見え方と真実
キザなRye
前編
目に入る場所すべてが白い世界に包まれていて歩くこともままならないほどの高さである。しかし、遠くにその真っ白な部分を異なる色で染めている部分があった。その色は鮮やかな紅だった。
信濃川が窓から見える位置にある新潟県警察本部で警部である武井通博は外を眺めていた。いつものように水が流れ、日本海を目指しているのを見ることは武井を穏やかな気持ちにさせる。そしてそれを見るのが武井の日課の一つだった。周りの人も彼の日課を知っていてただそっとしておいてくれる。
武井の日課を打ち破ったのは部屋で鳴った電話だった。コールが二回鳴ったあとに武井が取った電話の相手は彼の上司に当たる係長だった。係長からの電話は新発田市で起こった事件の捜査をして欲しいということだった。電話を切った武井はコートを持って事件現場に向かった。
事件が発生した地域は豪雪地で今は一年間の中でも最も降水量が多い。そのため、積もる雪が四、五メートルもの高さになる。人や車の通る道だけが除雪機や融雪剤を使って通ることができるようにされているが道の端には高い塔のような雪が存在する。
事件が発生した場所に武田が到着するとそこには大勢の野次馬や報道関係者がいた。その点に関してはどの事件においても変わるものではないので顔が見えないように少し顔を下に向けて規制線の中に入っていった。
事件の被害者、即ち遺体は避けられた雪の端に仰向けになっていた。遺体は腹を刃物で刺されたようで羽織っている黒いカーディガンさえをも傷口の周辺だけは血の色をしていた。被害者は相当の量の血液を失ったのだろう。また少しお酢のような臭いがした。
武井よりも先に到着していた鑑識は遺体周辺の 遺留物や遺体の死因及び死亡推定時刻を調べていた。状況判断でしかないが遺体は雪を除けた時に雪と一緒に道の端に動いたものと考えられた。遺体が発見された場所のすぐ前の道には表面上血液は付いておらず確実にどうだとは今現在言うことはできない。出血の仕方から直接的な死因に轢死系はあり得ないと判断されたので除けられたのが死因ではないことは既に判明済みである。司法解剖してみないと確実には分からないのだが、失血死・出血によるショック死のどちらかではないかと推測された。また遺留品はこれといってなくて身元の判明に時間を要するものと思われた。
これ以上現場にいても掴めることはないだろうと判断した武井はそこにいた他の刑事や鑑識に任せて警察本部に戻った。
警察本部に戻った武井は遺体を道の端に除けたと思われる時間にその道を通った除雪機を探すべく新発田市に問い合わせた。市の職員によるとその時間にその道を通った除雪機は一機しかなくてその運転をしていたのは早朝の除雪を担当している職員で朝にならば話を聞くことが可能だということが分かった。武井は電話に出た丁寧な職員に感謝を述べて電話を切った。
武井は翌日に早朝の除雪が終わった頃合いを狙ってその担当の職員を訪問した。その職員は武井よりも少し年上くらいでこの冬の時期には毎年除雪機を運転している大ベテランなのである。武井が話を聞くと、
「そこの道は毎年雪同士が互いに寄り添っているような状態で相当なスピードで除雪をしているから雪の上にに人がいたかどうかは分からないのですが、その道のすぐ近くで一人の女性を見たんです。時間帯が時間帯なので人なんて会うことなんて滅多になくしかも一人でそこにいて若そうだったんで印象に残っているんです。暗かったので顔とかは全然見えなかったんですが何か屈んで雪に手を当てていたように見えました。」
と話をしてくれた。人が遺体の発見現場の近くにいたというのは大きくて犯人でなかろうとも何かしら目撃している可能性は高い。武井はこの次に繋がりそうな情報を手にして警察本部にいる係長のもとへと行った。
武田の上司である係長は山崎久斗という名で年が武田と五つ離れており武田が尊敬する先輩の一人である。一方山崎は武田を変わり者だとは思いつつも信頼を置いていて互いに良い関係なのである。
武田から除雪を行う時間帯にいた一人の女性の話を聞いて山崎は
「事件の関与は置いておいて少なくとも我々としては一度話を聞いておきたい人物だな。時間帯が時間帯だから目撃者が本当にほぼいなくて一人いるだけでも大きな進歩だしな。」
と言って武田が除雪を担当している職員から得た情報を細かく聞いて考察を重ねながら今ある情報をまとめた。
