第61話『ミスコンに出ませんか?』
午前9時。
快晴の下で、海野さんちの海の家は本日も営業がスタートした。
今日は水曜日だけれど、夏休みだからかあまり関係ないようだ。開店直後から多くのお客さんが来店したり、持ち帰りでメニューを注文したりしてくる。なので、さっそく料理やスイーツ作りで忙しい。1時間半でもぐっすりと眠ることができて良かったと思う。
「注文入りましたぁ! お持ち帰りで、フランクフルト2本とビール2つです!」
「分かった、健太」
「健太君ったら今日も朝から張り切っているね」
「ああ。12歳になったからな!」
「ふふっ、何それ」
健太と璃子、もうすっかり仲直りできたみたいだな。張り切りすぎて、昨日みたいなトラブルが起きなければいいけれど。
「健太、1番テーブルのチャーハンとイカ焼きができたから運んでくれ」
「了解っす!」
健太にチャーハンとイカ焼きを渡し、俺は彼から注文を受けたフランクフルトを用意することに。
「夏実ちゃん、相談したいことがあるんだけど。今は大丈夫かい?」
気付けば、目の前にはアロハシャツを着た色黒のおじさんが立っていた。今の言い方からして、他の海の家の店長さんかな。
「ええ、大丈夫ですよ。……紗衣ちゃん! ちょっとの間、お店を離れるからキッチンの方をお願いできるかな?」
「分かりました!」
「ありがとう! 神楽君、言ってくるわね。ビール2つ注ぎ終わったから」
「分かりました。いってらっしゃい」
俺がそう言うと、夏実さんは俺の肩をポンポンと叩いて、色黒アロハおっさんと一緒にお店の外へと出て行った。
夏実さんがキッチンを離れた直後に紗衣がキッチンへとやってくる。
「夏実さん、何かあったのかな」
「色黒のアロハおっさんが相談したいことがあるって言っていたな。……よし、フランクフルトもできた。……麗奈先輩、持ち帰りでフランクフルトとビールが用意できたのでお願いします」
「分かったよ、はやちゃん」
近くにいた麗奈先輩にフランクフルトとビールを渡す。
「10番テーブルから注文入りました! 焼きそば1つにカレーうどん1つです!」
「了解、咲夜。私がカレーうどんを作るから、颯人は焼きそばを作って」
「ああ、分かった」
俺は紗衣の横で焼きそばの具材を切っていく。一昨日から何食分の焼きそばを作っただろうか。人気メニューの一つだなと思う。
そんなことを考えていると、左腕に何か触れているのが分かった。そっちを見てみると、紗衣がすぐ近くに立っていた。
「どうしたんだ、そんなに近くに立って」
「……せっかく、颯人と一緒にキッチンに立っているから。できるだけ側にいたいと思って。咲夜も告白したし」
そう言うと、俺の包丁の手が止まっているからなのか、紗衣はちょっと寄り掛かるような感じに。そのことで紗衣の匂いがほんのりと香ってきた。ここ最近、特に告白されてからは可愛いなと思えることがとても多くなったと思う。
ちらっとフロアの方を見ると、咲夜も麗奈先輩はもちろんのこと、璃子までもが羨ましそうな様子でこちらを見ていた。
「ふふっ、私も料理の腕を認めてもらえて良かった」
「……そうかい。ほら、うどんがもうすぐ茹で上がりそうだぞ。俺も焼きそばを作っているところだからさ」
「そうだね」
紗衣は俺から離れてカレーうどんを作っていく。楽しそうにしている彼女の横顔はとても美しくて、見惚れてしまいそうだ。
って、いかんいかん。今は焼きそば作りの最中で、材料を切っている途中だったんだ。紗衣に気を取られていたらケガをしてしまう。
「よし、カレーうどん出来上がり。焼きそばの方はどう?」
「あとは炒めるだけだ。あと少しでできるが、うどんが伸びちゃうから先に運んでもらって」
「分かった。……あっ、璃子ちゃん。10番テーブルにカレーうどんを持っていって。焼きそばはもうすぐできることも伝えてくれるかな」
「分かりました!」
「よろしくー」
俺は紗衣と入れ替わるようにしてコンロの前に立ち、焼きそばを炒め始める。その間、注文が入ってこないからか、紗衣は俺の側に立って俺のことをじっと見ている。
「料理をしている颯人、かっこいいな」
「そうかい。……よし、焼きそば完成。注文入っていないみたいだし、紗衣、10番テーブルに持っていってくれ」
「うん!」
焼きそばをよそったお皿を渡すと、紗衣は元気な様子でキッチンを後にする。あんなに元気だと咲夜っぽく見えるな。
ちょっと落ち着いた店内の様子を見ていると、夏実さんがお店に戻ってきた。
「あれ、紗衣ちゃんは?」
「ついさっき出来上がった焼きそばを運んでもらっています。夏実さん、おかえりなさい。何かあったんですか?」
「女子高生3人に関わることでね。今、お店の中は落ち着いているし、神楽君や璃子や健太君がいれば話しても大丈夫か。紗衣ちゃん、咲夜ちゃん、麗奈ちゃん。ちょっとこっちに来て。話したいことがあるから」
