1.5倍ビル

@BlueCosmos

カメ

夏のある朝

就職面接を受けるため、大きなビルに入った

入った瞬間空気が変わった

精神的なものではなく、確かに変わった

周りを見渡した。

人の動きが速い。

早送りのようだ。

「僕は疲れてるのか?当たるような物を食べた記憶はない。これで面接なんて受けれるだろうか?どうしようどうしよう」悪くなかった体調が悪くなっていく....嫌な汗がにじみ出る

落ち着くために小走りで外に出た。

外に出ると人の動きはいつも通り、車も普通に走っている。

安心した矢先、ビルから出てきた人々が驚いた表情や笑みを浮かべながら「芸人?なんかの撮影かな?でもカメラいないよ?不審者?」など、口々に僕を指差して話してる

素知らぬふりをきめ、平静さを保つため、スマホを取り出し時間を見た。

面接の時刻まで後6分

なんて早さで時間が過ぎている!

10分前にはついてるはずだったというのに!

小走りでビルに戻った。

また、あの現象が起こる。

自分の周りだけ早い。

とっさに外を見た。

人も車も普通に動いてる。

ここだけおかしいのか。

不思議な気持ちと恐怖でいっぱいになった。

だが止まるわけにはいかないし、遅いとわかったなら、走るしかない。

エレベーターはとても早い速さで扉を閉ざそうとしている。

全力で走った

やっとの思いでボタンに触れた。

とても速く扉が開く。

ここだけ見てると、ただ高性能なエレベーターだというのに、実際そうではないのがタチが悪い。

息を整え、平静を装いながら、15のボタンを押そうと手を伸ばす。

するとすかさず、とても早口で「何階ですか?」と、男が聞いてくれた。

自分は15階ですと答えた。

驚いた顔をしながら、速く15階を押してくれた。

あまりに遅い動きに体が不自由とでも思われたのだろうか。

話し声もゆっくりとなり、余計体が不自由に見えて、驚かれたのだろう。

姿形から不自由な人間には見えないのにとても不自由な人間を初めて見た驚きだったのだろうか。

ありがたいがありがたくない。

そうこう考えてるうちに、10秒も経たず目的階に着いた。

ボタンを押してくれた男は扉を手で押さえて開けたままにしてくれた。

お辞儀をしてから外に出た。

しかも男は降りていった。

いい奴だ.....

善意を悪用したようで、申し訳ない気持ちになったが、面接の時刻は迫っている。

受け付けがすぐに見えたので、走りながら重い足で向かう。

受け付けの女に名前と目的を伝えた。

憐憫を匂わす表情を向けられ、怒りが湧き上がったが仕方ない。

今の自分にはどうする事だって出来やしない。

このビルを出るまでは、屈辱に耐えねばならない。

「未来の就職先かもしれない場所から逃げたいとは、本末転倒も良いところだな」と、自嘲する他なかった。

考えをめぐらし時間つぶしをしていたら、走るような速さで歩いて、女が帰ってきた。

「約束した記録がないので、別の階ではないでしょうか」

明らかに門前払いだ。

だが、同時に安心もした。

礼だけ述べて足早にエレベーターへと向かう。

重いのに軽い足取りで。

重荷が降りた途端、ビルを出るまでが楽しくなった。

歩いてるだけで刺さる奇異の視線。

歩いてるだけで向けられるスマホ。

最後は全力で走っていい絵を残してやろうじゃないか。

明日のTwitterが楽しみだ。


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