第2話 【眼帯少女はうそをつく】
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結局、昨日は先生にさんざん叱られた後、あの子犬の墓を作り、適当に校内を散策しながら一応何か目撃情報がないかなどを聞き込みしてから帰った。
校内に残っていた知り合いの生徒には大方声をかけたのだけど、何か見たという生徒はいなかったが、面白い証言は何人から聞けた。
『それなら北条さんが何か知ってるんじゃないの』
この言葉を何度か聞くことになったのだ。
彼らの言う、北条さんというのは私も知っていた。
というか、校内では私に負けないくらいの有名人。一応は生徒会長だ。ただ彼女を有名にさせているのは、そんな役職のせいじゃない。その性格と見た目だろう。
私は敬意を込めて「尼将軍」と呼んでいる。
そういう証言を得たからには彼女に会いに行かないわけにはいかない。そういうわけで私は昼休みに彼女がいつも一人で食事をとっているということで有名な生徒会室へ向かった。
この学校の生徒会室は豪華なことで有名だ。扉のつくりも金色のドアノブに、木目の高級な板を使っている。そんな扉をこんこんとノックした。
「尼将軍、少しお話しがあるんだけど。開けてくれると嬉しいね」
そんな呼びかけをしても応答は無し。予想していたけどね。
「こんな美女の呼びかけをスルーとはひどいね。普通の人なら狂喜するところだよ。実をいうとその扉の向こうで嬉しくてガッツポーズをしてるんじゃないかい。いや、相変わらず素直じゃないんだから。こっちが照れてしまうね」
そんなことを嘯いていたら、自然と扉が開いた。どうやら入室が許可されたらしい。口で言えばいいのに。
その少しだけ開いた扉から入室すると、急に室内へ引っ張りこまれて、そして内側から壊れるんじゃないかという勢いで扉が閉められたかと思うと、気がつけば私はそれに背中を預ける姿勢になっていた。
そして私の目の前にはいつの間にか尼将軍こと、北条政子……じゃない、北条静佳がいた。片手には箸を一本だけ持って、それを私の喉元につきつけている。
「いや尼将軍、これは結構な挨拶だね。年頃の女同士がこうも密接していたら、これは中々そそる映像になると思うよ。私なら一万は出すね。というかあれだね、このままそういう関係になっても、私はありだと思う」
「……相変わらず、ぴーちくぱーちくとうるさい女だな」
「君が名前通り静かすぎるのだと思うよ」
ふんと呆れたように息をつくと、彼女は私から離れた。彼女のことを尼将軍と呼ぶ所以はいくつかある。一つ、さきほどの通りの言葉遣い。私が言えたことかどうかは知らないが、女らしさの欠片もない。
そしてこの攻撃性。実を言うと彼女は剣道の達人らしく、生徒会の役職に就く前は女子剣道部の期待の星だった。そして一年生の時は同じクラスだったので、よくさっきのように竹刀や木刀で脅されたものである。
最後に、見た目だろう。武士みたいに前髪は短いのに、後ろ髪を伸ばしていて、それをポニーテールでまとめている。そして彼女が校内で有名な一番の理由の眼帯。幼い頃、何かの事件に巻き込まれたらしく、左目が見えない。その左目を黒い眼帯で隠している。
片眼だけになったせいか、右目の眼光の鋭さは日本でもトップクラスに入ると思う。
「そういえば二人で話すのは随分と久しぶりじゃないかな」
「一年の頃だってお前と話す気などなかった。お前がその軽口で言い寄ってきて、相手になっただけだ」
「その素っ気なさは相変わらず健在みたいで、安心したよ。君が会長になったと聞いたときはどうしたものかと思った」
「別に。頼まれたから引き受けた。それだけだ」
彼女はそういうと部屋の真ん中に置いてあるテーブルを挟むように設置されているソファーの片方に腰掛けた。こんな贅沢なソファーがある生徒会室は全国を探してもそうはないだろう。
私は彼女の反対側に座る。彼女はお弁当を食べていて、あまり積極的にお話しする気はないようだ。別に構わない、こっちが勝手に喋るだけだから。
「生徒会長なら小耳に挟んでいるだろうけど、昨日学校で事件があったんだよ」
「子犬の件だろう、知っている。だが学園長が問題にはしないと言ったと聞いたが」
「そうらしいね。だからこれは私が勝手に調べてるのさ」
「ふん、その余計なお世話は治ってないのか」
「私のチャームポイントだからね、てへ」
