ラブ米書いてみた~セカンドシーズン~
「あ、雪華(ゆきか)ちゃん」
教室でマンガを読んでいた高校三年生の上条狼路(かみじょう ろうじ)は、友人の襟首を掴んで引きずってきた後輩の二年生、姫月雪華(ひめづき ゆきか)に気づいて顔を上げた。
「おはようございます、上条先輩」
「おっす、狼路」
三年の教室は三階にある上、それなりの背丈をもつ友人、下田狗郎(しもだ くろう)を引きずってきたというのに、雪華は汗もかいていない。涼しい無表情で挨拶した。狗郎も襟首を掴まれ床に座ったまま狼路に向かって手を挙げた。
「おはよう、雪華ちゃん、狗郎。どうしたの、雪華ちゃん。三年の教室にわざわざ来るなんて、珍しいね」
この高校では、学年ごとに教室のある階が違う。一年の教室は一階、二年の教室は二階にあるので、普段学年の違う生徒が会うことはあまりない。もちろん出入りが禁止されているわけではないので、行こうと思えば行けるが、やはり気が引けるというか、遠慮しちゃうっていうか、ねえ……みたいなことになるので、教室に違う学年の生徒が来ることは滅多にない。
加えて、雪華は男嫌いで有名な生徒である。しかし、狼路の目から見ても、雪華は無表情ではあるがかなりの美形で、こうして三年の教室に入ってきた途端に、周りで男子生徒がざわざわ騒ぎ始めている。雪華はそれを鬱陶しがって自分の教室からあまり出たがらないという。なんだか、もったいない話である。
「上条先輩に、下田先輩をお届けにあがりました。なんだかよくわからないことを登校中にゴチャゴチャ言って動こうとしないので力づくで連れて来た次第です」
「そっか、お疲れさん」
狼路はにこにこ笑いながら雪華をねぎらった。
「ロージー、聞いてくれよ! 雪華が授業頑張ってねのキッスしてくれないんだよ!」
「ほら、なんだかよくわからないでしょう?」
雪華が床に座ったままの狗郎の腹を思いっきり蹴飛ばして言った。
「死ヌッ」
狗郎が断末魔を吐いた。
「うん、なんだかよくわからないね」
狼路は微笑みながらそう返した。
「げほっ、げほウエッ……なんでだよ! わかれよ! 聞いたまんまだろうが! 彼女が彼氏にキスするのは当然のことだろうが!」
「誰がいつアンタの彼女になりましたか。友達から始めようと先に言ったのは誰でしたっけアンタですよ。自分の言ったことに責任をもって下さい」
雪華は狗郎を見下ろしながら吐き捨てるように言い切った。そして、狼路のほうを見る。
「上条先輩、この人の取扱説明書持ってませんか。よかったらコピーさせてほしいんですけど」
「あー、ごめんね、俺は持ってないなあ。っていうか、俺もほしいよソレ。どっかに売ってないかな」
「俺はゲームソフトか何かか!? 狼路もあることを前提に話してんじゃねええええ!」
狗郎が叫んだ。
***
前回までのあらすじ。
去年の秋、下田狗郎は姫月雪華に告白した。
しかし、雪華の答えは「勘弁して下さい」だった。狗郎の頑張りの結果、なんとか下僕は免れて友達にしてもらった。だが狗郎は彼女ができたと思い込むことにした。
そして、現在。
友達から、全く進展なし。
***
「ロージー……雪華がいなくて寂しいよう……」
「まあ、学年違うからな」
ちなみに現在授業中。この時間が終われば昼休み。
「畜生……彼女いないからって他人事みたいに……」俺、狗郎は声をひそめて言った。
「俺は恋愛より受験に集中したいんだよ。っていうかお前ら、付き合ってはいないんだろ?」
狼路もひそひそ声で応対する。
「今世紀最高のカップルに何言ってんだお前は? 太陽系から追放してやろうか」
「じゃあ聞くけど、お前らどこまで進んでんの? キスは?」
「今朝未遂」
