罪悪

僕は結果的に、おっさんを見殺しにした。

「た、助け……! ぎゃあぁぁぁあぁ!!」という絶叫が今でも耳に残っている。


僕はいま、東京行きを諦めて札幌コミュニティに出戻っている。

僕が憔悴していることと、おっさんが戻ってこないこと。

仲間たちは何があったか察してくれているのだろう。誰も出戻りの理由やおっさんがいないことについて問うてくることは無かった。


ゾンビに噛まれて発症しない者は2割程度。要するに、噛まれた時点であまり期待しないほうがいい。

例え運よく発症しないとしても、おっさんが噛まれたのはふくらはぎあたりだ。

ゾンビに噛まれると、噛まれた部分は普通は無事で済まない。ゴッソリ肉を持っていかれるパターンがほとんどである。

走るどころか、歩くことさえ絶望的だろう。

そもそも、おっさんの元に走り寄ってフライングゾンビを殺し、助け上げてる間に他のゾンビに追い付かれる。そんな暇は無かったのだ。


……いや、今まで述べたのは後付けの言い訳だな。

おっさんを助けてたら確実に自分も死ぬという判断一点だけで、僕はおっさんを見殺しにしたのだ。


不可抗力。


誰が見てもそんな状態であったことには自信がある。

しかしながら、おっさんの死に自分の行動は関与していないと割り切れるまでは、しばらく時間を要した。


普通、ゾンビは数か所噛みついてその部分肉を喰らった後は対象を放置する。

それが致命傷であった場合はそのまま死に至るわけだが、そうでない場合は数分内に昏睡状態になる。

そして更に数時間~2日以内に目覚めれば、おめでとう。ゾンビとなって復活である。目覚めなければ、普通に数日で衰弱死するので、ゾンビはお食事を再開するのだ。骨になるまでしゃぶり尽くされる。

悲惨の限りだが、見方によっては人間として痛みと苦しみに耐えなければならない時間は昏睡状態になるまでの数分間だけで済むと言える。この言葉が適切かはわからないが、意外と人道的だと言えなくもない。


しかしながら、おっさんの場合は本当に悲惨だった。

次から次へと追い付いてくるゾンビたちに、生きながらにありとあらゆる場所を食い千切られていったのだ。

想像を絶する痛み、苦しみ、恐怖を味わいぬいて死んだに違いない。

お陰様でゾンビたちの追跡の手が緩んだのもあり僕は余裕をもって無事逃げきれたのだが、ぞれはそれで罪悪感を刺激するのだ。


これがトラウマというやつなのだろう。

ただでさえ非日常と死が蔓延した中、僕の精神は思っていたより参っていたらしい。

トドメがおっさんの死への罪悪感だったということだ。


しかしながら、僕は生きなければならない。

生きて、妻と娘に再会しなければならないのだ。

守らなければならないのだ。

例え、何を犠牲にしても。


そう自分に言い聞かせ、納得できるようになるまで二ヵ月以上を要したのだった。


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