△4七小角《ちょろかく》(あるいは、最大級/焦熱エリア81)


 ともかく。


「……兎宿原ウシュクハラさん……無事でって言っていいかは分からないけど、ひとまずよかった」


 総合的に「無事」と言い切るにはどうかと思われたものの、沖島ピンクさんは、その少女ピンクをやはり知っていたようで、そんなキンキンじゃない、至って柔らかな声を掛けるけど。出るんだね、出るんだよね、普通の声ェ……


「ぅるせぇぇぇぇぇッ!! 沖島ぁ……アンタがアタシをまるで眼中に置いてないことなんざ、臭ってくるくらいにバレバレなんだよぉッ!! 年齢としが同じで、同じく3歳の時に奨励会に入会してよぉ……何かと騒がれ比べられる立場にあったが、この10年の間に随分差はついちまった……アンタは今も新進気鋭、アタシは早熟凡才……世間の見る目はそうなっちまってるよなあ……」


 気合いの入った「変身ポーズ」が、小刻みに震えて見えるのは、私だけじゃないはず。小柄な身体を震わせながら、兎宿原さんはそう怨嗟混じりの言葉を紡ぎ出してくる。


「……だからよぉ、この『場』なら、全力でぶち闘えるとか思えた……だからこそ、あえてこのクソ『二次元人』に掴まってやった……アタシがアタシのメンタルを保てるのならばッ……それはすなわち、アタシの『対局』だって割り切れたから……」


 紡ぎ出す言葉のひとつひとつが、何とも言えない哀切に包まれているように感じた。阿久津先生の時と同じだ。「将棋」になにがしかの鬱屈とか葛藤を抱えた人が、この「八棋帝」とかに、引き込まれてしまうのかな……分からないけど。


 でも分からないなりに。救わなきゃいけない気持ちにはなっている。「将棋」とは本来、目先の勝ち負けとか、自らと他の処遇の違いに、一喜一憂するものじゃあないと、私は思っているから。


「この場で勝負しろ、沖島ァッ!! だからこその、あえての『通常』の盤駒なんだからよぉッ!!」


 そう言い放った、兎宿原さんの言葉は、やはり何とも言えない「哀」が、まぶし込められていたように思えるのだけれど。でも「通常」と言いつつ、ちょっとだけ違うよね……「飛車角」に代わってこちらは「鳳凰ミロカ」「猛豹わたし」、右金に代わり「盲虎オキシマさん」……うううん、強化なのか弱体化なのかは分からないけど、ま、やるしかない。と、


「もちろンさッ!! 全力でねじ締め伏せてアゲルかラッ!! 行クよ、鳳凰、猛豹、王将ッ!!」


 安定のアニメ声が。沖島さんはその目に来る桃色のスーツに覆われた両腕を身体の前で軽く組んだまま、そう応じ返す。思わず見返ってしまった私だったけど、その立ち姿は何だろう、対局中の凛とした雰囲気を、その突拍子もない外見やら挙動のその奥に、持ち合わせているようにも見えて。その視界は黒いパーツに覆われて見えていないはずなのに、振り返った私の挙動が「見えて」いるのか、軽く頷きをしてくれた。


<対局開始>


 心強さと共に、私は自分がひとりじゃないということを改めて思う。行こう、みんなで。


「オルグァァァァァァァァァァァアッ!!」


 私もいつもの気合いを一発。これやっとかないと、普段シャバの感覚を振り切れないんだよね……一斉に慄き出し、そして恐怖と混乱の余り無秩序に枡目の上を動き始める自陣の駒人コマビトたちのリアクトを見流しながら、私は姿勢を低くして力強く、踏み駆け始めていく。それと前後して、鳳凰ミロカも右辺でその身を翻らせながら進軍していくのが横目で見えた。よし。


「!!」


 でも。相手……「竪行しゅぎょう」こと兎宿原さんの指し手は思ってたより、ずっと的確で。それに早い。早いというか……「両端歩が同時に一歩前に出て来た」。「同時」……両手で違う駒を別々に動かしているかのような指し手……普通の将棋でそんなのってありえないから、ぐぐぐ、と思わず躊躇して足が止まってしまうけれど。


