十三番街のぼく
澪
梅雨、十三番街にて。
登場人物
ぼく…主人公
おじさん…不動産屋の店主
大家さん…綺麗な女性
家神様…少女
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随分と昔から建っているらしい古いコンクリートの建物を、ぼくは一人で訪れていた。引越し先を探すために来たのだ。
「んぁ?十三番街の物件を探してるって?正気かい少年」
ええ、まぁ。
不動産屋の店主らしいおじさんに向けてコクリと頷いた。
おじさんの猫耳は困ったように折れる。
「はぁ……別に構わないけどよ、ろくな物件はねーぜ、安いけど」
じゃあ、最低限暮らせるところを。
「はぁ……死んでも保証は出来ねーからな、十三番街に住んでる人間にゃあ保険もかけらんねーしな」
それはよく知っている、ぼくの知っている人も、何人か消息を絶っているし、警察も十三番街までは捜索になんて行かない。
「なんせ、あの場所は無法地帯だからなぁ、俺らみてーなのには多少生きやすいってこともあるけどよ、見たとこ少年は普通の人間だろ?」
ふわふわの耳を指先でつんつんと触りつつ、おじさんは面倒くさそうに後ろの棚から資料を取り出した。
資料内容は物件の契約書ではなく、死んでも構わないという内容の契約書。十三番街に住むとなれば普通のことだ。
「んじゃあ、これにサインしておくれ。サインしたら物件の方に言って構わねーから、道は分かるな?」
ええ、ありがとうございます。
ぼくは手早くサインを済ませ、鞄を手に取って席を立った。
建物を出て、すぐ左の路地に入る。ここは十三番街に通じている道にしては珍しく、真っ直ぐ進むだけで辿り着ける。
かつ、かつ、と、石畳が音をたてた。少し湿った空気をめいっぱいに吸い込んで、ぼくは十三番街に入った。
今日からぼくが暮らす街。人間の手の届かない、異常の街。
しばらく歩いて辿り着いた古めかしい和風の建物。人魂が飛んでいたり、ひとりでに歩く傘があったりしたが、特に驚くことでもなかった。
お邪魔します。
そう言ってぼくは戸を開いた。
「あらあらいらっしゃい、人間のデリバリーかしら?」
いいえ、今日からここに住むものです。
「あら、そうなのね!今言ったのはジョークよ、気にしないでね、部屋は、えーっと、この鍵の部屋ね、今日は三階の階段から四番目にあるわよ。エレベーターもあるけれど、あんまりオススメはしないわ、何処に着くか分かったものじゃないから」
ありがとうございます。
言って、鍵を受け取って階段に向かった。随分親切な女性だった。角が生えていたし腕も二本ほど多かったけれど。
鉄の階段をゆっくりと踏みしめて昇る。ハッキリとさせておかないと、昇っているのか降りているのか分からなくなるし。
三階の、四番目の部屋の前に立って、鍵を使って扉を開く。建物の外見と同じく、古めかしい扉の先には。
綺麗だった。入ると自動で電気がつくし、テレビや冷蔵庫、その他家電なんかも全て備えつけられた現代的な部屋だった。
ただいま。
一言、部屋に向けて、放つ。
「おかえりなさいませ、新たな家主様」
そう言ったのは、巫女装束の真っ白な髪の少女だった。見た目は12歳くらいだろうか。
十三番街の家には、大抵家神様が居ると聞いていた。とあれば、彼女が家神様なのだろう。
よろしく。
と言った。彼女はぺこりと頭を下げ、何処かに消えてしまった。
ぼくは今日からこの街で生きていく。
不思議が不思議でなくなる場所。
全てがあって何も無い場所。
あの世とこの世の狭間の世界。
そんな風に言われ、畏れられるこの街で。
なんとなく、素敵な生活が始まるような予感がした。
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