第19話『回顧』

 教室に戻って、俺は昼食を食べ始める。

 皇会長による俺の呼び出し放送がかかったからか、お弁当を食べている途中で紗衣から、


『会長さんから呼び出しがあったけれど、どうかしたの?』


 というメッセージが届いた。今、紗衣の近くに咲夜はいるのだろうか。それはどうであれ、本当のことを伝えておこう。


『月曜日の放課後に俺が女子生徒と喧嘩したという話を耳にしたそうだ。タイミング的に自分が関わっているんじゃないかと考えたみたいで、それを確かめたいから生徒会室に呼び出されたんだ』


 紗衣にそんな返信を送った。すると、すぐに『既読』マークがついて、


『そうなんだ。分かった』


 という返信が紗衣から届き、それ以上のメッセージは来なかった。もちろん、咲夜からも来ることはなかった。

 3年前のことを咲夜に話そうかどうか考えていたためか、午後の授業は板書を取るだけで授業に集中することはできなかった。



 放課後。

 今日も咲夜はすぐに帰ってしまうのだろうか。そう思っていたら、彼女は不機嫌そうな様子で俺のところにやってくる。喧嘩をしてから咲夜が俺に近づいてくるのは初めてなのでとても緊張する。


「紗衣ちゃんから聞いた。昼休みに会長さんから呼び出されたとき、月曜日のあたし達のことについて聞かれたみたいじゃない」

「……ああ。タイミング的に、俺達が喧嘩したのは自分のせいじゃないかって。だから、そのときのことを皇会長に話したんだ」

「……そっか」


 依然として不機嫌そうな表情だけれど、俺のことを見つめる咲夜の眼差しはとても真っ直ぐで熱いものだった。だからなのか、咲夜なら3年前のことを話してもいいと思えるようになった。


「咲夜」

「……な、なに?」

「……俺は咲夜を信じて、皇会長と何があったのかを話す。ただ、内容が内容だからこれから俺の家で2人きりで話したい。その前に……月曜日は言い過ぎた。言葉も悪かった。本当にごめんなさい」


 俺はゆっくりと立ち上がって咲夜にそう謝罪し、深く頭を下げる。俺が頭を下げているからか、周りがザワザワしているけれど今はそんなのどうでもいい。


「顔を上げて」


 咲夜にそう言われたので、ゆっくりと顔を上げるとそこには真剣な表情をした咲夜がいた。


「中学のとき、颯人君が会長さんとの間に何があったのかは分からない。でも、それがとても苦しいことだったんだね。何も知らずにしつこく訊いちゃって。こちらこそ、本当にごめんなさい」