武田が山崎に話をしてから少し経って司法解剖の結果が法医学医から電話で伝えられた。その電話で死因が失血死・ショック死という考えられていたものとは違って青酸化合物による窒息死だということが分かった。電話が切れると武田はすぐに山崎のところへこの事を報告しに行った。
「先程法医学医の先生から連絡が入って死因が出血関連のものではなくて青酸化合物による窒息だったことが判明しました。これから直接行ってみます。」武田はそういうとほぼ山崎からの言葉は得ずに法医学医のところへと行った。
法医学医の先生はひらひらした花柄の洋服に白い白衣を羽織っているような格好だった。武田が着いてからすぐに解剖の結果が書かれた紙を持って来て青酸化合物の血中濃度が致死量を越えていて失血したものからも同じ濃度の青酸化合物が検出されたということを説明された。武田はその資料を持って再び新潟県警に戻った。
新潟県警に戻って武田はすぐに山崎のところへと行った。勿論、手には法医学医から貰った資料を手にしていた。武田は法医学医から受けた説明と同じことを話して説明をした。山崎はその話を聞いて凶器を探していたのでやり直しになってしまい再度調べ直さなくてはならないので焦りのような気持ちもあった。それでも青酸化合物の入手方法やどういう経路で体内に入ったのかなど小さいことでも大きな進展に毒物は繋がりやすいので前へ進む希望は大きいのである。
武田は刺殺だと思っていたために毒殺としての見方での捜査をするためにスタートの地である遺体があった現場へと行った。さすがに遺体が発見されてから幾日か経ってしまっているため当時の雪の上にさらに雪が乗ってしまっているのだが再度調べるために必要な情報を収集できなくはなかった。
実際に行ってみると規制線は既に解除されていて雪は10cm程度前回よりも上がっていたが捜査の邪魔になるというほどではなかった。まずはその雪に毒物が含まれていないかを調べるために雪を持ち帰った。雪が融けたということはあり得ないのでその時の雪まで掘って採取することはそれほど難しいことではない。採取した雪は水分が漏れないようなプラスチック製の袋に入れた。次に遺体があったときには気付かなかった遺留品が無いかどうか雪上のみでなく雪中も調べた。遺体があった場所から少し離れた場所で武田は雪の中にキラキラと光る欠片を無数に見つけた。その一つ一つの欠片で尖って素手で持つと怪我をしかねないので一度回収はせず周りにロープを張って立ち入り禁止にした。武田は採取した雪の袋を持って本部に戻った。
本部に戻って最初に武田が向かったのは科捜研である。採取した雪に含まれている成分を調べるためである。本部まで戻るのに採取した雪は半分くらい融けてしまったのだがそれは問題ですらない。どちらかと言えば融けている方が調べるにはもってこいである。武田は科捜研の職員にすべてを任せて次の捜査に向けて動き出した。
次は被害者の身元について調べようというときに山崎から電話が入った。新発田市の事件の犯人は私ですと自首してきた男がいたということだった。その男は新発田警察署に来たというので武田はそこに向かうことにした。
新発田警察署は検察庁や裁判所の近く、まさに同じような種の機関が集まった場所にあった。自首してきたという男は新発田警察署の取調室の一室で取り調べを受けていた。武田はマジックミラーからその男の言動を見ていた。
武田が警察署に着く前までに分かったこととして被害者の女性は須藤貴志子という名で歳は二十四、銀行の営業をしていたことや出頭して来た男は綿貫宜哉で被害者とは大学の同期で被害者とは交際関係があったらしく関係の解消をして欲しいと話をしても全然イエスという回答が得られずイライラしていて事件当日も喧嘩をしてしまってその流れの中で所持していた護身用のナイフで刺してしまったということだった。しかし青酸化合物による毒殺については何も述べることはなく、本人に聞いてもこれといった回答はなく毒物での殺害に関連はないのではないかと考えられるのだ。その状況のみで考えられるのは青酸化合物によって被害者が亡くなったあとに綿貫が刃物で刺したのではないかということだ。それでも他に情報はないので現状では何とも言えない部分が多い。
取調室では綿貫が須藤を刺すまでの経緯について細かく聞いていた。その言動から何か掴めないかということを捜査員たちは思い聞いたのである。綿貫の口から出てきた言葉はこういったものだった。
