第9話『友達と従妹』

 6月21日、金曜日。

 今日は雨が早朝に止み、それからは一日中曇るらしい。雨が降る可能性があるのも夜になってからだという。

 昨日の夜、咲夜からメッセージが来て、今日も一応、俺と校門で待ち合わせをして一緒に教室へ行くことになった。


「颯人君!」


 咲夜は笑顔で俺に元気よく手を振ってきてくれる。睨まれるか、怯えられるか、逃げられるかどれかになることが多いので、彼女が眩しく見える。


「おはよう、咲夜」

「おはよう。颯人君って見つけやすいよね。背もかなり高いし、髪が白くて綺麗だから」

「……おまけに悲鳴を上げられたり、狼とかアドルフって言われたりするからな」

「それもちょっとはある」


 本当にちょっとなのかどうかという真偽は不明だが、否定しないところは咲夜らしくていいなと思う。

 俺は咲夜と一緒に校門を通り、教室A棟に向かって歩き始める。


「ところで、咲夜。今日の昼休みに、従妹がお昼ご飯を食べにうちのクラスに遊びに来るんだけど、どうだろう?」


 昨晩、紗衣に佐藤先輩のことを解決できたことをメッセージで伝えた。その際は『それは良かったね』という返信が届くだけだった。

 ただ、今朝になって、今日の昼休みに咲夜も交えて3人一緒にお昼ご飯を食べたいとメッセージを送ってきたのだ。


「もちろんいいよ。それにしても、颯人君にはうちの高校に通っている従妹がいるんだね」

「ああ。体育が3組と合同授業だから知っていると思うけど、3組にいる天野紗衣っていう女の子なんだ」

「ああ、あの背の高い銀髪の女の子! 美人だし運動神経もいいから、体育の授業の後に話題になったことがあるよ。あたしの覚えている限りだと、特に女子の方が好感度高いかな。……宏実も『男子ならタイプかも~』とか言ってた」


 田中のことを話したからか、咲夜は怒り気味に。しばらくの間、田中に関する話題はなるべく出さないように気を付けるか。

 咲夜の周りだと、紗衣は女子生徒からの方が人気が高いのか。女子としては背がかなり高いし、凜々しい顔立ちをしているので女子ウケがいいのだろう。


「それにしても、あの天野さんが颯人君の従妹だったなんて。思い返してみると背も高いし、凜々しいし、髪も銀色で綺麗だから……そう考えれば従妹っていうのも納得……かな?」


 最後、疑問系になったな。

 俺も紗衣と似ていると思うのは背の高さくらいだ。あとは、銀色という髪が、俺と血の繋がりがあることを感じさせるくらいで。目つきも咲夜より鋭さはあるけど、キツくないし、むしろ凜々しい印象を強くしていると思う。

 ちなみに、紗衣がクラスの友人などに俺が従兄であると話したとき、最初は全然信じてもらえなかったという。ただ、彼女のおかげもあってか、3組の女子の間では俺の評判はそこまで悪くないらしい。

 昇降口で上履きに履き替えるとき、紗衣に『咲夜が一緒にご飯を食べてもいいと言っていた』とメッセージを送る。すると、すぐに『既読』マークが付き、紗衣から了解の旨の返信をもらった。

 俺達は1年4組の教室へと向かい始める。


「今日もアドルフの髪は白くて、眼は鋭いなぁ」

「そんなに大きな声で言ったら聞こえちまうぞ」


 そこの男子達。聞こえてるぞ、ハッキリと。この類の言葉は毎日数え切れないほど耳にしているので、いちいち反応する気にもなれない。


「あの2人、恋人同士じゃなかったみたいね」

「何か、サッカー部の佐藤君がしつこく迫ったらしいよ。それを白狼くんが守ったんだって」

「マジで? いいのは顔だけだったんだ。じゃあ、本当にいい人なのは狼の方?」

「かもよ。そうじゃなければ、あの女子が一緒に歩かないでしょ」


 女子生徒達のそんな話し声が聞こえたのでそちらの方を向くと、彼女達は「きゃっ」と声を上げて、何歩か後ずさりした。


「……こんなもんだよな、現実は」

「色々と存在感が凄いからね、颯人君は。でも、前よりも評判が少しは良くなったんじゃない?」

「もしそうなら、それは咲夜のおかげだろうな」


 ただ、佐藤先輩の件を解決したのは、悩みの種を無くし、咲夜が少しでも早く平穏な高校生活を再び送ることができるようになってほしいと思ったからだ。咲夜と友達になったのは、俺がそうしたかったからというのもあるけど。

 咲夜はふふっ、と笑って、


「それはどうかな。でも、颯人君のことで何か言われたら、見た目は恐いかもしれないけど、いい人なんだって話すよ」

「……そうかい。ありがとう」


 その気持ちが嬉しいし、クラスメイトにそういう生徒がいるというのはいいなと思う。

 今日も教室に行くと、一瞬、空気が固まったように思えた。ただ、咲夜が一緒だからか、これまでよりも俺に向けられる視線や表情はキツくはない。しかし、田中とその取り巻きの女子達だけはかなりキツかった。彼女達の恨みを買ってしまったんだな。仕方ないか、あんなに言ってしまったら。

