▲4二飛将《ひしょう》(あるいは、堕天/曇天/ボク閉店)
痛みが通用しないのなら……?
ふと頭に浮かんだ「解決策」と、首元に喰らい付いた姿勢のまま目線を上げた先にふとあった、ミロカのかわいらしい「耳」に焦点が合い、そのふたつが脳内で
「……ふぐぅぅぅぅぅぅぅぅッ!?」
ミロカのくぐもった、しかしどこか切なそうな、今までのとはオクターブ上がったうめき声がこだまする。首筋から糸引きつつ口を離した私は、今度はその耳朶へと、目標を変更していったのであった……いやもう、私じゃない、私じゃない何かが私の身体を突き動かしていくよこわいよぅ……
「くすぐったがり」って言ってた。いつか耳元で囁いたら大袈裟に身をよじって耳弱いの、って笑いながら言ってた。そんな私の正確な記憶が、いま私の「表層」に出でている「猛豹」に的確に情報を送ってしまっていっている……
―耳を、噛んだ……
今までもだいぶ正気から片足を踏み外した状態のまま疾走してきたかに思われたけれど、ついに狂気へ続く坂道に、勢いが付いたまま脱線していくのを
―強すぎず弱すぎず、位置や角度を微細に変え、滑らかな曲線を描きつつ鎮座しているそれのすべてを、平等に均等に満遍なく、噛んだ……
私の脳内にいま溢れ出ている奔流を、何と表現したらいいのだろう……脳裡に漂う似非い文学感と眼前で行われている所業との
「ふ、ふぁああああんッ!! ナヤ待ってぇ!! く、くすぐ、くすぐったいから!! ほんとに、ほんとに待ってぇぇええ!?」
掠れた甘い響きを滲ませながら、身をよじらせ逃れようとするその華奢な身体を、私はいつの間に体得していたのだろう、その細い右腕を背中側に捻り上げて固定すると、そのまま脚付き盤に押し付けるようにして、てきぱきと手早く完全にその自由を奪っていくのであった……
「
私の「表層人格」は最早、聞く耳は持たないみたいだ……ふた昔前の人工頭脳のように無機質な
このままじゃ、のっぴきならないコトまで及んでしまいそう……くっ、私の、私の理性が残っているうちに、ミロカを導かないと……ッ!!
「ミロカ聞こえるッ!? もうここまでいっちゃったら、勢いで謝っちゃった方がいい!! いいじゃん、自分の今の将棋を失っちゃおうが!! 自分の今のすべてを手放しちゃおうが!! だってミロカだったら、一度自分の人生に風穴開けちゃったミロカだったら、一からでもゼロからでもリスタート出来るはずだからッ!!」
表層自分を掻き分けるようにかいくぐるようにして、私は、私の言葉を紡ぎ出していく。届いて、との切なる思いを込めながら。目の前でぬらりとテカる、その耳に向けて。
しかして、……んんんんぅ、濡れたとこに息吹きかけられるのだめぇぇ、らめなのぉぉぉ……との嬌声が上がるにつれ、はたと真顔になってしまうのだ↓け←れ↑ど→も↓。
うーんうーん、もう理でどうこうしようっていうのは諦めた方がいいのかな……もう行き着くとこまで吹っ切っちゃった方がいいのかな……私はもうちょっとこの諸々に対して投げやりになりかけてきている自分を俯瞰してしまっている。
「!!」
よって、あとは「表層」にお任せして……みたいな感じで、私は自分の中の俯瞰領域のようなところに結跏趺坐の構えで舞い昇っていく……
「え!! 何か変わった!! もうヒトの言の葉を解さない
ミロカの懇願も、そこまでだった。もはや野獣と化した私の、無慈悲な攻めは始まっていたようで。
ほむほむほむほむほむほむほむ……
……ギアがセカンドに入った感覚……ミロカの右耳全部を、歯で噛みなめすように、舌でねぶり尽くすように、なぜか真顔であろう私は、その口腔内の速度をぐいぐい上げていくのだけれど。
ミロ「んやぁぁぁぁぁあああああんっ!! くすぐったいぃぃ!! あ、謝るぅ!! 何でも謝るから許してへぇッ!!」
ナヤ2nd「ならば謝罪せよ……メガネへの無礼と失礼と迷惑……完全なる敗北であったという宣言……親友を傷物にせし横暴なる振る舞いへの詫び……そして自分はちょっと勝ちが込んだだけでイキりたっていたヘボ
