藍のない交戦

エリー.ファー

藍のない交戦

 撃ってみる。

 何度も、何度も撃ってみる。

 反応はない。

「だって、死体ですもの。」

 そりゃそうか。

 僕はロッカールームの中にいた。正確には中にいることになってしまった、ということになる。早い話が、間違ったのだ。あんな簡単に相手に捕まるとは思いもよらなかったし、こうなるなら、グレネードランチャーくらいは用意するべきだったのに、と思う。

 あぁ、しくじった。

 しくじった。

 これ、なんだっけか。

 誰かさんの曲の歌詞だった気がする。

 あぁ、しくじった。

 しくじった。

「あの、貴方は人間ですの。」

 そんな言葉をかけられて、体があるものと密着していることに気が付く僕。

 そして。

 それが死体であることに気が付く僕。

 でも、その死体はなんどなく良い臭いがした。死臭とかではなく、女の子特有の丸くて温かい臭いがした。

 正直、どきっとした。

 もちろん、死体が喋っている現実に対してなのか、異性が近いせいなのかは判断しにくかったけれども。

「私、このロッカーにい続けて、もう数百年になるんですけれども、訪問者なんて、久しぶりのことですわ。本当に、その、本当に、嬉しい。もう、涙も出ないのですけど。」

 死体は随分恥ずかしそうにそう言った。

 体を僅かにくねらせる。

 胸があたる。

 僕の体に。

 異性の胸があたる。

「あっ、ごめんなさい。その、はしたないことをしてしまって。でも、ここって、その、狭くて、ごめんなさい。」

 僕は頷く。

 しかし。

 胸は相変わらず当たって来る。

「私、シャトルレネテゼトロワッツェルドネセントワークアンシャニティ七世と申しますわ。随分前に、まぁ、そのかなり前なんですけれども、毒を盛られましたの。それで、まだ生きていると思われたのか、棺ではなくロッカーに押し込まれまして。でも、その、あれなんですよ。私が生きていた当時は、まだ第六次世界大戦前でしたし、死体にはなっていますけど、ほら、つい最近死んだばかりで、まだ肌も色を失っただけで、このとおり、ぴんぴんしていますの。だから、そんなに怖がらなくても。その、いいではありませんか。」

 僕は死体になった女の子の目を見つめる。

 眼球は何故か水分をしっかりとため込んでおり、美しく輝いていた。軽く青色が混じっているのはヨーロッパ系ということで間違いはないのだろうか。カラコンだったらどうしよう。死体になってもお洒落に気を遣う女の子って、結構可愛いと思ってしまう。

「あの、ロッカーから出たいですか。」

 僕は頷く。

「あの、もし、出たら私も一緒に付いていってよろしいかしら。あ、いや、その、なんだか偉そうになってしまってごめんなさい。私も付いていきたいんです。ずっとここにいて退屈で。でも、ずっと、このロッカーから外に出る勇気がなくて。」

 ロッカーの外は騒がしい。男たちの怒鳴り声と銃声、叫び声とパトカーのサイレン。何かが定期的にぶつかって来る音が響き、気が付けばロッカーの扉は折れ曲がり開きそうにはない。

 どこから、出るというのだろう。

 その瞬間。

 死体の歯が僕の頬を完全にとらえて、肉を噛みちぎる。

「今夜も、勇気は出そうにないんですの。」

 僕は諦める。

 が。

 諦める気はない。

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