ボクとカノジョのエピローグ

仔月

第1話

どうやら、家族にはいくつものカタチがあるらしい。


彼女との出会いを通して、僕はそのことを知った。そう。僕の家族のありかたはありふれたものではないのだと。


僕には、弟、父、母 がいる。父は厳しくも、ときに優しかった。母は物静かな人で、いつも、僕たちに優しくしてくれた。弟とは友達のように接し、そこに壁はなかった。これが僕の家族のカタチだ。満たされている という実感があった。勿論、そこに一切の不穏さがなかったわけではない。ただ、社会のなかには様々な家族のカタチがあり、そのなかにおいて、自分は恵まれた環境に置かれている。だからこそ、そこに不満を抱くことは不誠実なのではないかという思いがあった。


「本当に、普通なのかな?少なくとも、私の家族はそうではないよ。」


彼女はそう言った。その後、彼女は「勿論、『普通の家族』というものが何かなんてこと、私には分からないから、キミの家族がおかしいと断言することはできないけどね」と付け加えた。


曰く、父は厳しくも優しいのではなく、柔らかな権力をもって、権力がそこにあることを意識させないほどに巧妙であるのだと。曰く、母は物静かな人で優しくしてくれた。それは事実かもしれないが、母がそうあらざるをえなくなってしまったのは父の影響もあるのではないかと。曰く、弟との関係がそのようにあるのは家庭環境への適応の結果かもしれないと。


僕には家族の正しいカタチは分からない。だから、彼女の言葉が本当なのか。僕の家族のカタチは歪なのか。そんなこと、分かるはずがない。それでも、彼女の言葉は僕のセカイを大きく揺るがした。家族にはいくつものカタチがあり、僕の家族のカタチは普通ではないかもしれないこと。僕には、想像することすらもできなかった。あるいは、想像することを禁じていたのかもしれない。


そのときも、彼女は屋上の日陰にいた。それから、僕たちの交流が始まった。


「キミも本を読むんだ?どんな本を読むの」「ライトノベル?私は読んだことがないな。どういうの?」「へえ、こんな感じなんだぁ。良かったら、お勧めを教えてよ」


僕たちには共通の趣味があった。それは読書だ。彼女はSFを好み、僕はライトノベルを好んだ。それぞれの好みは異なるはずだ。だが、不思議なことに波長があった。いつしか、僕は彼女に対し、縁のようなものを感じ始めていた。この人ならば、僕のことを分かってくれる。僕ならば、この人のことを分かってやれると。


その日、窓には大粒の雨に降られる町が映っていた。彼女の話を聞いてからというもの、家にいることが躊躇われてしまい、学校で多くの時間を過ごすようになった。しかし、生憎と、外では大粒の雨が降り、強風が吹きつけていた。僕は家にいざるをえなかった。だが、家のなかにいるのは僕だけだった。なんでも、それぞれに用事があるらしく、家を出ていたらしい。これ幸いと、僕はある部屋の物色を始めた。それは、父、母の部屋だ。確かに、彼女の言葉を通して、僕のセカイは変容した。そして、そのことによって、僕の家族への認識も変わらざるをえなかった。それでも、彼・彼女たちがどのようなことを考え、これまでを生きてきたかに興味がないわけでもなかった。彼女の言葉を疑うわけではないが、それでも、僕は僕の家族というものを信じたかった。


そして、一つのアルバムが取り出された。そこにはいくつもの肖像があった。幸福な家族の肖像だ。父、母が若いころの写真。僕が生まれたころの写真。弟が生まれたころの写真。不思議なことに、ある時期を境に、家族の肖像は途切れてしまった。まるで、それまでのものは死に絶えてしまったかのように。


ああ。確かに、彼女の言葉は正しかったのかもしれない。僕は悟らざるをえなかった。それと同時に、彼女への感情の行き着く先が想像されてしまった。父、母が若いころの写真。恐らく、二人が夫婦になるまえ、恋人のころの写真だろうか。どちらも幸せそうに見える。そう、幸せそうに見えるのだった。


恐らく、僕は彼女に「恋愛感情」と言えるものを抱いているのだろう。僕は相手のことを分かってやれる。彼女は僕のことを分かってくれる。「お互いがお互いを分かっている」、この感覚は僕たちに幸福な時間をもたらしてくれた。だが、「お互いがお互いを分かっている」という感覚があっても、そのことは、相手のことを実際に理解していることの証左とはならない。父、母の写真。そこに映る二人は、まるで、僕と彼女のようであった。


そう。これが僕たちの関係の行き着くさきの一つの可能性。「お互いを分かっている」という感覚こそが、断絶を浮き彫りにした。


その日を境に、僕は屋上に行くことをやめた。そうして、一つの可能性が潰えた。どこかの世界には、僕と彼女が幸せな家庭を築くという未来もあったかもしれない。あるいは、家族というカタチではなくとも、繋がりを持つことはできたかもしれない。それでも、あの日の僕はどうしていいか分からなかった。そして、今も、そのことが分からずにいる。途方もないほどに深い断絶に囲われ、今日も、僕は生きていく。



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ボクとカノジョのエピローグ 仔月 @submoon01

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