第42話 別れ


 どこまでも続いていく青空を眺めながら、ヘーゼンが整地された芝生に寝転んでいた。いつのまにか秋になり、風は少しだけひんやりとしている。


「今日は、読書をされていないんですね」


 いつのまにか、気がつけば隣にいる亜麻色髪の修道女シスターに。


「……いたのか」


 黒髪の青年は若干の笑顔を浮かべる。


「なんだか……ヘーゼンさんが呼んでいる気がして。不思議ですね」


「ああ」


 いつもなら、『くだらない』と斬り捨てるその言葉に、ヘーゼンは同意した。なぜだか……彼もアイシャが来てくれるような気がしたから。


「いい天気ですね」


「……うん」


「ヘーゼンさん、知ってます?」


「まだ、君がなにも話してないから、知らない」


「またそんな意地悪を言うー」


「はっはっはっ」


 そんないつもの軽口を叩き合って。


 アイシャは首を少し上に傾ける。


「空って一つに繋がってるんですって」


「……誰だそんなバカなことをいう人は?」


「神です」


「……ほぉ」


「神は人をお創りになったときにこう言ったそうです。『これからあなたには運命さだめが訪れるでしょう。出会い、やがて別れる。二つがあるのではなく、この空のように一つ繋がってるものなのだ』と」


 アイシャは上を指をさしながら、微笑む。


「……その人はなんて答えたんだい?」


「なにも。ただ、笑ってそれを受け入れました」


「なぜ……僕にその話を?」


「……なんとなくですけど、ヘーゼンさんは私に『別れ』の話をするんではないかと思いました」


 ニコリとアイシャは笑った。


「……」


「私はヘーゼンさんに出会ったのですから。別れが訪れることも必然なのです。そうでしょう?」


「……」


 ああ、そうか。こんなときも……こんなときにも。君は僕の心を軽くしようとしている。


「……」


「……アルマナを去ろうと思っている」


「はい」


「結婚も……することになると思う」


「……はい」


「もう、ここには当分は戻ってこないと思う」


「……」


 ポタリとアイシャの頬から雫が溢れた。


「……なんで?」


 泣いているんだよ……言ってることと、違うじゃないか。


 出会いってものが別れと一つで。それなら、きっと悲しくない。それは、誰にでも訪れて、どうしようもないことなら。きっと、そういうことなんじゃないのか。


「……わかりません」


「……」


 他になに一つ言えない自分に失望しながら、ヘーゼンは立ち上がった。自分の心は救われた。彼女がいたことで。彼女がいてくれたことで。


 それなのに、泣いている彼女に、なにもしてやることもできない。


「……」


 何の言葉もないなんて、あんまりだ。彼女はいつもくれたのに……そんな彼女に、なんの言葉もないなんて。


「行って……しまうんですね」


「……なにか」


「して欲しいことは……なにもないです……なにも」


「……わかった」


 暖かい言葉も、悲しい言葉も、怒りの言葉も嘘である気がした。


 いや、自分は言って欲しかったのだ。『行かないでください』と。勝手にも去って行く自分に、『寂しい』と一言。それが、わかったとき……わかってしまったとき、ただ、悲しかった。


 この空が繋がっているからこそ、それを分かつことは苦しい。


 ただ、離れがたいと。


 きっと彼女の言っていることは、酷い真実なのだろう。神は……人を見捨てたときにそう言って、慰めたのだ。


 仕方ない。


 しょうがないことなんだって。


 そう言われた人は。言われただけの人は、きっと、その勝手を、ただ受けとめることしかできない。


 それなのに、なにを期待していたのだろう。


 あまりにも全てを与えてくれた彼女に、こんなときでさえ、なにを。


 黒髪の青年は歩きだす。彼女に背を向けて、アルマナとは逆の道を。


「ヘーゼンさん」


「……ん?」


「神さまに……そう言われた人は、きっと言えなかったんだと思います。自分よりも……すごく悲しい顔をしていたから」


「……」


 だから。


 彼女は、言った。
























「さよなら」





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