モテない男たちの闘い

三宮 尚次郎

第1話

「なあ、俺さ。昨日フラれたんだ」


 昼休みになるやいなや、友人の徹が不意にそんなことを言った。いきなり何を言っているのだろうかこいつは。


 なんと返していいのか分からず、俺は沈黙を貫いた。


 「なんかよぉ、先輩といい感じになってさぁ。告白しちゃったんだよ」


 笑いながら、徹はそう続けた。もしかしたら、俺が思っているよりもフラれたことをそこまで気にしていないのかもしれない。


 「まぁ、どんまい」


 俺は苦笑いをしながら、慰めの言葉を送った。


 「うっすぺらい励ましをどうもな。まぁ、見ての通り全然ショック受けてないんだけどな」


 「なんでフラれたのにショック受けてないんだよ」


 俺は気を遣わずに、素直な疑問を口にした。正直言って、負け惜しみというか強がっているようにしか見えない。。


 「俺はな。ちょっと好きかもしれないと思ったら、即告白する男なんだよ。お前とは高校生からの付き合いだから、分からないだろうが、中学時代の俺はその手の話で有名だったんだよ。もうフラれすぎて、フラれることがちょっとしたスキンシップにしか思えなくなったわけだ」


 全然誇らしくないことを誇らしげに語る友人にドン引きである。何を言っているのだろうか。


 「それでショックを受けない体になってしまったのかお前は」


 「そうだ」


 はっきりと徹はそう言った。アホだわコイツ。


 「フラれた回数が多いってことは、裏を返せば告白した回数が多いってことだよな。数打ちゃ当たるって言うし、誰かと付き合えたりしなかったのか」


 「ない」


 徹はどこか遠い場所を見ているような表情で即答した。


 ショックを感じない男でも、塵が積もればショックになるようだ。


 「中学時代のお前の姿がなんとなく想像できたよ。そりゃあ、フラれるわ」


 「その通りだ。目立つは目立つでも、悪目立ちだったからな」


 「その悪夢を繰り返すつもりなのか?」


 「いや、そのつもりなかったんだ。ちょっと癖がな。出ちゃった」


 テヘペロをしながら、徹はそんな言葉を吐く。全然、後悔してないな。


 「訴えられない程度には抑えた方がいいぞ」


 「ははは、そうだな」


 うん、絶対またするわコイツ。


 「俺の恋バナばっかりしてもつまんないな。健人はなんかないのかよ。そういう感じの話」


 さっきまでの会話がどう転がったら恋バナになるのかは正直分からないが、気にしないでおこう。なんかめんどくさそうな話を振ってきたので今はそちらに集中だ。


 「なんもない」


 「ほんとうかよお前、だれかに告白したこととかないのか」


 「ない」


 「お前あれだな。あんまそういうのに興味ない感じ系男子か」


 「そんなカテゴリーがあるのかは分からないが、多分そうかな」


 徹は何か考え込むような表情をしている。コイツが何かを考える時は、たいてい碌なことを考えていない。


 勉強にその思考能力を使わない分、おかしな部分でその思考能力は活動してしまうのだろう。


 「お前さ、誰かに告白してみろ」


 ほら、意味のわからない事を言い出した。


 「なんでや」


 「お前にも告白してフラれるということを知ってほしいんだ。俺は」


 「大丈夫か、お前」


 「ああ、正常だ」


 正常な奴は、そんなことを言わない。というか、フラれる前提で俺を告白させたいのか。普通に嫌なんだが。


 俺のメンタルは徹ほど発達していないんだよ。


 「なんで自分からフラれに行かなきゃならないんだ」


 「このままだとお前は一生独り身になってしまうぞ」


 百戦錬磨のフラれ屋に言われても全然説得力がないんだが、そこのところどうなんだ。


 「いいよ。別に独り身でも」


 「嘘つけ馬鹿野郎!女は最高だぞ!」


 何か分からんが、鼻息を荒くしながら大きな声で徹は叫ぶ。クラス中が注目しているからやめてほしい。


 「はぁ、ちょっと落ち着けよ」


 「んあああ、すまん。興奮しすぎた」


 変な奇声を上げた後、徹は真顔になった。


 いきなり冷静になりすぎだろ、怖いわ。ツッコミを待ってそうな顔をしているが、無視して先に進める。


 「百歩譲って俺が告白してフラれるとしよう。そうしたらどこがどう転んで、独り身につながっていくんだ。まずそこを説明してくれよ」


 俺は、説明を求めた。何も根拠がなくただ『告白してフラれろ』なんて言われても、はい分かりましたなんて言えるはずもない。


 「それもそうだな。じゃあ、聞いてくれ」


 「うん」


 「もしも、俺たちがイケメンだったら女は自分から告白してくるだろう、突っ立てるだけで彼女ができてしまうんだ。だが、残念ながら俺たちはイケメンではない。それがどう意味か分かるか?」


 マイク代わりにした手を俺に向けながら、徹は質問してきた。これは答えなければ先に進まないのだろうな。ああ、仕方がない。


 「待ってるだけじゃ、女はやってこないってことだな」


 「そういうことだ。お前も男だ、誰かと付き合いたいと思ったことくらいはあるだろう」


 「まぁ、そうだな」


 「だからこそ、お前には恋愛にアグレッシブになってほしいんだ。俺のようにとは言わないが、フラれることに慣れてほしい。友人からのありがたい言葉だぞ、納得してくるよな」


 まくし立てるように言葉を喋る徹は俺にNOとは言わせない雰囲気を醸し出していた。


 普通に断りたい俺としては、非常にめんどくさいことこの上ない。


 俺みたいな普通の人たちにとって告白するというのはビッグなイベントなのだ。徹のようにスキンシップ程度に考えられるはずがない。


 だが、確かに徹の言っていることにもなんとなく説得力はあった。待っているだけで女はやってこないというのは妙に納得できる。


 これまでの学生生活の中で、告白したことも告白されたこともない俺としては、納得せざる負えない言葉だった。本当にこれからの人生に独り身の未来が切り開いていくような感覚する覚えてしまったからな。


 徹には別に独り身でもいいと言ってしまったが、実際のところそう思ってはいない自分もいるということだ。だって男だもん。


 「……検討してみるよ」


 結局、徹の勢いに押されたような感じになって、とりあえず検討してみることになった。

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