第44話『昔のようにベッドでね。』
俺はたまに紗衣の古典の課題のサポートをしながら、数学Ⅰの課題を進めていく。量は多いけれど、計算問題が中心で難しくはないので、この調子でいけば今日中に終わらせることができ……るのだろうか。
そう考えるのも、やっぱり紗衣という女性が、俺のすぐ側で古典の課題を取り組んでいるからだ。分からないところを教えると「ありがとう」と笑顔で言うだけのときもあれば、2人きりだからか頬にキスしてくるときもあって。そのせいか、どうも時間が経つに連れて課題に集中できなくなり、紗衣のことが気になってしまう。
紗衣のことを見ると……課題に集中しているのか真剣な様子だ。
それにしても、髪を下ろしていると小さい頃のことを思い出すな。当たり前だが、そのときに比べると随分と色気が増した。ノースリーブで胸元も少し空いているからその印象が強くなって。それなりに大きいよな。麗奈先輩には負けるだろうが、咲夜といい勝負……なのかな。
……って、何を考えているんだ。今は数学の課題に集中しなければ。
「あっ、颯人。今書いた答え、間違えていると思うよ」
「えっ?」
見てみると……あぁ、確かに間違えているな。そこまで難しくない問題なのに。
「ありがとう、紗衣。助かった。さすがは理系科目が得意なだけあるな。もしかして、数学Ⅰの課題はもう終わったのか?」
「ううん、まだ手を付けてないよ。ただ、私も颯人のことをチラチラと見ていたから。颯人の解いている問題が何なのか分かって」
「そ、そうだったのか」
随分と可愛い理由で分かったんだな。
「私もってことは、俺が紗衣のことをチラチラと見ていたことに気付いていたのか」
「こんなに近くにいたら視線も分かるし、麦茶を飲んだり、消しゴムで消しているわけじゃないのに、シャーペンの動きが止まっている時間が何度もあったから。もちろん、私がチラチラと見ていたからっていうのもあるけれど」
「そうか。すまないな、チラチラ見ちまって」
「ううん、いいんだよ。むしろ、嬉しいくらい。好きな人が私のことを気にかけてくれるんだもん。普段とは違う髪型や服装にしたからかな。それとも、あのときにキスしたことを思い出しちゃうから?」
紗衣は不敵な笑みを浮かべ、上目遣いで俺のことを見てくる。まるで咲夜みたいだな。ただ、紗衣がこんな態度を見せるのは珍しいので可愛らしく思えてしまう。
あと、キスのことを本人に言われると、あのときのことを鮮明に思い出してしまうな。紗衣の甘い匂いも感じるからか?
「……普段と違う髪型や服装が可愛いからだよ。キスのことは……今言われて鮮明に思い出したよ。もちろん、金曜から何度も思い出してるけど」
「ははっ、そっか。それだけ颯人の記憶に焼き付けることができたんだ。嬉しい」
爽やかな笑みを浮かべながらそう話すと、紗衣は「ちゅっ」と軽く唇を重ねてきた。
「これでもっと私のことを考えてくれると嬉しい」
キスをしたこともあってか、紗衣はほんのりと頬を赤くしながらはにかんだ。まったく、可愛い同い年の従妹を持ったものだと思う。
「颯人。そういえば、私が告白とキスをして帰った後……咲夜と麗奈会長はどんな感じだった? あれから、咲夜からは『夏休みも遊ぼうね!』っていうメッセージ、麗奈会長からは『私も負けないからね!』っていうメッセージが来ただけで。これまでに比べると格段にやり取りが減ったからさ」
「それで、あのときのことが気になったんだな。咲夜は紗衣の行動に驚いていて、ドキドキしていたな。麗奈先輩はメッセージで送ったように、負けられないって意気込んでいる様子だったよ」
「そっか。麗奈会長は通常運転なんだね。咲夜は……ドキドキしちゃうか。目の前で告白して、颯人とキスしているところを見ちゃったら。麗奈会長とキスしたっていう話を聞いただけでも恥ずかしがっていたもんね」
そうだよね、と紗衣は落ち着いた笑みを浮かべて麦茶を一口飲んだ。
「ただ、俺が腰を抜かしたこともあってか、2人ともその後は笑ってた」
「へえ、そうだったんだ。それは見てみたかったな」
紗衣はクスッと笑いながらそう言う。まったく、誰のせいだと思っているんだ。
「その後、咲夜と別れて麗奈先輩とは途中まで一緒に帰ったよ。そのとき、先輩は私も誰にも負けたくないって意気込んでた」
「そっか。麗奈会長は可愛いと綺麗を両立している人だし、これまでの話で颯人への一途な想いが十分に伝わってくるから、かなり手強いライバルだって思ってる。それに、キスした経験もある咲夜も可愛いし。……だから、より負けたくないな」
