた。とはいっても現在彼女が受けている歴史の授業の内容を書き写しているわけではなかった。
千佳は小説を執筆していた。内容はというと処女だけがなれる『処女戦士ヴァージンウォリアー』となってしまった少女があの手この手で処女を奪おうとしてくる悪の手先と熾烈な争いを繰り広げるという反吐が出るほど下らない内容だった。
ノートはすでにぎっしりと文字で埋まっていた。
千佳がこのような執筆活動に熱を出すようになったのはいつだったか。彼女自身も定かではなかった。
別に超大型新人女流作家としてデビュー!などと息巻いていた訳ではなくなんとなく彼女は小説を書くようになったのだ。
クラスの女子達がとっつぁん坊やの下らないアイドルの話題に没頭してる時やクラスメイトの誰々が気持ち悪いなどの話に花を咲かせている時も千佳はそれに目もくれずペンを走らせた。
もちろんそんな存在である千佳は周りから浮いたキャラクターだったしそれは彼女自身も重々承知していた。
別に面と向かって悪口を言われるようなことはなかったが、自分はあまり皆に好ましく思われていないというのをセンシティブな千佳は雰囲気で感じ取っていたのである。
たった今教師の目を盗んで書いているこの小説も、遂に佳境を迎えていた。
千佳自身も小説の完成が待ち遠しくてたまらなかった。
今の彼女には教師の言葉など耳に入らなかった。
「なあ」
とはいえ、横から急に声をかけられれば話は別である。千佳は驚いて一瞬硬直した。
声の主は昨日転校してきたばかりの、長い黒髪を後ろで束ねた、中性的な容姿のどこかアンニュイな雰囲気漂う男子生徒だった。名前は何だったか。千佳は失念していた。
「ペン忘れちまってな。もしよかったら一本貸してくれないか?」
そう少年は感情のない声で言った。
ペンすら持たないで学校に来たのかと千佳は思ったが、自分も学生の本業ではないことにペンを使っている事を思い出し人のことを言えないな、と反省した。
「いいよ」
千佳は余っているペンを差し出した。
少年はそれを受け取るとありがとう、とまたも感情のない声で言うと黒板に記されている授業の内容を自身のノートに書き写し始めた。
そうこうしている内に授業の終わりをつげるチャイムが鳴った。
昼休みが開始して各々が行動を開始した。千佳はもちろん小説の続きを書き始めようとした。
すると茶髪で見るからに頭のねじが足りてなさそうな女子生徒が三人、スマホ片手に転校生の机を囲んだ。
「ねー常史江(とこしえ)君、ラインとかやってるー?」
そういえばそんな名前だったっけ、千佳は思った。
「いや、やってない」
視線も合わせず無表情のまま常史江は言った。
「ウッソ今時?やるべやるべ」
今度は別の女子生徒がそう言うと常史江のスマホを勝手にいじり始めた
常史江は興味なさげにそれを眺めていた。
教室の隅にいる冴えない見た目の三人組の男子生徒が、その様子を見てこそこそと会話をし始めた。
「転校生の奴、早速ビッチにモテモテかよ」
「ちっ、あいつと俺何が違うっつーんだ?」
「鏡見ろ鏡」
三人は爆笑した。
ああ下らない、心の中でそう呟くと、千佳はノートとペンを持って教室を後にした。
その後、千佳が足を運んだのは校舎の屋上だった。幸いにも千佳の通う高校は屋上に通ずる扉が施錠されておらず、自由に出入りできた。また、彼女の他にこんな殺風景で面白味のない場所に赴くようなもの好きもいないため、千佳は安心して屋上を独り占めする事ができた。
屋上は少し蒸し暑かったが気に障る程ではなかった。
千佳は入り口から向かって正面のフェンスを背もたれにして座ると、小説の続きを書き始めた。
1ページ分書いたところで突然扉を開ける音が聞こえ、焦って千佳はノートを閉じた。
ワイシャツ姿の長身の少年がのそのそと入ってきた。
あの転校生、常史江だった。「やあ、奇遇だな」
常史江は千佳の姿を発見するとそう言って歩み寄ってきた。
何しに来たのだろう。千佳は怪訝な顔をした。
「あの3人がやかましくてかなわなかったんでね。トイレに行くふりして逃げ出してきた。屋上が開いていて助かったよ。ここなら見つからないかな」
常史江は千佳の傍まで来ると横いいか?と尋ね、返事を聞きもせずに千佳の隣に腰かけた。
正直、面倒だな、と千佳は感じた。
生来の根暗である千佳は他人と二人きりで過ごすなど耐え難いものがあった。
しかも異性というなら尚更だ。
それにまさかとは思うがこの場を誰かに見られでもしたらたちまちその情報は学校中に拡散され、ジェラシーに狂った女子達に目の敵にされるのは想像に難くなかった。
それにこの状況では小説も書けなかった。
千佳がうなだれていると常史江が小脇に挟んでいた一冊の本を手に取り、おもむろに読み始めた。
「何読んでんの」
ずっと黙っているのもなんなので千佳は尋ねた。
「辞書だよ」
本に目を通したまま、常史江は言った。千佳は首を捻った。
「そんなの見て楽しいワケ?」
「いや、全然楽しくはない、ただ文字を見てるんだ」
千佳には理解できなかった。
「さっきはペンを貸してくれてありがとう、返すよ。よく見たらバックの中に入っていたんでね」
常史江はワイシャツのポケットから千佳のペンを差し出した。
「ああうん」
千佳はペンを受け取った。
「改めて自己紹介するか、俺は常史江永久。君は?」
「遠井千佳。チカでいいよ」
その時、常史江のスマホが鳴った。ラインの通知音だった。常史江は煩わしそうに画面を確認した。
「早速彼女達からか。俺がトイレから戻らないから不審に思ってるのかもしれん」
「戻ってやりゃいいのに。アンタだって女の子にチヤホヤされて嬉しいだろう?」
千佳は意地の悪い顔をした。
「そうでもないさ」
さらに常史江は一泊置いてこう続けた。
「俺にはほとんど感情がないからな」
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