「拒否されたんだろうが。ゼロ回な。手はつないだ?」
「う……これから」
「はい、ゼロ回と」
「で、でも抱きつかれたことはあるぞ」
「手つなぎをすっ飛ばしてか? 雪華ちゃんがそんなことするのか?」
「嘘じゃねーよ!」
「何が嘘じゃねーんだ?」
男性教師が言った。思わず声が大きくなってしまったらしい。狼路が、ばーか、という目で俺を見た。
「随分楽しそうだな。ん? 何が嘘じゃないんだ?」
「い、いや、あの、……え、えへっ☆」
「可愛くねーぞ」
男性教師は心底ウザそうに言った。
運がいいことに、チャイムが鳴って、それ以上の追及は免れた。
昼休み。
俺は二年の教室に一応向かってみたが、前来た時と同じく、雪華はいなかった。どこにいるんだ、あいつ。
学校中をさまよってみる。
食堂にも中庭にもいない。
あ、そうだ、ケータイ…………
…………雪華の番号知らない。
彼氏が彼女の番号を知らないのはおかしい。今度会ったら聞いておかないと。
あ、そうだ、屋上。
こんな天気のいい日だ、きっとあいつ、ひなたぼっこしながら弁当を食ってるに違いない。
待ってろ、今行くぞ☆
俺は、屋上への階段を上った。
屋上に出ると、誰かの話し声が聞こえる。
黒いストレートの長髪の女と、艶のある黒い短髪の雪華がいた。
長髪の女は和服の似合いそうな、雪華と日本情緒的な雰囲気が似ている美人だ。確か、学校内でも一、二位を争う男子人気の……名前なんだっけ。
「……下田狗郎先輩と付き合ってるって本当なの? 雪華……」
「夜貴子(よきこ)、誰から聞いたんだ、そんな話……」
「みんな知ってるわよ。あの男が学校中に自慢して回ってるから」
「っ……あの、ド阿呆が……。付き合ってはいない。ただの友達だ」
「友達? 男が……友達? 雪華……どうして? 中学の時、男は女の敵だって、十分思い知ったでしょう?」
「夜貴子……?」
「男は、女の下僕よ。友達など、論外。男なんかに、雪華は渡さない……」
……
……えー……?
何、この危ない会話。
「あの~……雪華?」
「あ、先輩」
雪華に声をかけると、雪華が気づいた。
長髪の女も、こちらを睨む。
「下田……狗郎……」
「あの……一緒に弁当……無理、ですよ、ね」
「天誅!!」
長髪の女が持っていた箸を投げつけた。
「ギャ――ッ!!」
箸が俺の顔をかすめて壁に刺さる。
何この人やばい!
「こらっ、夜貴子! 壁に穴開けちゃダメだろ」
雪華が夜貴子とかいう女をたしなめる。
「やだ、私ったら……穴が開くなんて……」
「俺の心配をしろ! もう少しで俺に穴が開くところだよ!」
「貴方なんか、どうなっても構わないわよ」
夜貴子が言い捨てた。
「よくも、私の雪華をたぶらかしたわね! 下田狗郎……赦さない……!」
「雪華、通訳してくれ。この子、多分日本語をよく知らないだけだろ? 帰国子女なんだよな?」
「通訳しますと、『よくも、私の雪華をたぶらかしたわね! 下田狗郎……赦さない……!』になりますけど」雪華は相変わらずの無表情で言った。
「そのまんま言ってるだけじゃねーか!」
「すいません、私、女の子にもてるもので」
と、雪華は自分で言った。「ちなみにこの子は中学からの友人で、御門夜貴子(みかど よきこ)と言います」
「敵に名乗る必要はないわ、雪華」
夜貴子は雪華を守るようにしながら、俺を睨みつける。
「敵、って……雪華、この子……」
「ええ、私と同じ、いや、それ以上の男嫌いです」
「雪華を呼び捨てしないで。呼び捨てていいのは私だけよ!」
「男嫌いとかそれ以前に何かアブノーマルな感じがするんだが……」
なんか、この夜貴子って子と雪華を一緒にしてはいけない気がする。美人なのに俺でもひくな、夜貴子ちゃん。