その日までに既に関係解消について十回を越える回数の話をして来たようで綿貫はそろそろ終わらせたかったようでこれで最後だと事件当日は向かったようでその日はいつもの話よりも厳しく話をして関係を終わらせようとしたようでその事について揉めてしまったようで争った結果須藤が鞄を落としてしまい須藤はそのまま雪に倒れてしまって綿貫が須藤の腕を引っ張って起こし腹部を一突きしてぐたっとしてしまった。
綿貫の話だけだと死因は雪に倒れたときに頭を打ったことか腹部を刺したことしか考えられない。しかし直接的な死因は毒物によるものなのである。その話だけで考えるとやはり綿貫は関係がないと考えざるを得ない。また争っているところで毒物によって亡くなったという事は確実でどういう経路で体内に入ったのか今後調べる必要がある。
綿貫は刺したあとナイフを抜いて自分との関連が発覚しない程度に荷物を持ち帰ったがすべての荷物は持ち帰らずその場に残していったという。ということは毒物で殺害した犯人は綿貫が残していったものの中に不利なものが残っておりすべて持ち帰ったことになる。そこに何があったのかは分からないのだが、それが分かれば何かしら掴めるということになるのだ。
武田は大体の話を聞くと本部の方へ再び戻った。帰ってすぐにピンセットと素材が硬いビニール製の袋を持って遺体発見現場に向かった。勿論、落ちていた欠片を拾いに行くためである。
現場に着くと武田が張ったロープの周りに人が集っていた。武田はそこを掻き分けてロープのところまで入っていき、ピンセットで持参した袋に一つずつ丁寧に拾って入れた。入れる度に欠片同士がぶつかってカランと音が鳴り十何回か音が鳴った頃にはすべての破片を拾い終えていた。その作業を終えると張ったロープを外して何もなかったようにしてその場から姿を消した。
武田が現場で欠片を拾っている頃に殺人に直接的な関係がなく逮捕できないと判断され、綿貫は釈放された。釈放されたときに綿貫の隣には一人の女性がいた。
武田は本部に帰ると手に持っていた袋と共に科捜研を訪れた。手にしている破片を調べてもらうためである。ドアから中に入ると一人の職員が武田の方へと近付いて来た。その職員は先程武田が雪に含まれる成分を調べて欲しいと頼んだ人だった。彼はこちらへと机の方へ案内して座るように勧めた。武田が椅子に腰かけると目の前にあるモニターのスイッチを入れてさらに紙を差し出した。
「では依頼されていた雪の成分についての調査が終わったので結果について軽く説明させていただきます。細かいことはお手元の資料を見ていただければ分かると思いますので後でゆっくりとご覧になってください。」
武田は軽く手元にある資料に目を通して結果がしっかりと出ているなと安堵した。そして前にあるモニターに視線を移した。
「含まれていた物質の中で一番多かったのは勿論水なんですが、土に含まれていたであろうリンなどの成分の他にカリウムイオン、シアン化物イオン、酢酸、酢酸カリウムが含まれていました。」
モニターには何がどのくらい含まれていたのかそれぞれの物質名の隣にパーセントが記されていた。それに基づくとカリウムイオンとシアン化物イオンが同じ割合含まれていた。
「それ以外にも微量に含まれていた物質もあってそれらがムンキツ社の米酢と同じ成分であることが分かりました。」
酢の中には四から五パーセントの酢酸が含まれていて米酢が含まれていたことを裏付けるようなものである。またカリウムイオンとシアン化物イオンでシアン化カリウム、所謂青酸カリが出来るのである。つまり毒物が雪中に含まれていたことが判明したのだ。
「一つ質問なのですが、雪中に含まれていたシアン化カリウムで人が死にまで至るということはあり得るのでしょうか。」
「可能性としてあり得なくはないですね。青酸化合物というのは胃内の胃酸と反応することによって毒性のガスが発生して死に至るものなんです。胃酸はpH1~2、雪中に含まれていた酢酸はpH2~3と少しだけ酸が弱いのですが十分有毒なガスを出せはします。」
つまり、雪中にもともと青酸カリが含まれていてそこに酢酸が混ざれば毒性のガスが発生して亡くなるということはあるのだ。綿貫が須藤は鞄と共に倒れたと言っており、その時にガスを吸っていたならば毒殺ということに至るのだ。
武田は他にも幾つかの質問を聞いて情報収集をした。聞きたいことをすべて聞き終え、納得したあとに拾ってきた破片の鑑定を依頼して科捜研をあとにして山崎のもとへと急いだ。
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