第47話 託された思いが増えていく
第47話~託された思いが増えていく~
暗殺者の男から尋問で得た情報は多くはなかった。
いわく、リッチモンド伯爵に雇われこのクジョウの街に派遣された。
クジョウの街に来てからは、主に裏で暗殺を行っていたらしい。リッチモンド伯爵にとって不利益となる人物、他の地方の高官や公王直属の者など、殺したものは数知れず。
実際の指令はクジョウのトップが出し、暗殺者の男はただそれに従うだけだったそうだ。
もちろん殺す相手の詳細や理由などは一度も知らされることはなかったそうだが、一度だけクジョウのトップが口を滑らせたことがあった。
『こいつを殺せば北部地方へ口を出す者も一気に減る。絶対にぬかるなよ』
そうやって殺したのは公王直属の臣下の一人。後で調べて分かったそうだが、その男は北部地方のここ数年のおかしな動きを早くから察知し、情報を集めていたのだそうだ。
実際、その男が暗殺されて以降、北部地方への監視は一気に弱まることとなる。同じことをすれば自分も殺されるかもしれない。北部地方に疑惑を持つ他の者にとっては十分に威嚇になったのだ。
エルフの男が話せたのはこのくらいだ。実際はこれよりも少ない情報しか与えられていなかったそうなのだが、自身で出来る限りのことを調べ情報を増やした。
なんでもこのエルフ、もとはマリオット公爵の元で諜報員をしていたそうだ。
ある日、北部地方で暗躍している組織の調査任務に赴きシュライデン伯爵に捕らえられてしまった。
不運なことに、その追っていた組織はシュライデン伯爵子飼いの組織だったのだ。
さらに運のないことに、その任務は危険度も低いこともあり、終わった後に休暇を取って旅行でもしようと家族も同行していた。
そこを見逃すリッチモンド伯爵ではない。家族を人質に取られ、為す術のなくなったエルフの男は今日このときまで暗殺者として生きて来た。
『勝手な願いだが聞いて欲しい……。妻と娘を助けてくれ……。俺の名はリュート。妻はミカ、娘はミリアだ』
このまま任務を失敗した自分が生きていても、妻と娘の命が危ない。そう思い自ら殺されることを願った男の最後の望み。
また増えた死んでいった男の願い。
「理不尽だな……」
ゴウロン山で殺した魔族の男は自業自得だった。だがこのエルフの男は違う。
それにだ、どちらも望まぬ仕事を命じられ、そして用済みとなれば捨てられる。自分を守るために関係のないものを使い、自分の目的を達成するためだけに。
「シュライデン、クジョウのトップはどこに住んでいる?」
「聞くまでもないでしょう。この街の中心、権力を象徴するかのように無駄に豪華に飾り立てたあの悪趣味な屋敷です」
廃倉庫の屋上、街のはずれにあるこの場所からでもよく見える。高台に建つ豪華絢爛な屋敷。飾り彫りや宝飾品などが外観のそこかしかこにちりばめられ、屋敷を囲っている塀にまで余計な装飾を施している。
権力者たるもの、多少の自己主張は必要だとは思うが、屋敷の様子を見るからに、あれは明らかに過剰と言わざるを得ない。
「作戦はありますか?」
「正面から突っ込んで殺す、と言いたいところだけどな。今回は搦手を使っていく」
『なんかめんどくさそうだけど、お前がまた危ない顔しているから面白いってことだけはわかった』
さぁ、クジョウを支配するトップ。知恵比べと行こうじゃないか。もっとも、俺の知恵比べには武力も相当に関係するけどな。
◇
真夜中であっても屋敷の中は眠りにつくことはない。
ただでさえトップという立場は多かれ少なかれ敵を作る。加えてやっていることを考えれば、命を狙う者など星の数ほど存在しているのだ。
だから夜であっても屋敷の警備を減らすわけにはいかない。外壁の警備も、屋敷内の警備も日中と遜色ない数が必要となる。
しかもこの規模の屋敷なのだ。その他の仕事もいくらでもあるため、やはりたくさんの人が働いているのだ。
交代制とはいえ、屋敷内で働ける者には限りがある。信頼出来る者、もしくは自分に逆らえない理由がある者でなければ屋敷には入れられないからだ。
そうなると必然的にその人数は減り、仕事のシフトは増えていく。交代により休める時間は減り不満とストレスが溜まっていく。
時間経過とともに溜まる不満はいつだって爆発寸前。表向きにはこの街が回っているように見えるのは、はっきりいえばクジョウのトップの後ろに見え隠れするリッチモンド伯爵の影響力が非常に大きいのである。
「私であればこの労働環境を改善することを約束します。給金、休日、待遇、すべてを変えて見せましょう」
「ですが、リッチモンド伯爵が黙っているとはとても……」
「北部地方は、いえ、リッチモンド伯爵はやりすぎました。東、西、そして南部地方の全てが伯爵と戦います。あなた方を見捨てることはありません」
シュライデンの熱弁が屋敷の執事長の心を揺さぶっていく。表情を見ればわかる。気持ちはシュライデンの提案に乗りたいが、リッチモンド伯爵への恐怖が心を縛っているのだ。
クソ野郎なのは間違いないが、恐怖政治という人心掌握術は大したものだ。そこだけは素直に認めてやろう。
「証拠をお見せしましょうか」
迷いを振り切ることのできない執事長にシュライデンが静かに語りかけた。
「キョウスケさん。お願いします」
シュライデンの呼びかけに、俺は執事長の目の前に一抱えの包みを置いた。
「開けてください」
促されるままに、おそるおそる包みをとく執事長。ゆっくりと結び目を解かれた包みの中身が、揺らめくランプの淡い光に照らされていく。
「こ、これは……!?」
「私たちは本気です。実行するだけの武力もあります。どうかお願いします。私はこの国を本気でよくしたいんです。それにはあなたの協力が必要なんです」
「……。わかりました。ですが一つだけ約束して下さい」
「聞かせてください」
「月並みな願いです。私だけでなく、この屋敷で働く他の者、そして私の家族、全てを守ってください。この老いぼれの命は最後で構いません。どうかよろしくお願いいたします」
執事長の願いに、シュライデンは力強く頷いたのだった。
その光景を見て俺は一人ほくそ笑む。手を握り合うシュライデンと執事長の間に置かれた包みから覗くのは恐怖にひきつった顔。
この屋敷の中でも一握りの物しか知らないはずの拷問官、しかもそのトップの首だ。
相手が恐怖で人を縛るのであれば、こちらも同じ方法で応じよう。しかも恐怖に甘い蜜を添えてな。
さぁ、一体どっちの方が魅力的だろうな。
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