【夜話】 ブラカの囚われの姫



 なんだよ、坊主。

 もう、おもしろい話もネタ切れでしょう、だって?

 とんでもない、俺さまをなめるなよ。今日は今までずーっと大事にとっておいた、とっておきの話をしてやろう。

 当時はブラガじゃ大いに盛り上がった話だからな。あの頃はほんとのことも、うそっぱちのことも、尾ひれはひれがついていろんな噂がブラガ中を飛び交っていてな。俺さまも当事者のひとりだったからには、今日はたっぷり、くわしく話してやろう。

 え? いやいやイマルさん、そんなことはないですよ。今日のお話はただのばか話じゃねぇ。もちろん、へへ、下品な話もなしだ。


 あれはな、もう十年以上も昔の、いやもっと昔の俺がまだ二十歳すぎの若かったころの話だ。

 当時俺は、ブルガの港を守る、アグスティナって岬の先っぽにある大きなお城で雇われていてな。その城の名もアグスティナ城っていって、岬の断崖絶壁の上にそびえ立つ、中海じゃあ知らぬ者のいない有名な城だった。

 お城は岬の上からさらに高い城壁で囲まれていてまさに難攻不落、それでいて青い海と空に真っ白なお城がよく映えてな、高い塔がいくつも立つ美しい城だった。

 その城の下、岬のへりに小さな港があってな、大小十隻くらいの軍船があって、もともとアグスティナ城はその港を守るためにつくられたお城だった。

 まぁ、俺は陸(おか)の上専門でな。軍船に乗ってる港のやつらとはあまり付き合いがなかったけどよ。

 で、俺はそのころ、城に傭兵として雇われて丸五年、お城の塔の守備隊の副隊長をやっていたんだ。

 ん? 若いのに凄いって? そりゃあそうだろう、俺さまは優秀だったからな。へへ。

 まぁ、実のところ、副隊長は何人かいてな、俺もそのうちのひとりだった。副隊長はそれぞれひとつずつ城の塔の警備をしていて、俺は五人ほど部下をつけてもらってな、その塔、白鷺の塔と呼ばれてたんだが、その白鷺の塔の警備と雑用をやらされていたのさ。


 その塔には、ヘリタっていうな、海向かいの大陸ベルムラにあるギビクっていう小国のお姫さんが囚われていた。

 ブルガの隣にカエタノっていって、ブルガと同じような商売で食ってる、ブルガと仲の悪い国があるんだが、そこの王子さまにギビクの姫さんが輿入れするとき、アグスティナ城の軍船がその姫さんの乗った船を襲ってな。

 ギビクの船にはなかなか手強い兵が乗っていてかなり手こずったらしいが、乱戦の中、軍船のやつらがうまく姫さんの女官らを何人か人質にとることに成功して、姫さん直々の命令でギビクの船のやつらは降伏した。それで姫さんと付き添いの女官や家臣らを捉えて城に連れ帰ったのさ。

 アグスティナ城の城主マルスラン大公、ブルガの王様の伯父に当たる人だが、こいつがどうも誰かのたれ込みか何かで、その船にギビクのお姫さまが乗ってることを以前から知っていたらしい。はじめからその姫さんを攫うつもりで城の軍船に襲わせたんだろうな。

 最初はギビクのお姫さまを捉えて、カエタノかギビクに身代金でもふっかけるつもりだったらしいが、この姫さんてのがえらい別嬪でな。小麦色の肌に流れるような銀髪の、異国情緒たっぷりなベルムラ美人の見本、みたいな人だった。で、大公さまはその姫さんに一目惚れ、もうぞっこんになっちまった。

 それで大公は俺さまの守る、城でも一番美しく高い塔、白鷺の塔にその姫さまを閉じ込めて、なんとか自分のものにできないかと悪巧みをはじめた。

 姫さまに付き従ってきた女官や家臣、小者たちはみな牢屋に入れられ、その後娼館や鉱山、港の労働奴隷として売られるか殺されてしまったが、ひとりだけ、姫さまに付き従ってきた家臣に姫さまの従兄弟に当たる少年がいてな、この少年を姫さまがとても可愛がっていたことを知った大公は、ヘリタ姫にある取引をもちかけた。

 少年を奴隷に売ったり殺したりしない、それどころか余の家来としてとりたててやるから、余の愛人になれ、とな。

 姫さまはその取引を受け入れた。少年は大公さまの家臣となった。だが家臣なんてのは名ばかり、アグスティナの軍船に乗り込む兵隊の十人隊長になっただけだ。まぁ、俺と同じようなもんよ。しかも城務めと違って、船に乗り込むやつらはいつも危険な目に合ってるからな。

