第36話 ダーツとアム
一ヶ月の休暇が終ろうとする三日前の軍宿舎。そこにはダーツの部屋に上がり込んで、ゴロゴロしているアムがいた。
「暇ね」
「……ああ」
彼女の声に、ダーツが同意する。
「……クソッ」
ガン!
「おい」
黙って宿舎の壁を蹴るヒステリック褐色美女に、ダーツは『見た目詐欺師』と密かに認定する。
「ヘーゼンとこ行くか?」
「なんでよ! なにが悲しくてあんな嫌な奴のとこ行かなきゃいけないのよ」
「……」
お前もいい勝負だけどな、とまたしても密かにつぶやく。
「それに、あいつんとこ行くには、あのシスターに会わなきゃ行けないでしょ? あいつ、私嫌いなのよね」
「あのアイシャって子だろ?」
「そう!」
「まあ、あの子の方が遥かにお前のことを嫌いだと思うけどな」
「おい」
「性格よさそうないい子じゃないか?」
何回か面識はあるが、雰囲気がおっとりしていた。いかにも優しくて穏やかな性格で、確かにアムとは正反対そうであったが。
「あー、まったく男って生き物は……あんたみたいな奴がすぐに騙される」
「……」
自分としては、なんで目の前の性格キツ過ぎる女に惚れているのかが、激しく疑問なのだが。
「だいたい、平和が一番みたいなツラして生きてるのが一番気に入らないのよ」
「……俺たちが守ってる平和じゃねぇか」
「……そうよ」
「はっ、さすがに性悪女だよ」
そこにまで苛立っていたら、自分たちはなにをしているのか。自分たちは、なんのために戦っているのかわからないじゃないか。
「しょうがないでしょ! 気に入らないもんは、気に入らないんだから」
「……ヤバイな」
狂ってる。たまに、そんな風にフト我に還ることがある。普通のことが、普通に思えない。一か月の休暇で、すでに互いにやることがない。
「あーあ……ほんと、暇」
「おい、行くぞ」
「どこに?」
「街だよ、街。宿舎に閉じこもってたって暇になるに決まってるだろう?」
「どーせ街なんか行ったって買い物なんてできないんだから」
「それでも行くんだよ。お前、自分の部屋に戻ってありったけのおめかしして来いよ。俺もそうするから」
「……うん」
そう言って、アムは戻って行った。今までひたすら訓練と戦闘ばっかりだった。ハッキリ言って、長期休暇なのに、することが思い浮かばないほど戦闘に明け暮れていた。
でも、戦った先に平和を見るのなら、平和だって謳歌しなきゃいけない。昔は笑えてた。アムとヘーゼンと、街に行って買い物だってしてたんだ。もともと、アムは服が好きでよく『似合う』って聞いてきてた。で、ヘーゼンは本を読んでて無視で。必然的に答えるのはいつもダーツの役割だった。
そのときには、『可愛い』とか『美人』だとか言ったって『似合ってない』とか『色が変』とか言っても、結果的は魔法で燃やされたけど。
それでも、楽しかった。今では、どうやって戻ったらいいかわからないけど、それでも楽しかったんだ。
・・・
それから、30分が経って……1時間が経って、それでもアムは部屋から出て来なかった。
「おい、いつまで掛かったんだよ?」
「……」
「入るぞ?」
そう言ってダーツはドアを開ける。そこには、以前の可愛いワンピースを着たアムが立っていた。
「……」
「……可愛いじゃねぇか」
素直にそう思って口に出た。経験上、褒めてもけなしても燃やされる羽目になるんだけど、そんなことは気にもせずに。あらためて好きだということを意識させられ、ダーツはなんとなく面白くない。
「似合わないよ」
「似合ってるよ」
「嘘」
「嘘じゃねぇよ」
「……似合ってないもん」
「どうしたんだよ? 可愛いって言ってるじゃねぇか」
実際、ダーツはそう思う。
「気持ち悪い」
「は?」
「気持ち悪いよ、こんなの」
「お前……どうしたんだよ!?」
「わかんないよ、でも気持ち悪いのよ! 自分がこんな服着てるのが、どうしようもなく……」
「お、おいっ!」
急に服を脱ぎ始めるアムに、ダーツは自分の着てたジャケットを被せる。
「……」
「……」
その時、思ったーーああ、コイツはもうダメなんだって。
家族が焼かれたときからか、戦争で初めて人を殺したときからか……喜々として人を焼く楽しみを覚えたときからか。もう、以前のアムはいなくて、もう今のアムは別人なんだと。
平和を享受など、できるものか。すでに大切な人が殺される絶望に、人を殺す快楽に、脳が焼かれている。そんな刺激まみれの日々を過ごしておきながら、平和にショッピングなど退屈以外の何物でもない。俺たちは、それに身を投じたんだから。
ヘーゼンとは違う。アイツは守るために。しかし、俺たちは復讐をするために……いや、殺すためにこの戦争に参加したんだ。そんな自分たちが平和を慈しむふりをして、平和を楽しむふりをして。だから、どうしようもなく気持ち悪いんだ。
「悪かった」
「……」
「もう、言わない」
お前が。
……俺たちが壊れてんのはもうわかった。
でも。
それでも、俺だけは。
ダーツはそのまま、アムを抱きしめた。
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