第13話 統一セラフ極聖神座天國教

「統一セラフ極聖神座天國教……ですか?」


 警らから帰りPB交番でコンビニで買った弁当を井上部長と食べつつ、ふと話題に出た団体に引っかかった。

 どこかで聞いた覚えがある様な無いような気がする。


「アレだよ、あの魔法使いみたいな変な模様の服着てる……」


「あ~……」


 そう言えば先程の警らでも見かけた。


「新丘にも支部が出来るらしくてな、明日辺り公安から通達が回ってくるらしい」


 白身フライを食べつつ、二次元コードが書かれた紙をバインダーに挟んで渡してきた。


「んで、コレが彼らの布教パンフらしい。コレ見たら多分理解すると思うが――あ、ARで見るなよ」


 唐揚げを頬張りつつコードを読み込むと、『国家中央警察新丘警察署 公安部 資料』という赤字が捺されたパンフレット――をスキャンして電子化したものが画面上に現れ、そこには一度見たら忘れないであろう、フラクタル図形がデカデカと載っていた。

 丸に八角形が収納されたものが幾つも連なるそれは、見るものに引き込まれる様な錯覚を与えていた。


 パンフレットを読み進める。


『統一セラフ極聖神座天國教は、皆様が昇天した後、天國にてセラフと統一セラフに帰依し、聖人として極聖神座を獲得する事が出来るよう、統一セラフの聖言を信奉し、また現世をより良いものにする為に奉仕する事を使命としています。』


 胡散臭ぇと思いつつ、更に読み進める。


『高次元から現世を見守っている天國では、かつて様々な神が、それぞれの信者を従え、一生懸命に現世を救わんとしてきました。』


 恐らく他信教の神々について言及しているであろう部分だ。


『しかし、先の大戦で荒廃した人の心を余りに多く見、心を荒んでしまった古の神々は、天國でもお互いに戦い、堕落してしまいました。』

『今、皆さんが信仰している神々も、その時に堕落してしまったのです』


 成程そういう設定か。


『この堕落した神々に仕えていたセラフ達は、天國を正常に戻すために、堕落した神々を天國から追放しました。これを大追放と言い、その指導者こそが統一セラフなのです。』


 世界史か何かの授業で似たような流れを見たことがあるような――革命全般だな。うん。


『そして、あまりに荒んでしまった現世では、極聖神座を得、将来のセラフとなる聖人を輩出する事は不可能だと判断した統一セラフは、現世に転生し、統一セラフ極聖神座天國教を立宗されました。』

