6月 5日月曜日 生徒自治会会議室 始まり

大村敦


 第2の立候補者として2年D組の吉良さんが届けを提出に来た。本当にこれには驚いた。というか自分の手元にあるバインダーの予言は大当たり。会長の自分が動かなくても学校側が動いた訳だ。学校側にも同じような引継資料でもあるのだろうかと思ってしまいたくなる。


 吉良陣営の推薦人は2年A組の学級委員長の松平さん、そしてC組のやはり委員長の水野くんだ。松平さんと吉良さんは仲が良いのはたまに見かけていたから知っている。水野くんは利己主義者で得する事がなければ動かないように見ていたので驚いた。

それ故に学校側の策謀かと勘ぐる事になった訳。この件、学校側は誰が関わっているのか。校長先生までなんだろうか?


三重陽子


 告示期間中、私達は帰る前に生徒自治会会議室に立ち寄って立候補者が出ていないか確認するようにしていた。情報は使命を制する。選挙関係のあれこれはおおっぴらにやれるようになったので5日も下校時間ギリギリまで北校舎3階の「事務所」で議論とペーパーをまとめる作業をしていた。


 私は5日の打ち合わせを終えて帰る前に生徒自治会会議室の選挙管理委員会に立ち寄った。

「こんにちは」と引き戸を開けたところ部屋の中に緊張感が走った。大村会長がちょうど「吉良さんの立候補届けを受理します」と言っていた所だったのだ。


 新しい立候補者と推薦人の3人がキッとなってこちらを見てきた。吉良さんと松平さんと水野くん。


「取り込み中のようだからまた明日にしますね」

私は笑顔でそういうと踵を返して会議室を出た。そして下足箱で待っている冬ちゃんと肇くんの所へ駆け寄った。


 私の顔を見て肇くんが寄ってきた。

「陽子ちゃん、ひょっとして?」


 私は小さく頷いた。

「ちょうど候補者が来ていたよ。D組の吉良さんが立候補者であとA組松平さん、C組の水野くんがいたけど推薦人だと思う」


冬ちゃんの望んでいた対立候補との選挙戦になる。戦いのゴングが頭の中で響いた。


大村敦


 ちょうどのタイミングで古城さん陣営の三重さんが立候補届け出がないか見に来て、まさしく提出中の様子を見て全てを察したようだった。


 それにしても吉良さんか。彼女が風紀強化を提言している事は総務委員会出席者なら誰でも知っている。古城さんの公約を彼女がよく思うとは思えない。激しい戦いになるだろうな、これは。


 吉良さんの出馬によって2年生の学級委員長が二分された(B、E組が古城さん推薦人、D組は吉良さん本人でA、C組が吉良さん推薦人だ)。実に稀な選挙展開になる。


 果たして1年生はこの学級委員長の割れ方をどう見るだろうか。2年生の内輪もめと見た場合は決していい結果にならないだろう。立候補した二人ともその点はどう考えている?


日向肇


 俺たちは一緒に校門を出た。古城は闘志満々でこれは結構な事。戦う気のない立候補者じゃ困る。そして陽子ちゃんは何か考え込んでいた。


「ねえ、二人とも。1年生の取り込みはどう考えてる?吉良さん、松平さんと水野くんの参戦で学級委員長は真っ二つ。結果として2年生も真っ二つになるかも。無論これを切り崩していく訳だけど、1年生がこれじゃ蚊帳の外だし状況も見えないし、状況が見えないと取り込みも図れない」

痛い所を陽子ちゃんが突いてきた。


「確かにまずいな。アンテナなしでは全校相手に戦えない。俺たちは3年生を取り込めない可能性は高いし……彼らには制服はそのままの方がいいと思っているだろうよ。卒業まで1年ないしな。だから厳しい。そうなると2年生イーブン、3年生で不利を被ったとして打開するのに必要なのは1年生の票だ」


 頭を抱える古城。

「うーん。私、帰宅部だから1年生も3年生も知り合いはほとんどいないし」

それはこの三人みんなそうだよ。陽子ちゃんと俺は学級委員長で総務委員会に出ているから多少上下とも知っているぐらいという程度だし。


 そこである子の事を思い出した。つい最近も陽子ちゃんには少し話したな。しかし、うーん。仕方ないか。やむを得ないか。


「あまり頼りたくないけど知り合いはいない事はない。同中おなちゅうの後輩なんだけど。あいつなあ。嫌だなあ。二人は頼れそうな後輩いない?」


 二人ともすぐ真顔で首を振りやがった。いたらいいのに!


 諦めて俺はそいつの名前を告げた。

「あいつ、というかその子の名前、加美洋子って言うんだ。加えるに美しい、太平洋の『ようこ』って書く。あいつの加美はどうみても神様の『かみ』の間違いなんだよな。天上天下唯我独尊。駆け引きが大好きと来てる」


 陽子ちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「なんかすごく嫌ってるっぽいのは何故?」


 俺は陽子ちゃんの目から視線をそらせた。

「いや、選挙参謀には向いているよ。リーダーの資質もあるから会長だってやれるだろうし実際中学ではやってたしな」


 そう、利害はすぐ見抜くし目標達成のためならあらゆる手段を考慮して実行できる強権上等な奴なのだ。少し深い吐息をつくと記憶を辿った。

「中学校の時、あの子は俺を生徒会長に担ぎ出そうとして猛烈なアタックを食らってる。断ったけど最後は必死だったよ。今もあの日の事を怨念に乗せて俺の事を見てるなあって感じる事はあるね。恐ろしく執念深い。そして頭も良い。あいつが2年生の時、自分で生徒会長選に出て有力な本命を落として会長になって実績も豊富だ。強権上等な猛獣。俺はそう呼んでいる。万が一吉良さんがあいつに声を掛けて向こうの陣営に入られた1年生の票は根こそぎ持って行かれる。まず負けるだろうな」


 陽子ちゃんと古城は俺をじっと見ていた。

「肇くん。もう結論出してるじゃない」

陽子ちゃんにはそう言われた。古城は、

「陽子ちゃんの言う通りだし、私も加美さんと会って話をしてみたい。明日昼休み頼みに行こうかな」と言い出した。


 俺も陽子ちゃんの言う通り、あいつをこちらに引き入れるつもりで加美さんの事をしゃべっていたんだろう。だから、

「古城、ちょっと待て。明日、俺がお前と会って話を聞いて欲しいって頼んでくるから。あいつの予定が問題なければ放課後に『事務所』に来てもらうようにするよ。あまりおおっぴらにはやりたくないしな」


 そう言って押し止めた。俺が話をせずにこの話は前に進まないだろう。それは分かっていた。

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