4月 6日金曜日 パフェの誓い2

三重陽子


 マスターがパフェの準備をすべくカウンターの奥へ引っ込むと冬ちゃんがここに集まった目的を話し始めた。


「ねえ、陽子ちゃん。私達もスラックスで登校したいと思わない?」

「そうね。そうしたい人にはそういう選択肢が与えられてもいいと思うけど」


 正直、あまり考えたことがなかったけど。肇くんは首をひねっていた。話の行方が見えてないみたい。


「でも、陽子ちゃんも私服はパンツとか多くない?」

「ワンピースとかない訳じゃないけどメインはパンツルックかなあ。言われてみたら」


 隣では肇くんが頷いて私の私服の服装に関する証人となってくれていた。なんとなくだけど冬ちゃんの話の目的は見えていたけど、どうやって実現させるつもりなのか手段がまだ見えて来なかった。


「冬ちゃん、制服廃止とかまで視野に入れてるの?」


 冬ちゃんは軽く頷いた。肇くんは横目で私を見て説明を求めていたけど、すぐ分かるだろうからそのまま話を進める。


「それが多数意見になるならありだとは思う。標準服方式取っている学校もあるでしょ。制服じゃないけど着たければどうぞ、っていうやり方。ああいうのもありかな」

「全面否定じゃないんだよね」


 冬ちゃんの視線が少し泳いだ感じがした。その上で彼女の口から出て来た言葉は決意だった。

「……うん。選択の自由を広げたいなあと思ってるだけ。だから最低限の主張は?って聞かれたら女子制服へのスラックス追加になるよ。上はもとより男女共通のブレザーだから難易度も低いと思うし」

「確かにね」


 冬ちゃんは理想主義だけど妥協は念頭にある子だった。この件もその価値観で振る舞うつもりはあるようだ。


日向肇


 やっと話の流れが理解できた。古城はどうやら高校の制服について何かしたいらしい。


「古城の話の目的は分かった。俺も賛成だ。その上で追加したい事がある。次いででいいので夏制服の追加もやりたいな」

「何かな、それって?」と陽子ちゃん。

「うん。最近、ポロシャツを夏制服に採用している学校があるよな」


 宙を見つめて脳裏で記憶をあさっているらしい陽子ちゃん。右の拳で左手のひらをポンとした。


「あ、あれね。たまに見かけるね」

 だろっとばかりに頷く俺。

「あれも男女共通でいけるから半袖ワイシャツとネクタイ以外にポロシャツの着用を認めてくれたらいいなあって思わないか?」


 古城もこの案について意見を述べた。

「いいアイデアだね。それは思いつきたかったな」

おお、古城も賛成してくれたか。


 そこにマスターがフルーツ・パフェを3つ持ってきてくれた。

「はい。おまたせしました」


 我々三人の前に挑むべき甘味が並んだ。

「あとは食べてから、だよな!」

『そうだね』と二人から同意の返事があった。


 ここからしばらく「美味しい」「今だとキウイも合うねえ」というパフェへの讃辞しか出てこなくなった。


三重陽子


 目の前には3つの空になったパフェグラスがあった。

『ごちそうさまでした』

私たち三人で大合唱。カウンターの中のマスターは皿を拭きながらニヤリとしていた。


 そして話は再び制服に戻り、冬ちゃんがこの日最大の爆弾を私達に投げかけてきた。


「うちでお母さんと話をしていたら、制服を変えたいなら生徒自治会長になって学校と交渉するしかないだろうねって言われた。私は誰かに変えてもらうのを待つ気はない。ただ、これは私一人じゃ出来ない。助けが必要」


 冬ちゃんの考えていた手段は想像以上のものだった。そして必要とする助けとは何かも分かった。


「そういう話ね。生徒自治会長立候補には推薦人二人必要だものね」


 これは昨年の選挙で知った知識。当然二人とも知っているはずだけど確認の意味を込めてあえて口にした。

 頷く冬ちゃん。肇くんは冬ちゃんを驚きの目で見ていた。


「古城が大胆だとは知ってたけど、一足飛びにそこまで考えたのか」

 冬ちゃんの口元が少し緩んだ。

「終業式の日からどうするかって考えていた。どうせやるなら徹底的に。これが私のモットー」

「なるほどな」


 冬ちゃんは背筋を伸ばした。

「2人には私が立候補する時の推薦人になって欲しい。そして当選した時は執行部の三役にも入って欲しい。でないと考えている不条理、不合理をなくす努力は手すら付けられないから。大変な事になると思う。だからゆっくり考えて。選挙告示日は6月1日だし、まだ時間はあるから」


 私達2人は冬ちゃんの言葉に頷いた。私は冬ちゃんに約束をした。

「分かった。協力するか、しないかはちゃんと決めて返事する」


日向肇


 夕食の買い物をして家に帰るという古城と別れて陽子ちゃんと2人で駅まで歩いた。陽は傾いていて空は少し黄金色になっていた。


「総論として異論はない」

 陽子ちゃんも軽く頷いた。

「選挙戦まで手伝うのも構わないし友達としても助けたいよね」

 応援する事は陽子ちゃんも異論はないはずだ。

「問題は冬ちゃんが当選した暁に役員を引き受けるかどうか、だな」


 陽子ちゃんと俺は共通の目標が生まれていて、そのためには勉強をしっかりしなきゃねという話はしていた。


 陽子ちゃんには今の不思議な気分について伝えた。

「今日の古城の話、俺は惹かれるものがあるんだけど理由がわかんないんだ」

「私も。目標の事を考えたら引き受けるのは避けるべきかもって思うんだけど、ひょっとして私たちってどこか抜けてるのかな?」


 二人でクスクス笑ってしまった。結局この日はまだ踏ん切りが付かないねという所で話が終わったのだった。

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