そんな私の可愛い表現も無視して彼女はお弁当を食べる。眼帯でポニーテールの女子高生が黒いお弁当箱で和食を食べているという風景は珍しいだろうな。
「それで君に聞きたいことがあってね。何か事件のことで知ってること、ないしは気になってることはないかな」
「……どうして私なんだ? 聞き込みならそこらの生徒にしろ。お前は知り合いだって無駄に多いんだ、何か教えてくれるだろう。私はあんなグロいものに関わりたくない」
無駄に多いってことはない。私にとって知り合いに無駄も何もない。全員、唯一無二の存在だ。
「その知り合いたちから聞いたんだよ。君、見かけによらず動物に優しいんだってね」
彼女の耳がぴくっと動き、タダでさえ鋭い右目をさらに尖らせてこちらを見てくる。そんなに見つめられると照れてしまうね。
「ちょっと意外だったよ。クールでドライな尼将軍が、近所の子猫や野良の動物たちに餌をあげたり、世話をしているなんてね。優しいところもあるじゃないか、どうして私にもそう接してくれないのかな。妬いてしまうね」
これが昨日得た情報だった。彼女の近所に住んでる何人かの生徒はこの事実を知っていた。彼女の住む地域には野良猫や野良犬がよく生息する場所があるらしく、彼女はそこでその動物たちに餌をあげるなどの世話をしているらしい。
中には彼女を注意する住人もいるらしい。野良が増えると困るからだろうが、彼女はそういった人間をこの眼光と威圧で黙らせていると聞いた。なんとも彼女らしい。
「……それがどうしたというんだ。近所の野良共を世話しているのは、気まぐれだ」
「気まぐれねぇ。まあ、それでもいいけど。昨日の事件、本当に何も知らないの?」
「知ってるわけがなかろう、私が世話をしているのは近所の野良だけだ。学校の周りのことなど知らん」
「本当に?」
「蓮見、しつこいぞ」
しつこいと言われてしまったが、そうなってしまうのも仕方ない。彼女は明らかに、この話題を嫌がっている。口にこそ出さないが、早く話題を切り上げたいという思いがこっちに伝わってくるのだ。
そこまで嫌がる理由が気になるじゃないか。
けど、この性格と比例する口の堅さの持ち主だ。そう簡単に何か言ってくれることはないだろう。とにかく、彼女は事件と関係がありそうだということだけ分かれば、今日の収穫はそれだけで十分かも知れない。
「あまり君を怒らせて嫌われたくないからね、そろそろ退散するとしよう」
「お前ならずっと嫌いだ」
「おっとツンデレかい。いいね、萌えって奴だ」
また睨まれてしまったので、ホールドアップして立ち上がった。これ以上怒らすと本当に何をされるか分からない。一年の時に彼女を本気で怒らせてしまって、木刀で追いかけ回されたことがまだ記憶に新しい。
「それじゃあ、食事の邪魔をしたね。またくるよ」
「二度と来るな。次にこの部屋の敷居を跨いだら斬る」
彼女が言うと洒落にならない雰囲気があるから怖い。
部屋から出て、さすがに生徒会長の前では控えたタバコを取り出して吸った。ニコチンを大量に取り入れながら、脳細胞を働かせてみる。一つ、納得いかないというより、気になったことがある。彼女が何気なく口にした言葉だ。
『私はあんなグロいものに関わりたくない』
さて、どうして彼女は子犬の死骸がグロテスクだと知っていたのか。婆さんが無神経に状況を説明したのか、はてまた噂で聞いたのか、それとも知っていて当然の立場の人間だからか。これは気になる。
さて尼将軍、君は何を知っていて、そして何を隠しているのかな。
彼女が私をどう思っているか置いておくとして、私からすれば彼女は最近喋っていなかったとしても友達のつもりだ。一年間、同じ教室で過ごした仲間だ。そしてそんな彼女は子犬を惨殺するような子ではない。
けど、この繋がりが希薄になっていた一年と少しの間、彼女に何かあったとしたら……。
右手で頭をかきむしりながら、ああっと唸ってみる。
「……恨むよ、ティーチャー」
これはちょっと、嫌な事件になりそうだ。
その時、急に強く射るような視線を感じた。驚いてその方向を見るが、廊下には誰もいない……。けど、気のせいで片付けられるようなものではなかった。一体、誰が何を思って私を見ていたのか。
ゆらゆらと揺れるタバコの白煙を見ながら、妙な胸騒ぎを覚えた。
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