第31話 世界の謎とエリザの告白
第31話~世界の謎とエリザの告白~
洞窟を出て山道を下り、ゴウロン山の麓の宿に辿り着いたのは、山に入ってから丸四日が経った頃だった。
最も行程の大半は往路の時間で、帰りはグローインとアリスが気を失っていて、エリザが抱えて歩いてきたので半分以下の時間しかかかっていないのだが、それは言わぬが華だろう。
「さてと、エリザ。聞いてもいいか?」
「ふむ、儂に応えられることならなんでも答えるぞ?」
未だ目覚めないグローインとアリスは別室に寝かせているので、この部屋にいるのは俺、カナデ、エリザに加えてスルトの4人だ。
誰もが人間のカテゴリーから外れているという事実は置いておくが、多かれ少なかれここにいる人物は互いの正体なり事情を知っている。
だからこそ聞いておかなければならなかった。俺がこの世界にいる経緯を知り、かつこの世界のことを多分この中で一番知っているであろう奴に。
「神っていったい何なんだよ」
神。それは信仰に対象であり、宗教上の偶像。それが俺の神という存在に対する印象だ。
もちろん元の世界であっても神については様々な見解があり、一番スケールの大きいものでは、俺達が住む世界自体を創生したと言われるほどの大きさだ。
こんなことを言えば、それこそ多方面に怒られそうだが、俺は神など全く信じてなどいない。もとから宗教などの信仰の薄い日本人だということもあるが、そもそも誰も見たことがなく、その上科学の常識からも外れる存在など信じられるはずもないのだ。
それにだ。もし神と言われる存在がいて、どこかの宗教の言う通り悪しきを裁くというのであれば、俺はあんな思いをし続けるはずはなかったはずだ。
あそこまで絶望に突き落とされる前に、きっと掬い上げてもらえたはずなのだ。
だけどそんなことはなく、俺は俺の力でしか状況を変えることは出来なかった。一歩間違えれば死んでいたかもしれない人生。そんな人生を過ごしてきたというのに、神など信じられるはずはない。むしろ憎しみの対象でもあるくらいなのだ。
「この世界に召喚された時、シルビアス王国の王女は確かに神の言葉に従い俺達を召喚したと言っていた。この世界には神はほんとに存在するのか。どうなんだエリザ?」
俺はエリザに問う。
伝説の魔物と言われたスルトは神を知っていた。そのスルトをエリザは知っている。だとすれば神をエリザが知らないわけはないとう簡単な理屈だ。
「簡単な話じゃ。神とはこの世界の基礎を作った者じゃ。空を作り、大地を作り、海を作った。そして生きとし生けるもの全てを作った者じゃな」
「ふざけてるわけじゃないよな?」
「無論じゃな。むしろなぜふざけてると思うのかそっちの方がわからんのじゃが?」
エリザの答えに淀みはないし、ふざけている様子も見られない。それはつまりエリザの言う通りこの世界には神という、万能の存在がいるということとなってしまう。
「儂がこの世界に生まれた時、まだ世界は非常に不安定での。人間をはじめ、魔族、亜人族、そして魔物が世界中至る所で争っておったんじゃ」
それは一体どれほど昔の話なのかは分からないが、今のこの世界の様子を見るにそこまで大きな争いが起こっているとは思えない。
もっとも俺自身、この世界の全てを知っているわけではないから、どこかでは戦争のような争いが起こっているのかもしれない。
「各々の種族は日夜争い、世界は血にまみれておった。もはや争いの原因すらも誰も覚えてなどいない。それでも誰もが誰かを憎み、そして殺しておったのじゃ」
「それはなんとも……。まるで世紀末じゃないですか。世界が核の炎に包まれちゃいますね」
「お前はどうしてそう緊張感がないんだよ……」
カナデのどこかずれた発言は置いておくが、それでも確かにその通りだろう。全世界が戦争を起こし、そしてそれを止める術がない。世界の終末とはまさにそういうことなのかもしれない。
「神は憂いた。争いを辞めぬ全ての生き物に。せっかく自分が与えたすばらしき世界で満足することができず、他の誰かから何かを奪うことで充足感を得ようとする何もかもに」
神とやらがいかなる理由でこの世界を創造したのかわからない。というかそもそも神とやらが本当にそんなことが出来る存在なのかも未だに信じるのは難しい。
だが仮にそれが出来だとして、それなのに自分の作り出した存在が互いに争うことをやめようとしなければ、その時神とやらはどうしようと思うだろうか。
「それでお前たちに暴れるように命じたってわけか」
『そういうこと。好きなだけ暴れ、そして蹂躙しろ。それが神が私たちに与えた命ってわけ』