 な?大公ってのは嫌なやつだろう。あいつは、城がブルガの王宮から離れていることをいいことに、女はとっかえひっかえ、酒が入れば気に入らない家臣を苛め倒し時には殺しちまう、ほんとうにいけすかねぇ嫌なやつだった。

 しかも大公は、ヘリタ姫に取引を持ちかける一方で、その姫さまの従兄弟の少年にも取引をもちかけた。姫さまを牢獄に入れるのは勘弁してやる、賓客として扱ってやるから、俺の部下になって必死に働け、とな。少年はアグスティナの軍船に襲われたとき最も手強く戦ったらしい。大公も使えるやつ、と踏んでいたんだろう。もちろん少年も大公との取引を受け入れた。

 マルスラン大公は、こうしてふたりを騙して手玉にとり、自分のいいようにやってたわけだ。

 

 ある時、ブルガの商船がヒュドラに襲われてな。ヒュドラってのは、首が九つある海蛇のお化けみたいなやつだ。あそこらへんでは一番恐ろしい魔獣だ。数は少ないんだが、たまに現れて悪さをしやがる。小さな船ならかんたんに沈めちまうからな。

 こいつの討伐にアグスティナ城の軍船もかり出されて、ヒュドラがよく襲ってくる、ブラガの漁師たちが漁をやる時に、近場にいって漁師の護衛がてら、やつが現れるのを張ってた。

 ヒュドラはよく漁師の獲った魚を網ごと食いちぎって丸ごと持っていっちまう。頭の数が多いから、それを一度に何ヵ所もやられる。やられた漁師はたまったもんじゃねぇ。ヒュドラはほんと、漁師どもには特に恐れ嫌われていた。

 数日後、軍船のやつらの読みどおり、ヒュドラが出てきた。ヒュドラが漁師の舟の流し網に首を突っ込んでる間に、軍船で取り囲んで何本も銛を射ち込み、逃げられないようにして槍や弓をじゃんじゃん射ち込んでさんざんに傷めつけたんだが、さすがに大物、ちっとも弱らねぇ。首がたくさんあってあぶなくて近づけねぇもんだから、なかなか致命傷が与えられなかった。こちらも怪我人が増えてきてな、さてどうしようかって時に、軍船の十人隊長になってたあの少年、姫さまの従兄弟のやつだ、その少年が大振りのナイフを一本口にくわえてひとり海に飛びこんだ。

 少年はまずヒュドラの正面の水中から、目にも止まらぬ早さで飛ぶように出てくると、またたく間にヒュドラの首を切り落とした。そしてまた水中に潜ると今度は痛みに暴れまわるヒュドラのからだの上にあがってきて、何度も振り落とされそうになりながらも、刺さった銛や槍をつかみ首の方へじわじわと近寄っていった。ヒュドラの首がひとつ少年の方に向かっていくと、それを待ち構えていたかのように少年の持つナイフが閃いて、またひとつヒュドラの首が落ちた。もうひとつのヒュドラの首が追撃しようとすると、少年はヒュドラのからだを蹴って後ろに大きく飛び上がり、空中で曲芸師のようにくるくると回転して海の中に逃れた。と、今度はヒドラの左側の海の中からもの凄い勢いで飛び出してヒドラの首をまた切り落とす。

 そんな感じで少年は、ヒュドラの周りを水の中と外を行ったり来たりしながら跳ねまわり、その九つの首をすべて切り落としてしまった。今まで見たこともない少年のあざやかな戦いぶりにもう軍船の連中も大喜びでよ。弱っていくヒュドラに銛や槍も次々と射ち込まれて、ついにヒュドラを倒すことができた。

 ギビクの少年はこれでアグスティナの英雄になったわけだ。

 坊主、ちょうどおまえくらいの歳だったはずだ。世の中には凄いやつがいるもんだよな。

 それで少年はマルスラン大公から直々に褒美を賜ることになった。

 ヒュドラを討伐して数日後、少年は大公の御前に呼びだされた。褒美は鍵付きの木箱にあふれるばかりに入った金貨や銀貨だ。

 あっちの方は傭兵が多いからな。褒美といえば金、なのよ。名のある剣だとかマントだとか、爵位とかそんなもんじゃねぇ。金、さ。

 少年は大公の前で跪き、大公が少年の勇気を讃え褒めそやし、側の者が金の入った木箱を少年に手渡そうとした時だ。少年は木箱を受け取ろうと腰を上げたと思ったらどこに隠しもっていたのか小さなナイフを取り出し、もの凄い早さで大公に斬りつけた。胸、心の蔵をひと突きだ。

