通学路の距離は変わらない。

マグロの鎌

第1話

 僕の通学時間は往復で一日の4分の1もの時間を使う。

 これは高校に上がるとき、今の環境を変えようとした代償みたいなものだ。

 中学二年生の思春期真っ只中のころ、僕はただただ周りの言うことに適当に相槌をし、友達ごっこをしていた自分に嫌気がさしたのだ。そこから、必死こいて勉強して、親が納得してくれる県外の高校へと入学した。

 最初は一人暮らしをする予定だったが、親はまさか僕が本当に受かってしまうとは思っていなかったらしく、お金を用意することができず、家から通うことになったのだ。


 今は冬。僕の高校二年生としての時間が終わろうとしていた。

 高校に入学してからも、結局中学生のころと変わらず周りに流され続けている。あの頃はそんな自分が大っ嫌いだったが、今では別に何とも思っていない。

 その点から考えると、県外の高校に入学したことは間違いっだたのかもしれない。

 でも、後悔はしていない。

 なぜだって?

 その問いに答えるには少し照れ臭い。

 せれもそのはず、その答えとは恋というやつだからだ。

 

 高校に行くためには先ず初めに、村に走っている唯一の電車に乗らなければいけないのだ。しかし、その電車の始発は朝の4時38分であり、次に地元の駅に来るのは6時38分になってしまう。

 そのため、僕の朝は早かった。

 毎朝3時半に起き、家を4時には出なくてはならない。

 僕を人暮らしさせることができなかったせめてものお詫びなのか、父は毎日駅まで車で送ってくれた。

 その日も僕は父に送ってもらい駅に4時28分についていた。さすがに、この時間に駅を利用する人は自分だけだと思いながら、大きく両手を空へと突き上げ、体を伸ばしながらホームに足を踏み入れた。

 しかし、駅のホームには見知らぬ女性、いや女子高生がベンチに腰を掛けて本を読んでいた。

 僕は驚きと同時に恥ずかしくなり少女の方を向いたが、少女は本に夢中だったのか、こっちの視線に気づくことはなかった。

 しばらくすると、電車がホームに入ってきた。車掌さんも久しぶりにの客に驚いたのか、窓から僕たちのことを二度見していた。そして、ボタン式のドアをわざわざ開けてくれた。きっと車掌さんなりのおもてなしなのだろう。

 立ち上がろうとすると、一足先に彼女が立ち上がった。そして、横目で僕のことを見てきた。それにこたえるように彼女のことを見ると、自然と目が合ってしまった。

 中学生の時に友達から、初めて会った人と目を7秒間合わせると、恋に落ちると聞いたことがあったが、それは間違いだ。なぜなら、少女と目が合った時間は1秒にも満たないはずなのにもかかわらず、僕は恋に落ちた。


 それからの日々はあっという間に過ぎていった。はじめのうちは、何かきっかけがあって自然と少女と話せるようになると思っていた。しかし、現実はそう甘くはなかった。なんと恋に落ちてから、何も起きていないのにもかかわらず、二年が過ぎようとしていた。

 そして最近では片思い期間が長すぎたあまり、3時間もの通学時間をほとんど妄想へと費やしていた。その結果、成績が1年生のころから落ちてしまい、駅まで歩かされることになってしまった。これはさすがに、自分ながら気持ち悪いと思う。

 何どもいつかこの思いに区切りをつけなくてはいけないと思っていたが、ふられることを想像すると、どうしても気持ちが一歩前に行ってくれなかった。もしかしたら、このまま何もなく僕たちは卒業してしまうのかもしれない。

 そして、次の日、僕はその考えはあながち間違っていなかったと思うのだった。



 

 私の通学時間は往復で一日の4分の1もの時間を使う。

 これは私のわがままの代償だ。

 中学二年生の思春期真っ只中のころ、私は一人の男の子に恋をしたのだった。そして、彼を追いかけるように私は県外の高校に通うことにしたのだ。

 

 彼を初めて見たのは中学校の入学式のことだった。その時は、彼のことを友達の多いい人気者だとしか思っていなかった。そして、彼いや、入学式に来ていた生徒全員とは関わることはないと思っていた。

 それもそのはず、私の体は小さいころから弱く、学校に通うことは、この入学式が最後だったからだ。

 しかし、そんな私にも一つ楽しみがあった。それは家の隣にある図書館だった。せれもそのはず、医者から唯一外出許可がおりたのがその図書館だったからだ。そもそも、私のことを思って小さいころ図書館の隣に引っ越してくれたのだ。そして、私は体調がいい日はほとんどその図書館で時間を費やしていた。

 そんな日々を過ごしていたある日、彼は突然私の前に現れたのだ。しかし、彼は私のことなど気にもせず、ずっと勉強していた。そのため、最初は彼のことをなんとも思っていなかった。しかし、彼は毎日のように図書館にあらわれ、私に努力してる姿を見せてきた。

