第50話『意外な来客』
お昼ご飯の焼きそばを食べ終わって、俺達はいよいよバイト先である『海野さんちの海の家』へと向かうことに。
海野家を出て、道路を一本挟んだ先に、池津市で最も大きな池津海岸がある。海岸に行くと多くの人で賑わっている。家族連れ、学生のグループなど様々だ。
「きゃっ!」
すれ違った水着姿の若い女性に恐がられてしまった。俺、どこでも恐がられるんだな。思わずため息が出てしまう。本当に料理担当になることができて良かったと思う。あと、サングラスをかけてくれば良かったかな。
道路側に海の家が何店舗もあり、その中に『海野さんちの海の家』がある。白を基調とした落ち着いた外観が特徴的だ。
お昼過ぎだけれど、店内にはお客さんがそれなりにいるな。
これまでお店の仕事をしていた旅館のスタッフやアルバイトの方に挨拶をして、俺達は仕事のやり方を教えてもらったり、引き継ぎを行なったりした。
そして、俺達はそれぞれの仕事を始めた。接客は咲夜、紗衣、麗奈先輩。キッチンは俺と夏実さん。璃子は接客や食器を運んだり、洗ったりするなど、みんなのお手伝いだ。
「注文入りました! ラーメン1つにやきそば1つです!」
「分かった、咲夜」
「続いて注文入りました。カレーライス1つにいちごのかき氷1つ、コーラ1つです」
「了解、紗衣ちゃん。かき氷とコーラは私がやるから、神楽君はカレーライスをよそって」
「分かりました」
「注文です! 冷やし中華2つ、唐揚げ1皿、ビール2つ入りました! ビールはすぐに呑みたいとのことです!」
「了解です、麗奈先輩」
「じゃあ、生ビールと唐揚げは私がやっちゃうね」
「お願いします」
お昼時が過ぎたにも関わらず、人気のお店なのかお客様がたくさん入ってくるな。料理の手が止まらない。
ただ、こんなにもたくさん料理を作ることができるなんて幸せだ。料理を美味しいと言ってくれるお客様の姿を見ると嬉しくなる。
「璃子ちゃん。食器を持ってきたよ」
「そこに置いておいてくださいね、麗奈さん。お客さんが多いからか洗う食器も多いな」
「この時期の宿命よ、璃子。お駄賃弾むから頑張って」
「……よし!」
璃子、お駄賃という言葉にやる気が出たようだな。かわいい。ただ、いつも以上に頑張ったら、その分、お金を多くもらうことができるのはいいことだと思う。
「神楽君、キッチンの仕事をきちんとこなしているね。料理の手つきもいいし、たくさん注文が来ても慌てずに対応しているし」
「ありがとうございます。料理は好きですし、休日には家族の食事やスイーツを作ることもありますからね。それで何とかなっているのかなって思います」
「ははっ、そっか。紗衣ちゃん達もよく働いているし、春奈はいい子達を見つけたと思うよ。これからも期待しているよ」
「ありがとうございます。頑張ります」
「うん! 若いっていいね!」
あははっ、と夏実さんは爽やかな笑みを浮かべている。
誰かに期待されることって嬉しいものだな。今日出会った人だからこそ、強く思えるのかもしれない。その期待に応えることができるように頑張らなければ。
「いらっしゃいませ……って、えええっ!」
咲夜のそんな声が聞こえたのでキッチンを出ると、そこには桃色のビキニ姿に上着を羽織った深津先生がいた。そんな深津先生と一緒にいる女性の方は、
「あっ、緒花先生じゃないですか。こんにちは」
「こんにちは、天野さん」
そう、紗衣のクラスの担任教師である
ロングヘアの黒髪と凜々しい雰囲気の顔立ち、紗衣と同じくらいに長身であるのが特徴的。学校ではとても真面目で厳しい面もあるけど、授業はとても分かりやすかった。紗衣に似てクールな部分もある。最初から俺のことを恐がる様子はなかったな。そんな浅河先生は黒色のパレオ付きのビキニを着ていた。深津先生ほどではないけど、浅河先生もなかなか大きなものを2つ持ってらっしゃる。
浅河先生は俺達のことを見ると普段よりも柔らかな表情を見せて、口角を上げ、
