第1章 告示日前のあれこれ

3月24日金曜日 端緒

古城こじょうミフユ


 高校1年生の最後の終業式を終えて自転車を走らせて家に帰った。春の陽気で暑いぐらいだったけど、さすがにブレザーの上着をしわになるような事はしたくないので我慢して着たまま坂道を上って家に向かっていた。

 風が少し吹いていてこういう時だとスカートでは自転車を走らせにくい事とあと一つ気に食わないし不愉快な事があってこれらがどうにも自転車通学の難点なのが残念だ。


 髪はポニーテイルでまとめている。秋に買った自転車で通学もするようになって髪がうっとおしい事が多くなって。

 妹と自転車でお出かけした時に「髪を後ろでまとめたら?お姉ちゃんなら似合うと思うしバラバラしなくていいんじゃない?」とアドバイスされたのだった。

 小学生の妹にファッションをアドバイスされる高校生の姉という事に対する威厳とか思わない事もないけどいいアイデアなのでやる事にした。


 すると動きやすくてさほど手間もないので私も気に入っているし、陽子ちゃんからも似合ってるって言われたこともある。それだけでは済まなかったけど。


 学期中の音楽の授業前の休み時間に後ろの席から陽子ちゃんが話しかけてきた。


「冬ちゃん、ポニテもいいけど三つ編みとかしてみない?きっと似合うと思うけど。やってあげようか?」


 後ろで私の髪を見て思いついたのかな?


 私は陽子ちゃんの方に体を向けると首を横に振った。

「いいよ。なんかめんどくさいし」

「出た! 冬ちゃんのものぐさ。勿体ないのにねえ。色々試すのも楽しいよ?」


 陽子ちゃんはそう言うと笑った。髪ごときにそこまで時間を掛けたいとか思えない私ってやっぱりそうなのかな。


 そんな事を思いながら帰宅すると1階には誰もいなかった。妹もまだ帰ってないらしい。とってもお腹が空いていたので2階の自分の部屋に上がってバッグを置くとブレザーだけクローゼットに戻してブラウス・スカート制服姿のまま1階のキッチンに降りて昼食を作った。


 妹と私だけかなと思ってゆで卵を茹でつつスライスチーズをのせたパンをトーストして野菜を適当にのせるオープンサンドを用意していたら家の2階の書斎で仕事をしていたらしいショールを羽織った母が部屋から出て降りてきた。コーヒーを入れに来たらしい。


「あら、お帰り」

「お母さん、いたんだ」

「今日は家で仕事。中々難敵でうまく文章がまとまらなくてね」


 ふむ。ゆで卵もお野菜も余裕はあった。お母さんは自分だけだと仕事に夢中過ぎて食事が二の次になっちゃう事がよくある。それはよくない。


「お母さん、今、お昼にオープンサンドを作ってるんだけど一緒に食べる?」

「あ、それは助かる。ありがと」


 妹のミアキも終業式で午前中だけのはずなのにこのときはまだ帰ってきてなかったので、あの子の分もすぐ作れるように材料だけよけておいた。

 どこで遊んでるんだか悪ガキ大将にも困ったもの。きっとクラスメイト引き連れて4月からクラスどうなるんだろうねとかいいながらふざけあってるんだろうね。


 食後に母謹製のコーヒーを飲んでいて、ふとスカートをつまみながら愚痴めいた事を漏らしてしまった。

「これってなんとかならないのかな」


 私の通っている県立中央高は自由な伝統とその伝統ゆえの保守性が入り交じった所があった。私が不満を感じているのは制服だ。

 80年代の生徒自治会が動いて旧来の詰め襟服とセーラー服から男女ともブレザーとなったのだ。但し女子はスカートだけとなっていた。私はこれが不満だった。自転車にも乗りにくいし冬は寒いし。変な人もいるし。


 母の反応は穏やかだった。


「誰かが声を上げて変えようとしない限り当然変らないよね」

「それはそうだけど」

「なら自分で変えられるはずだって前提で考えてみたら?」


 その時だった。


「ただいまっ!」

 妹が帰ってきた。廊下をパタパタ走ってキッチンに飛び込んでくるとこれがまた満面の笑み。鼻が少し伸びてない?と思ってしまう。母と顔を見合わせる私。


「お母さん、お姉ちゃん。通信簿で先生にとってもほめられたからいいからみて!」

「どれどれ。ミアキがどれだけ頑張ったか見せて」


 そういうと母がミアキの通信簿を見て妹を誉めていた。さて、妹にいい成績のご褒美にお昼を作ってあげようかな。

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