ミロ「あっるぇぇ~!? 何か増えてるし、根に持ってる? そして私の心を的確に殺しに来てるような布陣を示されたんだけど!! で、でももう……もう!! 諸々含めていま、『ごめんなさい』で謝るから、だからもう許してッ!! 許してよぉうッ!!」
ナヤ2nd「ダメだな」
ミロ「ええッ!?」
ナヤ2nd「まだ心の中で悔しいとか思っているのだろう、それではダメだ。ココロの奥底から言うようにならないとそれは謝罪にはならない……」
ミロ「そ、そんなッ、ゆってる!! ゆってるってばぁぁぁぁぁッ!!」
深紅色に染まったやり取りの間にも、ほむほむはとどまることを知らず。と、耳殻をなぞりあげていた舌先に、ぷくりと丸い感触が。何だろう、と軽くつつくようにしてみたら。
「んんんんんーッ!! そこ虫に刺されてちょっと腫れて痒いとこぉぉ、いちばんくすぐったいからそこはやめ……ハッ!?」
ミロカの思わず口をついて出た言葉に、私の、もう誰なんだか分からないほどの獰猛な顔つきをしてるだろう顔面が、さらに喜悦で歪んだのを感知した。
「……ッ!! ……ッ!!」
もはや声にもならない声を断続的に喉奥から吐き出すだけのミロカを、私はもういいんじゃないの的、圧倒的胸焼け感をもってして、いま嬉々としてコトに及んでいる「表層」の自分に問いかけるけど。というか、ミロカもう本格的に謝った方がよくない?
「ごめんなさいぃぃッ!! 沖島さん私の完全負けですぅぅぅッ!! すごい5六馬だったから、もうワケわかんなくなっちゃって……いや今のこの状況の方がワケわかんない度数はそれを凌駕している気もするけどぁふッ!! ……あ、あとで中盤から振り返ろう? ていうか教えて? ……ごめんね、あのねそれでもしよかったらだけど、私の『指し
色々忙しいミロカの、それでも素直な言葉を受けて、盤前に正座で固まっていた沖島さんの顔が初めて輝き、うんうん、と柔らかな笑顔でそう頷く。
「あとナヤもごめんね……将棋に勝ちさえすれば、他の全てをないがしろにしても構わないとか、そんな最低なコト思ってたりしたんだぁふぃぃぁああんっ!! ナヤぁ……また……また一緒にお昼食べてくれる……?」
返事をしたら、喋ったら、泣いてしまいそうだった。だから私はもう自分の表層に戻ってきていたけれど、ほむほむを続けたまま、その合間に言葉を挟み込んでいく。
「当たり前でしょ……私はほっとかないよ? 放さないよどっかにも行かないし無視もしないッ!! だって、だってミロカは私の親友なんだから……っ」
ほぼ同時に滴った水の粒が、ほぼ同時に畳に吸い込まれていくのをぼやけた視界の中でなぜかその目で追っていた。
……いろいろあったけど、そのいろいろが何とか折り合いをつけて着地してくれた感じ。私は、泣いているんだかくすぐったがっているんだか分からないミロカのぐしゃぐしゃの顔を左ななめ下に見下ろしながら、思わずもらい泣きしてしまいそうだったから、それをごまかすために、昂った気持ちのまま、ほむほむを続けるのだけれど。
……それがいけなかった。
「ふ、ふみゅぅぅぅッ!? も、もうごめんなさいしたよね? な、ナヤ? も、もう解放、放してくれていいんだよ? 放し……んんんんぅッ!! 何でぇぇぇ!? だめ、もうダメだったら!! もうごめんなさいって
ひときわ大きな声と共に、ミロカの細身の身体が弓なりにしなる……そして、ようやく平穏なる静寂が、この場に訪れたのであった……
「……」
はっと我に返った私は、自分の膝元で白目を剥いて右鼻穴から一筋赤いものを垂らしている
「二次元人」たちとの戦いよりも異次元だったこの阿修羅場をようやく抜けた私は、何とも言えないだろう真顔のまま、ただその場に座り尽くすしかなかったわけで。
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