「夜貴子、落ち着け。友達になると最終的に決めたのは私だ。こんなアホ面した男ふぜいに、この私がたぶらかされるわけないだろう?」
「失礼にもホドがあると思うんだけど!」
あれ? 俺、なんか泣きそう。
「それもそうだけど……」
夜貴子が納得しているようだ。激しく無念。
「下田狗郎……これだけは言っておくわ。納得いかないけど、何故か雪華と貴方はお友達。あくまでお友達」
何回も言わないで。くじけそう……。
「もし友達の範囲を超えた行動をしたら……『この世には女以外いらないと思わないか同盟』の会長として、貴方を粛清するわ!」
「何その反社会的同盟!?」
「略して『男死ね同盟』です」
雪華が補足説明した。
「略って言えるのソレ!?」
「とりあえず、立ち話していても仕方ないので、さっさとお昼食べませんか?」
言いながら、既に雪華は弁当を広げ始めている。絶対こいつ、自分が腹減ってるだけだ。
「男と一緒に昼ごはん? 変な病気うつされそう。狂犬病とか」夜貴子が顔をしかめた。
「犬扱い!?」
「それもそうだな。じゃあ、先輩帰って下さい」
「チクショー! あんまりだ!」
結局その日の昼は、狼路と食べた。
***
放課後。
雪華の所属している二年の教室。
珍しく雪華がいた。机に座って宿題をしている。
「雪華~」
後ろから抱きついた。
雪華は動じることなく黙って宿題をしている。
「雪華、遊ぼうぜ~」
「見てわかりませんか。今、宿題をしているんですが」
雪華はこっちも向かずに書き続けている。
「そんなの後でやればいいじゃん。イチャイチャして遊ぼうよ」
「それこそ後にしてください」
「やだ! 今がいい! いーま! いーま!」
「……」
雪華は黙って書き続ける。
「なあ、雪華~」
やがて、雪華の手が止まった。
「……今、誰もいませんよね」
ん? これは、まさかの……?
「うん! 誰もいないぞ、この教室」
俺は雪華に巻きつけた腕を放した。
「そうですか。じゃあ……」
雪華は筆記道具を置いて、俺の方を向く。
「下田先輩……」
雪華が、じっと俺の目を見る。誘いをかけたのが俺自身とはいえ、妙に緊張する。
――で、
なんで俺の胸ぐらを掴んでいるんだろう。
「――いい加減にしろ!!」
なんとも形容しがたい音がして、俺は雪華に殴り飛ばされた。俺は顔を殴られたのに、何故かくの字になって教室の壁にぶち当たる。
「ギャインッ! ううう……デレかと思いきや、まさかのツンかよ……」
「何をわけのわからないことをほざいているんですか。まったく鬱陶しい……」
「仮にも先輩に向かって鬱陶しいとか言うな! こっちは受験のストレスで豆腐のハートになってるんだよ!」
俺は立ち上がって恨めしく言った。
「そのハート、醤油と混ぜてグチャグチャに潰してやろうか。だいたい先輩にストレスがたまっているようには見えませんが」
「うるせー! こっちはお前がデレてくれなくてやきもきしながら待っているというのに!」
「だから、その『でれ』って何ですか」
雪華が不審な目で俺を見る。
「え……」
嘘……デレを知らない? だからデレないのか。これは……
教育のチャンスだ。
雪華にデレの仕方を教えて実践させてそのままイチャイチャへ持ち込みグフフフフフフフフフフ
「ジャスティス!」
妙な掛け声とともに、俺は頭に飛び蹴りをくらった。
「あ、夜貴子」
「危ないところだったわ……大丈夫? 雪華」
「いや、まだ何もされてないが……というか、阻止したが」
「油断しちゃダメよ。あの男、顔のニヤケようが半端なかったわ」
否定できないのがツライところ。
「夜貴子、用事は済んだか?」
教室の入り口から、ヒョイと狼路が顔を出した。
「あ、狼路?」