そして友達の多い彼は、村の高校に進学すると思っていたので、彼の姿を不思議に思うとともに、興味を惹かれていった。

 彼が図書館に来るのが日常となってきたある日、試験前だったのか彼の周りには数人の友達が座っていた。その姿は、いつも私だけに見せてくれるものとは違い、入学式で見た姿と重なって見えた。

 そしてその日私は、友達との会話の中で彼が県外の高校に通うことを知ったのである。

 そのことを知った私は人生で大きな決断をすることになる。もちろんその決断とは、彼と同じく県外の高校に進むといったことだ。

 最初は親にも医者にも止められたが、恋する乙女はそんなことでくじけるはずもなかった。私は親と医者を説得するために毎日、三人に向けて病院でプレゼンテーションをした。

その努力の結果、私はみごと県外の高校への切符を手にすることができ、あとは高校に合格することだけだ。しかし、それに関しては心配する必要はなかった。なぜなら、もともと学校に行ってなかっただけあって、親は勉強に関してはうるさく言ってくれたため、いつの間にか勉強する習慣がついてたからだ。そのため、いつも勉強している内容を少し難しくするだけでよかったのだ。

 そして、みごと県外に住む私ですら知っている有名な高校に入ることができた。もしかしたら彼も同じところに合格したのかもと思ったが、合格発表の場に彼の姿は無かった。これは高校入学後に知ったことだが、彼はもう少しだけ偏差値の高い高校に入学していたのだ。このことに関しては少しショックだったが、入学式の次の日、彼と駅のホームで会うことができ、今までの努力が報われた気持ちになった。 

 しかし、同じ電車に乗って通学することになっても、私たちの距離が縮まることはなかった。

 そして、高校二年生としての私の時間が終わりに近づいてきた3月、私は彼との今の関係も終わりに近づいていることを知らされるのであった。



 今日は終業式だった。僕の高校二年生としての時間は終わりを告げたのだ。

 終業式のため学校はいつもよりも早く終わったため、友達から昼メシや、カラオケの誘いがあったが、すべてを断り一目散に駅へと向かった。

 それもそのはず、今日僕は二年もの間片思いをしていた少女に告白するからだ。この決断に至るまで1週間悩みに悩んだが、今日が少女に会える最後のチャンスのため悔いは残さないようにしようと心に誓ったのだ。

 なぜ今日が最後のチャンスなのかというと、僕たちが使っていた駅が今日で廃駅へとなってしまうからだ。もともとは、2月いっぱいで廃止される予定だったのだが、村の人達が僕たちの終業式が終わるまで待ってくれと抗議してくれたため、今日まで待っててくれたのだ。また、その抗議者の一人であった資産家のおかげだという噂もあるが。

 村の人たちには感謝してもしきれないが、今日で少女に会えなくなってしまうといった事実は変わらない。

 僕は決意を胸に一歩一歩足を踏み出す。その足取りに迷いはなかった。

 しかし、いつも最初に乗っている電車に乗り換える駅で少女がベンチに座っていることに気が付いたのだ。本来のプランなら彼女をいつもの駅で待ちながら自分の呼吸を整える予定だったのだが、それが不可能になってしまった。こんな些細な事なのに関わらず、僕の頭は一瞬でフリーズした。それもそのはず、昨日の夜、何度も今日のプランを頭の中でシミュレーションしたが、一度も今の状況のことは考えなかったのだ。そして、こうなってしまうと、再起動するには時間を要する。

 そのため、気が付くと終点つまり目的の駅についてしまっていた。

 僕は電車を降りると同時に正気に戻り、声をかけることだけに全神経を注いでだ。

 「———。」


 今日は終業式だった。私の高校二年生としての時間は終わりをつげた。

 しかし、私は彼との関係は終わらせたくはなかった。そのため、精一杯走って駅へと向かった。そして、電車を二本乗り継ぎ、ようやく目的の駅に着いた。

 そこには彼がいた。

 実は昨日勇気を出して待ち合わせの約束をしたのだ。

 私は一つ大きく深呼吸をした。

 「ずっと...好きでした。あなたの頑張る姿が好きでした。」

 私は深々と頭を下げたため彼の顔は見えなかったが、彼がなんと言っていたかは鮮明に聞き取ることができた。



 

 僕はただホームのベンチに座って夕焼けを眺めていた。

 すると、今日何回目かわからないが僕の前に無人の電車が停車した。

 しかし、無人だと思っていた電車から一人の少女が下りてきた。初めて見る顔だった。

 不思議に思い、少女の顔をまじまじと見ていると、自分の顔が鏡写しにでもなっているのかと思うほど、自分の表情にそっくりだった。

 「私の切符は片道でした。」

 そう言って少女は無理やり笑顔を作った。

 「僕は切符すら買えませんでした。」

 そう言って僕は無理やり笑顔を作った。

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