 それはまるで神業のような早さだったらしい。少年はヒュドラを倒したときといい、赤目狼の使う魔法のように素早く動ける魔法具を持っていたらしい。姫さまの護衛として持たされていたんだろう。

 誰もがその瞬間、大公が死んだ、と思った。だが、死んだのは少年の方だった。

 大公も魔法具を持っていたのさ。

 少年のナイフの先が大公の胸に触れる瞬間、ほんとにぎりぎりの間合いで、大公は左腕にはめていた腕輪に自分の右手を触れさせることができた。その翡翠でできた古めかしい腕輪が魔法具で、手で触れるとその魔法具が動きだすらしい。

それは人が言うには「鏡の魔法」と呼ばれていて、自分に向けられた攻撃をすべて、攻撃してきた相手にそのまま返してしまうという恐ろしい魔法だった。

 どうした坊主? 難しい顔して。

 それで、少年が大公の胸をナイフで刺した瞬間、少年の首飾りの珠が割れ、胸から真っ赤な血が吹き出して、少年は死んでしまった。大公はもちろん怪我ひとつ負わなかった。着ている服にも傷ひとつつかなかった。少年の返り血で真っ赤に染まっちまったがな。

 少年の使っていた魔法具を奪おうとして、大公は死んだ少年の身につけているものを調べさせたが、とくにこれといったものは見つからなかった。少年の首飾りが魔法具だったらしい。ちょうど少年が大公の胸を刺した同じ位置に少年の首飾りの珠があったからな。

 少年の死体は城から海へ投げ捨てられた。

 ついでに、謁見の場にいた者は口封じのため、大公に代々仕えてきた者とブラガ出身の者を除いてみな殺された。


 数日後に、城務めをしていた若い女官が城壁の上から海に身を投げた。どうもその女官は死んだ少年と仲が良かったみたいでな、っていうか惚れていたんだろう。その女官は少年の後を追ったのだと噂されたが、その頃から城の女たちからいろいろな話が聞こえてくるようになった。特に大公さまのふだんのお振舞いとかな。女たちは少年と身を投げた女官に同情したんだろう。少年は姫さんに似ていい男だったしな。

 女たちの話では少年が大公を殺そうとしたのは、大公が姫さんを愛人にしたのを少年が知ったからだそうだ。

 大公の裏切りを知ったときから、少年は大公を殺す機会を狙っていた、というわけだ。少年の後を追った女官が少年に姫さんのことを話してたんだろうな。


 それからしばらくたって、もっと大事が白鷺の塔で起こった。

 ちょうどその日の塔の当番は俺でな。その夜は塔のてっぺんの、姫さんの部屋の番をしてたんだ。姫さんの部屋の扉の横で、明け方の交代時間までずーっと立ちんぼさ。その日はいつもより幾分早く、宵の頃には大公が姫さんの部屋にわたってきた。大公が中に入ってしばらくすると、大公の野太い大声と、姫さんの叫び声が聞こえた。

 俺が急いで部屋の扉を開けて中に入ると、天蓋のついたベッドの上で、ふたりが向かい合っていた。

 姫さんは大公が約束を破り少年を殺したことを責め、大公は少年に殺されそうになったからだ、仕方がなかったんだ、と必死に言いわけして姫さんをなだめていた。

 姫さんの両腕には大振りのナイフが握られて、その刃先は大公に向けられていた。

 大公はじりじりとベッドから出ようとする、姫さんがにじり寄る、そこで大公は翡翠の腕輪に手を当てた。

 そりゃあ姫さんに色ボケしてようが、自分の命の方が惜しいよな。

 大公は腕輪に右手を当てたまま、のっそりとベッドから出てきた。姫さんはその隙をついて大公を刺すと思いきや、以外な行動に出た。

 大公に向けていたナイフをいきなり自分に向けて、自ら喉頸を切り裂いたんだ。

 わかるかい?