 今度は咲夜の方が深く頭を下げた。

 互いに謝ることができた。人や内容によってはこれで仲直りなんだと思う。咲夜もそれでいいと思っているかもしれない。

 ただ、今の咲夜を見て、彼女には3年前のことを話しておきたいと思った。その上で今の俺を見て、友人として付き合ってほしいと思うようになった。

 ――プルルッ。

 ――プルルッ。

 俺と咲夜のスマホが同時に鳴った。確認すると、俺、咲夜、紗衣のグループトークに紗衣からメッセージが届いていた。


『今日はバイトがあるから先に帰るね。あと、颯人は頑張れ。咲夜は颯人の話を聞いてあげてほしい。また明日ね』


 という内容だった。もしかして、紗衣は廊下でこっそりと今の俺達の様子を見ていたのか。


「……一緒に帰ろっか、颯人君」


 そう言う咲夜ははにかんでいた。ひさしぶりに見る笑みだからか、そんな彼女がとても可愛らしく思えた。

 俺は咲夜と一緒に学校を後にする。

 ついさっきまで喧嘩していたこともあって、どんな言葉をかけていいのか分からず何も言えなかった。咲夜も同じなのか、互いに無言のまま自宅へと帰った。


「咲夜、飲み物を持ってくるからちょっと待ってて」

「あっ、お構いなく……」


 俺は1階のキッチンへ飲み物を取りに行く。すると、そこには夕飯の仕度をしている母さんがいた。


「咲夜ちゃんと一緒に帰ってきたし、今朝までよりも元気になっているってことは、もしかして咲夜ちゃんと喧嘩していたの?」

「……ああ。でも、お互いに謝った。それで……3年前のことを中心に、今までのことを話す。だから、しばらくは部屋には来ないでくれると嬉しい」

「……分かったわ。ただ、無理はしないでね」

「ああ」


 俺は2人分の麦茶と砂糖付きのあられを持って、2階にある自分の部屋に戻っていく。


「いい匂い……」


 部屋に戻ると、咲夜はベッドに寄り掛かって体育座りをしながら、クッションをぎゅっと抱きしめていた。うっとりとした彼女はとても可愛らしい。


「咲夜。麦茶と甘いあられを持ってきた」

「ひゃああっ! ど、どうもです!」


 大きな声でそう叫ぶと、咲夜は素早くクッションを置いて、その上に正座をする。あまりにも鮮やかな身のこなしなので感心してしまう。

 テーブルの上に麦茶と砂糖付きのあられを置いて、俺は咲夜のすぐ近くに座る。麦茶を一口飲んで気持ちを落ち着かせる。


「颯人君が話しやすいように話していいからね」

「……ありがとう」


 咲夜のその言葉に甘えさせてもらうことにするか。麦茶をもう一口飲み、一度大きく呼吸をした。


「……俺のアルバムと、紗衣のアルバムを見て覚えていると思うけれど、生まれつき髪は白くて眼は鋭かった。だから、小学生の頃からそのことを口実に嫌がらせやいじめを受けていたんだ。毎年、年度の初めに受けることが多かったな。物を隠されたり、教科書に落書きされたり。あとは、髪を引っ張られるとか、殴る蹴るなどの暴力の数々」


 小学生の頃のことだけれど、思い出すと胃がキリキリしてきたな。


「そうなんだ。そのとき、颯人君はどうしていたの?」

「……徹底的にやり返した。そうすれば、俺に何かしたら仕返しされるってことを植え付けることができるからな」

「そ、そうなの。なかなかの手段ね」


 咲夜は苦笑いを浮かべる。


「ただ、それで減る年もあれば、減らずにいじめや嫌がらせが過激化することもあったな。そのときは何もせず、両親や教師などを頼ることにしたんだ。幸いなことに、周りの大人達が動いてくれたり、学校外で趣味に集中できたりしたこともあって何とか普通に通って小学校を卒業することができたんだ」

「そうだったんだ。その趣味っていうのが、花を育てたり、絵を描いたり、料理やスイーツを作ったりすることだったのかな?」

「ああ。甘いものは年齢を重ねるごとに好きになっていった。甘いものを食べると心が安まって幸せな気持ちになれるから」

「それ分かる! だから、太ってきているのが分かっても、甘いものってなかなか止められないんだよね」


 そう言って、咲夜は砂糖付きのあられをパクパクと食べている。もちろん、とても嬉しそうな笑顔を浮かべながら。

 俺も甘いものをたくさん食べるようになったけれど、いじめや嫌がらせに対処できるように体を鍛え続けたこともあってか、太ってしまうことはなかったな。


「家族や紗衣、学校外での楽しいことに支えられて、小学校は何とか乗り越えることができた。中学に入学すると、そこには1学年上で、当時は生徒会で書記をやっていた皇麗奈先輩がいたんだ。学区の関係もあって、彼女の姿を見たのは中学になってからだった」

「なるほどね」

「今のように、中学のときも狼とかアドルフって恐れられていて、周りで色々なことを言われたよ。同じ小学校から進学した生徒が多かったから、今よりも酷かった。でも、そのことには慣れていたからそんなにショックじゃなかった。別の小学校から進学してきた生徒もいるから、体感としては小学生の頃よりもマシだったっていうのもある」

「そうなんだ。でも、颯人君が今でも思い出すと苦しくなるようなことが、中学のときに起こったんだよね。しかも、会長さん絡みで」

「……ああ」


 いよいよ、咲夜の知りたい部分を話すんだ。だからか、胸が苦しくなってしまう。麦茶を一口飲んで呼吸を整える。


「多分、咲夜は知らないと思うけど、中学に入学して叶明奈かのうあきなっていう女の子と同じクラスになったんだ」

「叶明奈……知らない子ね」

「そうか。彼女も別の小学校出身だったから、俺も中学で同じクラスになるまで知らなかった。実はその叶っていう女子生徒は皇会長のご近所さんで、幼なじみなんだ」

「幼なじみ……ということは、颯人君と会長さんに繋がりを持たせたのは彼女?」

「その通り。叶は別の小学校出身ということもあってか、入学直後は俺のことをいじめたり、嫌がらせしたりすることはなかった。そもそもクラスメイトってだけで話すことすらなかったんだ」

「まるで、佐藤先輩のラブレターのことで相談する前の颯人君とあたしみたいね」

「そうだな。ただ、ゴールデンウィークが明けた頃。叶は皇会長が俺に話をしたいからと、体育館の裏側に行くように頼んできたんだ」

「体育館の裏側……まさか」


 先週、同じような経験をしたからか、咲夜は当時の皇会長が俺にどんなことを話したいのか想像できたようだ。その証拠に頬がほんのりと赤くなっている。


「皇会長は当時から人気があって、小耳に挟んだいくつもの話からいい人だとは分かっていた。話を聞くくらいならいいと思って応じることにした。万が一、俺をいじめるための嘘だったら逃げればいいと思って」

「それで、実際はどうだったの?」

「……本当だった。皇会長は体育館裏で待っていて、そのとき彼女から好きだと告白されたんだ。彼女と面と向かって話すのはそのときは初めてだったんだ。でも、その場で丁重に断った」


 しかし、そのことをきっかけに、それまでまだマシだと思えた中学校生活が変わってしまうことなるのだ。

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