『極聖神座とは、輪廻を脱し、天國に昇華された聖者が至る席であり、さらに徳を積むことにより、セラフとなる事が出来ます。』

『セラフは本来、神々に仕える者でしたが、大追放後は、神々に代わって現世を導いています。』

『今、天國ではセラフの不足が問題となっています。あなたの力が必要です。』


 ……ここで警察大学校の新入生募集パンフを見てみよう。


『来たれ若人よ!』

『待遇は公安職国家公務員』

『一期生。君たちが歴史を作る』


 類似性を見出してしまったら負けな気がするが、類似性が無いとは言い切れない。


「最後の方、殆ど募集ポスターですねコレ」

「そりゃ布教と広報は本質的に一緒だからな」


 総務部の広報官に聞かれたら恐ろしいことになろう言葉を平然と吐き出す。


「で、彼ら何が問題なんです?」


 わざわざ公安が目をつけるからには、相当の理由があるのだろう。


「『大追放』ってあっただろ。アレな、気付いたと思うが暴力革命のメタファーだぞ」

「あー……」


 つまり、日本国憲法下に成立した政府を暴力で転覆させる事を目的としているのでは無いかという事だ。

 そして暴力革命と言えば戦前、我々警察が手を焼きに焼きまくった歴史がある。


 日本赤軍等の過激派から学生闘争、内ゲバ、ハイジャック、立て籠もり……


 挙げればキリが無いが、警備訓練で酷い目に遭ったのもこの様な歴史を警察が歩んできたからだ。

 火炎瓶で火達磨になったり、列から脱伍した警察官が袋叩きに遭ったり、休んでいた所を襲撃されリンチされたり――


 兎に角酷い目に遭ったのだ。


 そんな先輩方の血と汗の結晶の上に立っているのが我々警察である。


「その上新興宗教団体だ。公安部が言いたいことは分かるな?」


 こんな思想を持っている団体に宗教が絡んで来ると、誰が考えても碌な事にはなりそうも無いという事はすぐに分かる。


「まぁ、信教の自由があるから我々は監視に留めるしか無いがな」

「……そうですね」


 何か不気味なものを感じ、背筋が冷めた様な錯覚を覚えたが、間もなく勤務が再開する事を告げる時計を見、それは解けた。


「後三分ですか」

「さっさと食えよ」


 ごちそうさまでした。と合掌してパトカーPCに向かった部長を傍目に、大急ぎで唐揚げを頬張り、飯をかき込んでむせた。



****



「大丈夫かなぁ……」


 五十川明さんが居るであろう117号室へ歩みを進めつつ、思わずボヤく。

 自分が彼女に情を持っている事は一応自覚しているが、飽くまで法に基づく活動であるという事を肝に銘じ、一度大きく息を吸い、吐く。


 呼び鈴を鳴らし、待つ。


「は、はい……」


 薄く開いたドアから、彼女の声が聞こえてきた。


「こんにちは、新丘署の宮木です。あの後お変わり無いですか?」


 すると、ドアが開放され、彼女が現れた。

 驚いた事に、笑みを浮かべていた。


「また来てくれたんですね」


 その笑顔にドキッとした事は言うまでも無いが、更に悪い事はこれ心拍数が個人記録装置に記録されている事だ。

 ……まぁ、碌に見られてないだろうし大丈夫かな。と、思いつつ、彼女の招きに応じて部屋に踏み入った。



****



 やっと来た。


 普通は家に警察官が来るというのはあまり好ましくないようだが、私は違う。

 唯一、私の心を温めてくれる人が家に来てくれた。


 胸が跳ねるのを感じる。


 例えマニュアル通りの対応でも良い。兎に角彼の近くに居たかった。


 この生活を続けていると、内省する時間が潤沢にある。

 そして分かった。

 私は人に優しくされたい訳では無い。

 彼の傍に居たいのだ。

 内省の末、ようやくその事実に気付いた。


 でも。


「どうかされましたか?」


 右手。医療テープ。


 肌色で伸縮性があり、凝血効果と傷口保護、修復促進剤等が独特の――不快では無いが独特の――臭気を放つそれが、彼の右手を覆っていた。

 この前会った時には覆っていなかった。つまり新たに負傷したという事だ。


「ああ、これでしたらこの間チョットやらかしちゃいまして、大丈夫ですよ」


 口ではそんな事を言っているが、私はある確信を抱かざるを得なくなった。


 やっぱり私は疫病神なんだ。


 その確信である。

 私に関係した人は、殆どの人が不幸になっていった。

 幸いにして義兄は精神的支柱を見出したようだが、実母も実父も義母も義父も友人も、そして彼さえも。

 皆、なんらかの損害を被っている。

 そしてそれが偶然の一言で片付けられないという事を、私は誰よりも知っている。


 でも。


「何か困りごととかは無いですか?」


 この前のように、優しい顔と声で語りかけてくれる、自分を気にかけてくれる。

 その事実に胸が更に暴れだし、少しでも長く彼と一緒に居たいと叫びだす。


 そして、ある事を閃いてしまった。


「コーヒーか何かお出ししますね」


「あ、大丈夫ですよ」


 やんわりと断られるが、想定内だ。


「どうしても……ですか?」


 少し、ほんの少し押してみる。

 今まで自分が他人相手に自分の意志を通そうとした事はあまり無かったが、自分の胸がそれを自らに強いていた。


「いや……じゃあ、頂きます」


 彼の言葉を受けて、私は『コーヒー』を淹れる為に立ち上がった。



 いつものポーチ。

 処方された薬を入れたポーチに、それはあった。


『睡眠導入安定剤 ドリープ』


 幾度となく私を悪夢から救い上げてきたそれを、私はタブレットを操作している彼にばれないよう、静かにコーヒーカップに入れ、コーヒーを注いだ。

 自分でも、自分の行動が異常だという事はどこかで分かる。

 でも、でも。

 彼の近くに少しでも長く居る為ならと、自分の理性は何故か納得してしまっていた。



****



「さて」


 今の内にと、防護衣胸部に鎮座するパッドに必要な情報を入れ込み、一息つく。

 ここの居住者――五十川明さんは、私にお茶を淹れる為にキッチンの方に向かった。


 そもそもこちらはアポ無しで押しかけている身なので流石に一度は断ったものの、二度迫られては受け入れるしか無い。

 ハンドブックにも、勧められたお茶等をあまり強力に断らない方が良いと書いてあった。


「あの……」


 気付くと、明さんがコーヒーカップを持って戻っていた。


「ああどうも、すみません」


 思ったよりも丁寧な所作で自分の前にカップが置かれる。一瞬ビックリしたが、そう言えば最近の通信高校ではマナーの授業等もあるらしいという情報を昔小耳に挟んだ様な気がして、一人で納得した。


「ど、どうぞ……」


 折角淹れてくれたのだし、熱い内に飲まないと勿体ないなとも思い、コーヒーカップを傾けた。

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