夏実さんが手招きすると、紗衣、咲夜、麗奈先輩はすぐに彼女のところにやってくる。いったい、3人に何を話すんだろう? あの色黒おっさんが絡んでいそうだし、俺も皿洗いでもしながら話を聞いておくか。
「どうかしましたか? あたし達3人を呼んで」
「お店にいないときもありましたが、それに何か関係あるのですか?」
「その通りだよ、麗奈ちゃん。みんな見ていたかもしれないけど、さっきの色黒の方は池津の観光協会の役員の方で。彼から、30分くらい後に開催されるミスコンに、あなた達3人に参加してくれないか交渉してって頼まれてね。3人のことは一昨日や昨日の働きぶりもあって、他の海の家にも知られているの。可愛くて若い女性店員さんが来たって。毎年、この時期にミスコンをやっているんだけど、今年は参加者が少なくて。高校生以上なら出場できるし」
ミスコンか。そんなイベント、フィクションの世界か、実際にも大学の学園祭くらいにしか存在しないと思っていた。そもそも、ミスコンなので俺には縁のないイベントだが。ただ、3人とも可愛いし、出場したらいいところまでいきそうな気がする。
あと、3人が可愛らしい店員として知られているなら、俺のことはどのようにして広まっているのだろう。気になるけど、考えるのは止めておこう。
「ミスコンで上位になったら豪華な景品も出るし。お店の宣伝もしてくれたら、バイト代を弾んじゃうよ!」
「バイト代が上がって賞品ももらえるかもしれないんですか! あたし、出ます!」
「私も出てみたいです!」
「私も出ていいですけど、私達がいない間は海の家の方はどうするんですか?」
さすがは紗衣。海の家のことも考えているな。短時間でも3人が一斉に抜けたら、海の家の方はかなり忙しくなりそうだ。
「そこは大丈夫。短い時間だから、うちの宿の従業員に入ってもらうから。3人はミスコンに出て池津海岸を盛り上げてほしいな」
「分かりました。では、私も出場します」
「よし、決まりだね」
夏実さん、とても嬉しそうだな。
「あと、海岸でのミスコンだから、審査の一つに水着審査もあるの。3人って水着は持ってきてる? 持っていないなら、私が知り合いの海の家を紹介するよ」
「あたし達、持ってきてます。甘粕さんからこのバイトの話を聞いた後に水着を買いましたから!」
「ははっ、そっか。じゃあ、ミスコン開始まであと30分ぐらいだから、3人は今すぐに宿に戻って水着に着替えてきて。会場には私が連れて行くから、着替えたらここに戻ってきてね」
『はーい!』
3人は元気よく返事をして、海の家を後にした。まさか、彼女達がミスコンに参加することになるとは。
「夏実ちゃん、どうだった?」
「3人も出場してくれることになりました」
「そうか! それは良かった。俺の方も海水浴客に声をかけて、20代の女性2人組に参加してもらうことになったよ! これで10人だな」
ということは、元々はミスコンの参加者は5人しかいなかったのか。個人的にはそのくらいでもいいと思うけど、参加者が多い方がミスコンも盛り上がりそうか。
「ミスコンですかぁ。盛り上がる年はとても盛り上がりますね」
そう言って、璃子ちゃんが汚れた食器やコップを持ってきた。
「屋外でやりますから天候とかも左右して。あと、海水浴に来ていても、みんなに注目される中での水着姿を披露するのは恥ずかしいからと出場しない方も多くて」
「なるほど。そういう理由があって、盛り上がりに波があるってことか」
「ええ。でも、3人が出場してくれるなら、今年のミスコンは盛り上がりそうです!」
「3人とも可愛いからな」
ミスコンが盛り上がるのもそうだけど、3人にとって夏休みのいい思い出になればいいなと思う。
あと、ミスコンに出場したことで変な人に言い寄られそうな気がするけれど、そのときは俺がしっかりと守らないと。
「あたしも高校生になったら、ミスコンに参加するのかな。特に今年みたいに参加者が少ないってときには」
「夏実さんに頼まれそうだな」
「そのときはオ……オレが応援してやるからな!」
気付けば、健太がキッチンの近くまで来ていた。高校生になった璃子の水着姿でも想像しているのか、両頬が真っ赤だ。
璃子も可愛らしいし、ミスコンに出たら上位に入りそうだな。あと、璃子の場合はこの海の家の宣伝を上手にやってのけそうだ。
「はいはい、今は気持ちを受け取っておくね。それで、どうかしたの? ここに来て」
「……あっ、そうだった。3番テーブルにチャーハンと冷麺をお願いします!」
「分かった、健太」
俺は皿洗いを中断して、健太から注文を受けた料理を作り始める。
水着姿にもなるし、ミスコンでの3人の様子も見てみたいけれど、俺はバイトの方を頑張ることにしよう。
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