俺は頭を押さえながら名を呼んだ。
「よう、狗郎」
「あら、狼路、下田狗郎と知り合いなのね」
夜貴子が言った。
「おい、夜貴子。先輩なんだから一応先輩って呼んであげなさい」
「一応って何だ! なんだよ、男嫌いって、彼氏いるんじゃねえか! 狼路も、彼女いるなんて俺には一言も――」
「だっ、誰が彼氏……っ!」
夜貴子は顔を赤らめて反論しかける。
「ああ、違う違う」
一方、狼路は普通に否定した。
「俺たち、近所に住んでて幼馴染なんだわ。今も方向同じだから一緒に帰ってんだけど。お前らも今帰るとこ? 校門まで一緒に行こうぜ」
というわけで、無表情の雪華にちょっかいをかける俺に喧嘩を仕掛ける夜貴子を狼路がなだめながら、校舎を出て校門へ向かった。
雪華が何かに気づいて校門を見た。俺も見る。
学ランの男とうちの学校の制服を着た男が立って話をしているようだ。うちの学校の生徒らしい男――というより少年に近い――は怯えている様子で学ランを見ている。……あの学ランの男、どこかで見たような……。
「あ、雪華だ」
学ランが雪華に気づいて手を挙げた。
「……小村猿彦(こむら さるひこ)……!」
夜貴子が驚いた顔をした。――ああ、そうか。雪華と夜貴子とこの学ランは、同じ中学だったか。
猿彦は、中学時代、雪華と付き合っていた、要するに元彼だ。なんか、すぐ別れたらしいけど。
「……またてめえか……一度半殺しにされて懲りたんじゃなかったのか?」
雪華が苦い顔で学ランを見た。
「いや~、そのはずなんだけど、高校が別になった途端、妙に気になっちゃってさ。やっぱやり直さねえ?」
「お断りだ。その子に何してる」
雪華は猿彦を睨みつけた。大きな丸い眼鏡の少年は怯えて震えている。
「いんや、何もしてねえよ? ちょっと雪華を呼んでもらおうかと思ってたから、手間が省けたわ。ありがとな、ボーズ。ほら、行っていいぞ」
とん、と肩を押されて、少年は前のめりによろけながら俺たちの方へ来た。雪華が受け止める。
「君、大丈夫か」雪華が少年に言った。
「は、はひ……」少年は緊張気味に言った。
「小村猿彦、こっち来なさい」
夜貴子が猿彦の学ランの襟をつかんだ。
「おう、夜貴子。相変わらず可愛いな~。お前でもいいや、付き合って」
「死にたいようね」
夜貴子は猿彦を引きずって道の角を曲がった。
直後、男の悲鳴と嫌な音がしばらく続いた。
「あのっ、ありがとうございました」
少年は雪華にぺこぺこ頭を下げた。体より少し大きめの制服と初々しい仕草で、一年生と分かる。
「…………」雪華はじっと少年を見ている。
俺は、この男、女みたいな顔してるな、と、ふと思った。
「……君、一年生だね。名前は?」
雪華は静かに尋ねた。
「な、中島猫春(なかじま ねこはる)、です」
「猫春君か。覚えておこう。明日、お詫びに教室にうかがわせてもらうよ」
「え、っと、先輩は……」
「私は姫月雪華だ」
「あ……あの、二年生の先輩ですよね」
「私を知ってるのか?」
「美人って有名な……あの、女の子が言ってて……」
「雪華、終わったわよ」
夜貴子が歩いてきた。
「ああ、それじゃ帰るか。――つまらないことに巻き込んですまなかったね。気をつけて帰りなさい」
雪華はすっ、と先を歩いた。俺が横に並び、夜貴子と狼路が後からついて歩く。
「……下田先輩」
「ん? どうした、雪華」
「今の男の子、可愛い顔してましたね」
「!?」
変なフラグたった!?
一方、雪華一行を見送った猫春は、
「雪華、先輩……」
と、一人つぶやいたのだった。
〈続くのだろうか〉
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