「神楽君達もこんにちは。みなさんで海の家のバイトですか」
「ええ、そうです。私のバイト先の店長のお姉さんがこの海の家を運営していて。それをきっかけに、今日から水曜日までバイトをしているんです」
「そうなのね。あっ、麗奈ちゃんもいる。そういえば、先週の金曜日に学校で会ったとき、神楽君と一緒にバイトをするって言っていたな。なるほど、こういうことだったのね」
先週の金曜日……ああ、その日に生徒会の会議があるって麗奈先輩が言っていたな。そのときに深津先生に話したのか。
それにしても、意外な人が来るんだな。まさか、夕立駅から電車を乗り継いで3時間以上かかる池津で出会うとは。だからなのか、咲夜も紗衣も麗奈先輩も楽しげな様子だった。
「菜々先生と緒花先生はご旅行ですか?」
「そうよ、咲夜ちゃん。夏季休暇を取ってね。緒花ちゃんが同じ日にお休みを取っていたのは前から分かっていたから、池津へ旅行に行こうって決めていたの。今日から2泊3日でね。ふふっ、より楽しい旅行になりそうね」
「そうですね、菜々さん。今日は海で遊んで、明日は観光に出かける予定です。ちなみに、私達は海野家という旅館に泊まります」
「へえ、そうなんですね! あたし達はスタッフ用の部屋なんですが、海野家に泊まることになっています!」
深津先生と浅河先生も海野家に滞在することが分かったからか、咲夜のテンションは更に上がる。
海野家は今日からお世話になる宿なので、そこに泊まってくれることを知ると嬉しい気持ちになるな。
「今日から2泊3日、うちの旅館をご利用くださるということでありがとうございます。私、当店の店長であり、海野家の仲居をしております海野と申します。話を聞いていましたが、神楽君達とは学校の先生、生徒という関係なのですね。池津にようこそ。咲夜ちゃん、積もる話はあると思うけれど、今はお仕事中。こちらのお客様を席に案内しようね」
「そうですね、申し訳ないです。2名様、お席までご案内します!」
「はーい。神楽君達も頑張ってね」
「ありがとうございます」
俺はキッチンに戻って、夏実さんと一緒に料理やスイーツを作っていく。
ちなみに、深津先生と浅河先生からは、冷やし中華と焼きそばの注文を受けた。咲夜がそれを楽しげな様子で伝えてくれた。とても美味しく作っていかないとな。
「先生達にはより美味しく作らないとね」
「ですね」
「あの茶髪の先生は家庭科の先生っぽい感じがするけれど」
「雰囲気はそんな感じがしますよね。深津先生は英語教師で、俺と咲夜のいるクラス担任です。とても分かりやすく教えてくれるんですよ」
「そっかぁ。中学や高校でそういう先生に出会えていたら、ちょっとは英語が好きになっていたのかな」
「教えてくれる先生の存在って大きいですよね」
楽しそうに教えてくれる先生だと、自然と授業の内容も頭に入ってきて。家でも勉強する気になる。
俺も1学期の期末試験で咲夜や紗衣に勉強を教えたけれど、彼女達にいい影響を与えることができただろうか。そんなことをちょっと考えながら、俺は先生方が注文した冷やし中華と焼きそばを作った。
「咲夜、先生達が頼んだ冷やし中華と焼きそば出来上がったぞ」
「了解です!」
咲夜は冷やし中華と焼きそばを持って、深津先生と浅河先生のいるテーブルへと持っていく。深津先生が焼きそばで、浅河先生が冷やし中華を頼んだのか。
深津先生と浅河先生はさっそく注文したメニューを食べ始める。今までの中で一番緊張するな。
「うん、焼きそば美味しい!」
「冷やし中華もとても美味しいです。神楽君、かなりの腕前でしょうね」
「きっとそうね」
深津先生は可愛らしい笑顔を浮かべながら、俺の方を向いてウインクをしてきた。そんな先生を見習ってか、浅河先生も俺にウインクをしてくれた。そのことに嬉しさと覚えると同時に安心感を覚えるのであった。
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