好きだと告白し、キスの経験もある麗奈先輩はまだしも、咲夜のことも意識しているのか。好きな人とキスしたという事実は大きいのだろう。クラスも同じということもあってか、紗衣よりも咲夜の方が一緒にいる時間は多くて可愛いし。
「颯人、話してくれてありがとう。あと少しだから、古典の課題を頑張ろうっと」
「おう、頑張れ。俺も数学の課題を頑張るか」
麦茶を一口飲んで、俺は数学Ⅰの課題の続きをやる。
紗衣が近くにいるからドキドキすることに変わりはないけど、休憩がてらに彼女と話したこともあってか、結構集中することができた。
「よし、古典の課題終わった!」
「お疲れさん。俺も……よし、これで数学Ⅰの課題が終わり」
「お疲れ様。……ねえ、颯人。昔みたいにベッドにゴロゴロしてみてもいい? 課題やってちょっと疲れたし。今は汗も全然掻いていないからさ」
「ああ、いいよ」
「ありがとう」
紗衣は嬉しそうな様子で俺のベッドに横になる。小さい頃は俺の家に来ると、こうすることが当たり前だったな。小雪や数兄と一緒にゴロゴロしていたこともあったっけ。
ゴロゴロした後に俺の方を向く紗衣の姿はとても綺麗で。俺のことを見ながら笑みを浮かべると、そこに艶めかしさが加わって。
「やっぱりいいね、颯人のベッド。ふかふかしていて、颯人の匂いがして。とても幸せな気分になれる」
「……そうか」
「……ねえ、小さい頃みたいに一緒にゴロゴロしようよ。……颯人、来て」
ポンポン、と紗衣は俺のベッドを軽く叩く。
確かに小さい頃は、紗衣と一緒に自分のベッドでゴロゴロしたことがあったな。もちろん、紗衣のベッドでもそうしたことがある。
高校生になったからまずいかもしれない。ただ、今は2人きりだし、今までに何度も経験のある紗衣からの誘いだからその通りにしようかな。
俺は自分の座っていたクッションを枕の横に置く。紗衣が横になっている自分のベッドに入り、紗衣と向かい合うような体勢で横になる。かつて、自分のベッドに入ってこんなにも緊張したことがあっただろうか。
「小さい頃だったら多少はゴロゴロできていたけど、今じゃそれもできないな」
「そうだね。それだけ、私達も大きくなったってことだよね。颯人は凄く背が高くなったよね」
「そうだな。紗衣も背がとても高くなったよな」
それもあってなのか、今も少しでも体が動かすと紗衣と体が触れてしまう。汗の匂いがほんのりと混ざった彼女の匂いが伝わってきて。顔がすぐ近くにあるから、彼女の温かな吐息が口元から首にかけて柔らかく当たってきて。
「高校生になったし、もしかしたらこうして横になるのは嫌だって言われるかと思った」
「……嫌ではない。ただ、お互いに高校生になったから、正直、こうしていいのかどうか躊躇いはあった。咲夜や麗奈先輩だったらそのまま遠慮していたかもしれない。ただ、紗衣は従妹で、こうした経験は何度もあるからな」
俺がそう言うと、ははっ、紗衣は快活に笑う。
「颯人と従妹で良かった」
紗衣は俺の頬にキスをすると、さっきよりも近い距離で俺のことを見つめてくる。
「颯人とこうすることができて凄く幸せだよ。……いずれはさ、恋人として一緒に眠れるようになりたいし、毎日夜は同じふとんやベッドで眠ることのできる関係になりたいな。そのくらいに、颯人のことが大好きです」
今度は唇にキスをしてくる。あのとき、紗衣の好意が分かった流れでのキスもドキドキしたけれど、自分の部屋で2人きりで、普段とは違う雰囲気の紗衣にキスをされることもかなりドキドキする。
気持ちが高ぶってきたのか、紗衣は俺の口の中に舌を入れてきて、ゆっくりと絡ませていく。その流れで紗衣は俺に覆い被さるような体勢になる。そのことで、服越しではあるけれど、胸の柔らかさも感じられて。紗衣はこんなにも大きくなっていたのだとより実感する。
紗衣の方からゆっくりと唇を離す。そのことで、今までにないうっとりとした彼女の顔が目の前に現れる。部屋の明かりで、彼女の唇がいつも以上に煌めいていた。
「好きな人とのキスっていいね。幸せな気持ちに包まれていって。きっと、恋人や夫婦になったら、もっと幸せな気持ちになれるのかもね」
笑顔でそう言うと、紗衣は俺の右腕を抱きしめて俺の側で横になる。
「俺のことがとても好きな気持ちが伝わってきたよ」