 俺は咲夜と別れて自分の席へと向かう。

 咲夜の方を見ると、俺が離れたからなのか何人かの女子が咲夜に話しかけている。楽しそうに話す咲夜の姿を見ることができて良かったなと思うのであった。



 昼休み。

 約束通り、紗衣がお弁当を持ってうちの教室にやってきた。俺に手を振ってくるときの笑顔が良かったのか、一部の女子が黄色い悲鳴を上げていた。


「颯人、午前中の授業お疲れ様」

「ああ。紗衣もお疲れ様」

「ありがとう。それで、そちらの黒髪の子が月原さんだよね。体育の授業は4組と一緒だから、顔と名前は覚えていたよ」

「あ、ありがとう。こうして話すのは初めてだから。……初めまして、月原咲夜といいます。一昨日の夜から颯人君の友人やってます。これからよろしくね」

「初めまして、1年3組の天野紗衣です。誕生日は颯人の方が早いから、産まれたときから颯人の従妹やってます。こちらこそよろしくね」

「うん!」


 咲夜は嬉しそうに、紗衣は爽やかな笑みを浮かべながら、2人は自己紹介をすると握手を交わした。友人とか従妹って「やる」ものじゃなくて「なる」ものじゃないか? と、心の中でツッコんでみる。

 また、その後にさっそく連絡先を交換する。このことに咲夜はとても嬉しそうだった。別のクラスにいる女子と繋がりができたことが嬉しいのだろう。

 前や横の椅子を借りて、俺は咲夜や紗衣と一緒に俺の机でお弁当を食べることに。ちなみに、紗衣は俺と向かい合うようにして座り、咲夜は俺の右斜め前に座っている。


「お弁当いただきます!」

「いただきまーす」

「……いただきます」


 3人でお弁当を食べ始める。……おっ、玉子焼きが甘くて美味しいな。

 1人は従妹の紗衣だけど、まさか学校で女子2人と一緒に食べる日が来るとは。非日常を味わっている感じがする。


「うん、玉子焼き美味しい」

「咲夜のお弁当、可愛いし美味しそうだね。自分で作るの?」

「ううん、お母さんに作ってもらってる。あたし、料理はあまり得意じゃなくて。紗衣ちゃんの方は?」

「私はたまに作るけれど、朝早く起きるのが辛くて。今日は全部母親に作ってもらってる。ちなみに、私の母親と颯人のお母さんが姉妹ってこともあって、私達がいとこ同士なんだ」

「そういう繋がりなんだね。紗衣の髪も銀髪だし、もしかしてお母さん同士は髪の色が同じなの?」

「うん。私の母親も颯人のお母さんも颯人みたいに綺麗な白髪なんだ」

「へえ……」


 そう言うと、咲夜は感心した様子で紗衣と俺の髪を交互に見てくる。そして、見るだけでは我慢できなくなったのか、両方の髪を軽く触ってきた。


「2人とも綺麗で触り心地のいい髪だね」

「どうもありがと。話は戻るけど、お弁当作りや料理は颯人の方がよくやるよね」

「えっ、颯人君って料理できるの?」


 そんなイメージ全然ないんだけど、と言いたげな様子で咲夜は俺のことを見てくる。


「昔から母親の手伝いで料理をやってて。そうしているうちに好きになっていって。今は母親がパートで夕食時に帰ることがあるから、そのときは俺が夕飯を作る。休日には料理だけじゃなくてスイーツも。弁当もたまに作るな。前日の夕飯の残りを入れることもあるけど。ちなみに、このひじきの煮物は昨日の夕食で俺が作ったものだ」

「そうなんだ。美味しそう。一口食べてみてもいい?」

「ああ、いいぞ。お口に合うかどうかは分からないけど。紗衣もどうだ?」

「ありがとう。いただきます」

「いただきまーす!」


 咲夜と紗衣は俺の作ったひじきの煮物を一口ずつ食べる。家族には好評だけれど、2人にはどうかな。


「すっごく美味しい!」

「美味しい。さすがは颯人だね」

「2人がそう言ってくれて良かった」

「颯人君って凄いね。いつか、家庭科の授業で調理実習があるだろうから、そのときは颯人君と同じ班になろっと」


 それは美味しい料理を食べることができるからか? それとも、自分があまり料理に参加しなくてもいいからか? 咲夜の場合、どちらも正しそうだ。調理実習はいつやるのか気になっているし、そのときが訪れたら咲夜に美味しい料理を振る舞うことにしよう。

 咲夜と紗衣がすぐに仲良くなったこともあってか、その後もほのぼのとした雰囲気の中でお弁当を食べるのであった。

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