 結果、姫さんはまったくの無傷で、大公は首から血を吹き上げるように流して、またたく間に死んでしまった。

 姫さんはその後、塔の窓から身を投げて死んでしまった。

 鏡の魔法具には恐ろしい欠陥、とんでもない落とし穴があったのさ。

 魔法具を動かすとどんな攻撃も攻撃してきた相手に返してしまう一方で、その時に攻撃する側が自分自身を攻撃すれば、その攻撃が今度は逆に、鏡の魔法具を動かした方に返ってきてしまうっていう、ほんととんでもない落とし穴がな。

 姫さんがまさかそのことを知っていたのか、思いつきを一か八か捨て身で試したのか、今となっては誰にもわからねぇ。俺が見たまんま、少年の敵討ちをしようとしたが果たせず、大公へのあてつけで、大公の目の前でただ自害しようとしただけだったのかもしれねぇ。


 大公の遺体はブルガの王宮に運ばれ王家の墓に埋葬されたが、誰もその魔法具を取ろうとはしなかった。腕輪にさわる者さえいなかった。

 そりゃそうだよな。そんな持っているだけで危険そうな、使い道のねぇ魔法具なんか誰も欲しがるはずがねぇ。

 姫さんが城の塔から海に身をなげた数日後には、姫さんの母国、ベルムラのギビクから恐ろしい兵隊が来てな。一夜にして城は落城してしまった。

 ギビクはおそらく粘り強く身代金の交渉をやってたんだろう。だが姫さんが死んでしまい、その甲斐がなくなった。姫さんの死を知ったギビクの王様は怒り狂って、恐ろしい、とっておきの切り札の兵隊どもを城に差し向けたんだろう。

 夜中に城を襲ってきたやつらは、何艘かの小舟で城の下の岩場にこっそりと乗り付けた。そして手足に鉄のかぎ爪をつけ、岬の崖を登ってきた。一部の者は城壁も越えて音もなく見張りを倒し、一部の者は岬の陸(おか)の方にある城門を開き、城内に侵入していった。音もなく歩く、おそろしくすばしっこいやつらで、眠っていた城兵たちを次々と殺していった。そして城に火をかけて去って行った。

 城主のいない、大公の家臣も去って行った傭兵ばかりのお城は大混乱、何もできずに大火事になった。生き残ったのは、ギビクの兵隊に手をかけられずに城の火事からも逃げおおせた、女官や下女たちの一部だけだった。

 ギビクの兵隊はただ復讐だけが目的だったみたいで、城を奪取してブラガの喉元を押さえよう、なんて気はさらさらなく、城に留まることはなかった。


 これで俺の話はおしまいだ。

 ん? なんで俺が生きてられたんだって?

 そりゃあ、大公が死んだ次の日には俺は城を出たからな。

 姫さまと大公が死んだ件で嫌になっちまってな。縁起もよくねぇし、翌朝、お城がまだどたばたしてた時に、半ば逃げるようにしてアグスティナの守備隊をやめてやったのよ。ブラガの北の、山の方を守る部隊にでも鞍替えしようと思ってな。

 まぁ、実は、姫さんと大公が死んだのが白鷺の塔だったからな。いずれきびしい取り調べがあるだろうと思って、急いでずらかった、てのが本当の話だ。

 ほんと、その後に起きたことを思えばまさに間一髪、さすが俺さまの読み勝ち、ってところだよな。

 どうした坊主、いろいろ聞きたそうじゃねぇえか?

 姫さまに少年の死を教えたのは誰かって?

 そりゃあ、側付きの女官や召使いどもだろ。みなブラガの人間だったが、少年と同じように姫さんもまわりから好かれて、同情されていたからな。

 ナイフを姫さんに渡したのは誰かって?

 そりゃあ、同じ、女官たちだろう。

 姫さんの部屋にはベッドと衣装くらいしかなくてな。もちろん、ナイフなんて危険なものを部屋に置くのは禁止されていたし、部屋の中も俺たちがきちっと調べていたからな。

 姫さんは女官からナイフをもらって、その日には事を起こしたんだろう。


 今、思うとよ、あのきれいなお姫さま、少年のことを本当の弟のように思っていたんだろうな。

 いや、それ以上の気持ちを抱いていたかも知れねぇ。

 よく、夜になると、塔の窓から海を眺めて涙を流していたが、あの時はきっと故郷が恋しくて、なんて思っていたんだがな、少年に会えなくて、そして死んでしまって、それで泣いてたんだろうよ。

 大公を殺そうとした少年もきっと姫さんをな。

 少年と姫さんは主と家臣、従兄弟の間柄だったが、きっと互いに好き合っていたんだろう。

 ……って、おい、なんだよ坊主。変な顔して。

 俺が色恋の話をするなんておかしいか? 

 違う? そうだろう、とても儚い悲しい物語じゃないか。

 でも、まだ聞きたいことがあるって?

 しつこいなぁ、おまえも。

 仕方ねぇな、言ってみな。

 姫さんの部屋に入る、女官の持ち物は俺が調べてたんじゃないか、ってか? 

 そりゃあ、おめぇ、それは調べる女官が別にいたのよ。

 なんだよ、その顔。にやにやしやがって。

 ふふ、まぁ、なんだ、そういうことにしといてくれや。


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