麗奈先輩にキスされたときも同じだった。唇や体から、彼女達の強くて優しい温もりや鼓動が伝わってくるのだ。
ただ、咲夜にキスされたときも温もりや鼓動は感じられて。ワケありのキスでも悪くないと思えたのはそれが理由なのだろうか。あと、あのキスがノーカウントになるのが寂しいと咲夜が言っていたこともありそうだ。
「今、咲夜や麗奈先輩のことを考えていたね」
「……すまないな。2人ともキスしたことがあるから」
「そっか。まさか、颯人が高校生になってから、何人もの女子とキスすることになるとは思わなかったな。みんなから嫌われまくっちゃうよりはよっぽどいいけれど」
「そっか。3人のおかげで、6月の中旬以降は楽しい1学期になった。それまでも、紗衣が隣のクラスにいるおかげか、中学までに比べたらいい高校生活を送ることができてたぞ。本当にありがとう」
「……こちらこそ」
紗衣は照れくさそうにそう言うと、俺の頬にキスをしてきた。こうしたことでも、彼女は本当に俺のことが好きなのだと分かる。
「苦手な古典の課題をやって、颯人のベッドで横になっているからか段々と眠くなってきちゃった。颯人とこうしているとドキドキもするけれど、温かさが気持ち良くて。ちょっとの間、寝てもいいかな?」
「……もちろんいいぞ」
眠くなってきたって言われると、俺まで眠くなってくるな。何度もキスされてかなりドキドキしているから、眠ることができるか分からないけれど。
「ありがとう。じゃあ、おやすみ」
紗衣はゆっくりと目を瞑ると、程なくして可愛らしい寝息を立て始めた。そういえば、昔、紗衣が遊びに来たとき、小雪とぐっすりと眠ったことがあったな。そのときは今のように俺の腕を抱きしめていた。
紗衣はあのとき以上にしっかりと抱きしめているので身動きが取れない。こうなったら、俺も寝るか。
ゆっくりと目を瞑ると、ドキドキはするけれど、すぐにふんわりとした感覚に包まれていくのであった。
「ふふっ……」
どこからかそんな笑い声が聞こえてくる。
籠もった感じだけれど、声の高さや可愛らしさから、女性の声であるのは確かだろう。紗衣なのか?
いったい、誰が俺に向けて笑ってるんだ――。
ゆっくりと目を覚ますと、そこには俺を見て微笑んでいる母さんの姿があった。
「母さん……」
「あら、起こしちゃったかしら。パートが終わって帰ってみたら、見慣れない靴があったから。それで、こっそりと部屋を覗いたら、颯人がイメチェンした紗衣ちゃんと一緒にベッドでぐっすりと眠っているではありませんか。懐かしい光景だったわ」
「そうだったのか。あと、パートお疲れさん」
夢の中で聞こえた籠もった笑い声の正体は母さんだったのかな。
というか、紗衣と一緒に眠ったところを母さんに見られてしまうとは。部屋に入ってきたことに気付かなかった。それだけ、ぐっすりと眠ってしまったんだな。
「んっ……あっ、陽子さん。こんにちはです」
「こんにちは、紗衣ちゃん。イメチェンした姿で颯人と一緒に眠っているなんて。もしかして、颯人のことが男の子として好きになった?」
家族には紗衣が俺のことが好きだということは伝えていないが……察しがいいな。母さんが目を輝かせながらそう訊くと、紗衣は顔を真っ赤にしながら、
「だ、大好きです。もう告白して、キスまでしました」
「ふふっ、そうなの。麗奈ちゃんっていう女の子もいるのに。隅に置けないわね、颯人。でも、一緒にベッドで寝ているってことは……もしかして、来年の春頃には真弓お姉ちゃんと一緒にお婆ちゃんになっちゃうのかしら!」
「そんなわけないだろ! 何てことを言っているんだ!」
「颯人の言う通りですよ! 子供ができるような行為はしてません!」
紗衣は今までの中で一番と言っていいほどの真っ赤な顔をして否定する。まったく、とんでもないことを言う母親だな。
「ふふっ、そうなのね。それにしても、紗衣ちゃんのワンピース姿とても可愛いわ。あと、一緒に寝ていたところをスマホで撮影したから2人に送るわ」
「……お、お願いします」
すると、程なくして俺と紗衣のスマートフォンがほぼ同時に鳴る。
確認すると、俺と紗衣が寄り添い合って気持ち良く眠っている写真が送られていた。もちろん、紗衣にも同じ写真が送られており、彼女はとても幸せそうな笑みを浮かべていた。そんな彼女の姿を見てキュンとなってしまうのであった。
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