<……『6六猛豹』『4五鳳凰』『6五猛豹』『2三鳳凰成』『5四鳳凰』>


 そんな、素のメンタルに引きずり戻されつつあった私の覆面マスクの中に、落ち着いた声が反響してくる。頓狂アニメ声じゃなかった。盤上この一手、みたいな、確固たる自信と落ち着きを持った、そのうえ流れるような軽やかさを持った、沖島さんの指し手の「詠唱」だった。


 慣れてるのか、でも「鳳凰」とか「猛豹」って私たちしかいないから初見と思われるけど、即対応してる……どこか、楽しげな声の感じまで含ませて。それに背中を押されるようにして「盤面」を恐れず進んでいく。そうだよチームワーク。それこそが、人間側こっちに与えられた問答無用のアドバンテージ。それに、奨励会三段オキシマさんが盤上で言うことだったなら、聞くしかないっ。


 一気に盤面中央に躍り出た私は、顎とみぞおちに付けられた「牙」……黒い金属質な光を放つそれらを噛み合わせながら、5四に飛び出ていた相手側の「歩兵」の喉笛(あるのか分からないけど)を噛み千切る。慌てた感じでフォローに出て来た右銀の、鉄骨が組み合わさったような「腕」での一撃をバックステップで交わしながら、右斜め前方、既に相手角前の歩を召し取っていた鳳凰ミロカとバイザー越しに目と目で合図をする。そして、


「『2二鳳凰成』からの……」


 敵陣に到達した、ミロカの全身が緋色に輝く眩い光に包まれた。そのシルエットが巨大な「翼」を持つものへと変化したと思った瞬間、


「『角の武装化鋼』ッ!! 『スクエアリング=ホーナー=サタエ=アングラシィズ』ぁッ!!」


 ミロカの細い両腕と、雄々しい両翼に抱え上げられた「角行」の巨体が、回転ノコギリみたいに高速の横回転を始める。アレに触れたら真っ二つにされそうだけれど。


「……」


 いや? アレを利用する。乗れると思えば乗れる。乗れるイメージを具現化するんだ、そうすれば……


「オルグァァァァッ!!」


 私はホップステップジャンプの呼吸で、その「回転角行」との間合いを一気に詰めると、真上からボディに着地。両手両足を踏ん張って、その遠心力に振り落とされないように限界まで我慢したのち、


<今ッ!!>


 マスク内に響いてきた盲虎オキシマさんの合図と共に、自らも錐もみをかましながら、その回転体から射出されていく。目指すは……


「!!」


 先歩さきふを交換して自陣に戻ってきたばかりの「飛車」。その左角くらいに頭から突っ込んでいった私は、「牙」を最大限まで開くと、相手のボディに突き刺さるのに任せたまま、自分は空中で思い切り身体を捻っていく。


 噛みついたところを支点にして、その巨体は後方へのけぞるようにして一回転させられながら、盤面の端まで吹っ飛ばされると、暗黒空間の彼方へと遠ざかっていった。


 同時に左辺の「角」も「桂馬」「香車」を巻き込んで上空へ飛び去っていくのを感知。よし、大駒二枚を屠ったッ!!


 いける、と思った瞬間だった。


「ガラ空きだぜ猛豹ぉぉぉぉッ!! まずはお前だぁッ!!」


 「竪行しゅぎょう」の巨大なボディが迫ってきていた、かと思ったら、その陰から小柄なピンクの残像。その手に保持された「剣」みたいなものが、一直線に私の喉元目掛けて突き出されてきている……ッ。


「!!」


 避けられない、と思わず目を瞑ってしまった、さらにのその瞬間だった。


「あああああッ!!」


 全身を使った鋭いタックルで、ピンクの人影にたたらを踏ませたのは、


「トップ下は俺の主戦場……」


 ちょっと言ってることの意味は分からなかったけど、「王将」の冠を被ったモリ少年だったわけで。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る