第21話 天崎代理は、信じてる

 その日から、天崎さんの仕事は主に新作ソシャゲのシナリオ制作ということになった。そして俺は、そんな天崎代理をサポートするのが仕事なワケで……。


「ね~、優斗くんっ! 今書いてるシーンが難しいから、ちょっと手伝ってもらってもいいかな?」

「あ、はい。どんなシーンですか?」

「えっとね。主人公がヒロインを押し倒してキスをするシーンなんだけど……実際にやってくれないかな?」

「いや、無理に決まってるじゃないですか! なにさせようとしてんすか!?」


 なんて、ちょっとした無茶ぶりも色々あった。

 しかし、そこはさすがの天崎代理。週末に控えた締め切りの前にはちゃんとシナリオを完成させて、見事に自分の仕事を終えた。

 しかし――問題はその次の週に起きた。


「え……? 書き直し、ですか……?」

「うん……」


 翌週の朝に出勤すると、天崎代理がしゅんとした顔でそう告げた。

 どうやら提出したシナリオに、何らかの問題があったらしい。具体的には、有名な別のソーシャルゲームのシナリオと展開が被っており、書き直さざるを得なくなったとか……。


「そんな……。じゃあもう、新しいゲームは出せないんですか?」

「ううん……。一応、明後日までに書き直せばギリギリ間に合いはするんだけど……。でも、それも厳しくて……」


 ライターチームは別のソシャゲのシナリオを書かねばならず、天崎代理もシナリオ以外の仕事がある。シナリオに携われる人材がおらず、書き直しは難しいという。

 そんな……マジか……。せっかく天崎代理が力を入れていたシナリオが……。


「ねえ、優斗君……。一つだけ、お願いしてもいい……?」

「え……?」


 天崎代理が、俺にお願い……?

 珍しいと思い、きょとんとした表情になる。

 そんな俺に、彼女が言った。


「シナリオの直し、優斗君に頼んでもいいかな……?」

「!?」


 お、俺にシナリオの修正を任せると言うのか……!?


「優斗君もウチのシナリオ業務をしたことあるし、作品を書いてた経験もあるでしょ? だから、執筆作業は慣れてると思うの」

「で、でも……。俺の実力じゃ、丸々一作分のシナリオを二、三日で書くなんて……」


 あのシナリオ、確か全部合わせると文庫本一冊分くらいのものだった。その量をそんな短時間で書き上げることなんて到底できない。


「それは、問題ないと思う。優斗君の――あの書きかけの原稿を使えば」

「書きかけの……原稿…………?」


 その言葉に、俺は一瞬考える。

 そして、ハッと閃いた。

 もしかして……。俺の部屋にある、あの黒歴史原稿か……?


「優斗君……。ごめんね? 実は私、あの時こっそり、優斗君の小説読んじゃったの」

「えっ!?」


 天崎代理が、あの原稿を……? ネットの民からボロクソに言われた、あの黒歴史な作品を……!?


 血の気がサーっと引くのが分かる。

 あれを見たらきっと天崎代理も、俺の作品を否定するだろう。作者である俺に失望し、心の折れるような悪口を浴びせられてしまうことだろう。そう思うと、今すぐ消えてしまいたかった。


 しかし彼女は、優しい声で口にする。


「あの作品……私はとっても素敵だと思った。内気な男の子と、自由奔放な幼馴染とのラブストーリー。まだ全部を読んだわけじゃないけど、すごく引き込まれる物語だった」


 彼女の口から紡がれたのは、俺の作品を肯定する言葉。

 でも俺は、それを素直に受け取れなかった。


「そ、そんな……。嘘ですよ……。あの作品は、とんでもない駄作で……」

「ううん。嘘じゃない。だってあの作品を読んで、私の心はとても温かくなったから」


 天崎代理が俺に歩みより、まっすぐ俺の顔を見て言う。


「確かに、優斗君の作品はネットで叩かれたのかもしれない。でもね。そんなのはごく一部の人の意見なんだよ? それだけで自分の作品の価値を――自分の価値を決めつけないで?」

「…………っ」

「私は本当に優斗君が……優斗君の作品が、好きだから」


 俺の書いた作品が好き……。その言葉が、強く俺の胸を打つ。


「だから、もしよければあの原稿をベースに、シナリオの修正をお願いしたいの。優斗君。任されてくれないかな?」

「…………」


 断りたい。

 本音では、間違いなくそう思っていた。この仕事を受けるということは、再び自分の黒歴史と向き合わなければならないということ。恐ろしい記憶を思い出すということ。そして、打ち勝たなければいけないということ。

 いくら代理の頼みであっても、俺にそれができるとは思えない。


 でも、なぜだか嫌だと言えなかった。

 その代わりに、俺は逆に代理へ問いかけた。


「天崎代理……。どうして命令しないんですか?」

「え……?」

「今まで俺、命令には逆らったことはないはずです。それにあなたは上司ですから、普通は部下にお願いじゃなくて、命令をするものじゃないですか?」


 普通の上司なら部下の意思なんて二の次で、ただ単に命令するだけだ。「岸辺。この仕事をやっておけ」「岸辺。今日も残業頼んだぞ」そんな風に俺の意思なんてお構いなしに、ただこき使うだけである。天崎代理も、それができる立場のハズだ。


 だが……。


「だって……優斗君は、私の大事な部下だもん。君の嫌がるようなことを、命令なんてしたくない」


 ああ……そういうトコロなんだよなぁ……。

 俺が結局、頼みを断り切れない理由は。


「…………分かりました。シナリオの修正、俺がやらせてもらいます」

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