「神は言った。『全てを殺しつくせ。その上で生き残ったのならきっと、その命には意味がある』とな」
事前に聞いていたスルトの証言と、今のエリザの話を聞いていれば、その答えに辿り着くのは容易に想像ができた。
神にしてはどこか人間臭い気もするが、自身の作った箱庭でそんなことになってしまえば、神と言えどもそう思うのも仕方がなかったのかもしれない。
「伝説の魔物は儂とスルトを含め全員で7柱。その内の6柱が神の命に従ったんじゃ」
「エリザさんは従わなかったんですか?」
『こいつは直前になって逃げだしたんだ!!私たち全員で暴れようと決めたその日にこいつはこなかったんだよ!!』
スルトがそう叫ぶ。土偶が浮かびながらギャーギャーわめくというのは、いささかシュールな光景だが、今はそれよりもその話の内容の方が重要だ。
神の命に従い、伝説の魔物達がこの世界の全てを蹂躙しつくしそうとしたその時に、エリザはその場にいなかった。スルトと会った時の険悪さから考えても、ここでスルトが嘘をついているとは考えにくいだろう。
「なんで行かなかったんだ?神の命だったんだろ?」
『答えろよ!結局私たちはその後全員が封印された。お前だけが封印されずに今日まで生きて来たんだ!!なんで約束の場所に来なかったんだ!!納得のいく答えを聞かせろよ!!』
怒鳴ることを辞めないスルトだが、その気持ちは分からなくもない。今までの話が全て本当だと仮定すれば、エリザのしたことは紛れもない裏切り行為だ。
他の6柱が命に応じたというのに、エリザはそうはしなかった。動いた方にしてみれば怒るのも無理はないという物だ。
「エリザさん?」
カナデがエリザに問う。スルトが今にも飛び掛からん雰囲気を纏いながらエリザの答えを待つ。俺もまた、目を閉じ何かを考えるようなしぐさを見せるエリザの答えを待った。
「納得できなかったんじゃよ」
沈黙を解いたエリザの答え。それは意外なものだった。
「のうスルト。お主は神の命に何も感じなかったのかの?すべとを殺せと、そう命じられたことに違和感はなかったかの?」
『違和感……?そんなもの……』
「なかったんじゃろうのう。他の奴らも全員がそんな感じじゃった。全てを殺し、蹂躙せよという命に誰もが戸惑いなく承諾したんじゃ。あの、ヘルまでもがじゃ。お主はこれを聞いてもおかしいとは思わんか?」
『それは……』
エリザの問いにスルトが答えることが出来ずに口ごもる。おそらくだが、そのヘルという伝説の魔物は、戦いをあまり好むタイプではなかったのではないだろうか。
しかしその魔物までもがなんの拒否もなく従った。確かにおかしな話と言えばおかしな話だ。
「儂は思ったんじゃ。何かがおかしいと。そして推測した。もし神の命が何か作為的なものなのかもしれないと。そしてさらに邪推した。そもそもあらゆる種族の争いすらも、仕組まれたことではないのかと」
『何を馬鹿な!!そんなことあるわけないだろ!!あの時は全部の生き物が憎み合って殺し合ってたんだ!それこそ誰もそれを否とは思わないほどに……さ……』
「そうじゃ。誰もが憎み合っていた。自分で言って気づいたかの?誰もが憎み合う世界?殺しに忌避感を誰も覚えない世界?そんなことがあるとお主は本当に思うのかの?」
エリザの疑問。その真意が見えて来た。
人の感情とは千差万別であり、親、兄弟、という血縁関係のあるものでも一人として共通の思考をしている者などいない。
それが自分自身に害をなす状況であるならなおさらだ。世界中で戦争が起こった世の中。誰もが明日には死ぬかもしれないという世紀末。
そんな状況の中で、どうして誰一人として争いを辞めようと声を上げるものがいなかったのか。
弾圧されたから、小規模だったから。いろんな意見があるかもしれないがそれは地球の歴史から考えてもありえない。
どんなに強大な力を持つ国や人物であろうが、必ずそこに立ち向かう者が現れた。
長く太平を保ち続けた江戸時代ですら、最後には維新を目座す維新獅子たちに敗れ去ったのだ。そんな事実は世界中の革命や一揆といった歴史が証明している。
「だから儂は参加しなかったんじゃ。明らかにおかしい命にどうしても納得できなかったからの」
『だからって……!?』
自身も違和感を覚えるが、エリザの意見を簡単に認めるわけにはいかない。
葛藤の狭間の中で、スルトが反論をしようとした時だった。
「お客さん!!今すぐ逃げてください!!魔物が、魔物が来たんです!!しかも山のように!!」
部屋の外から聞こえる宿の店主の声に、俺達の話は一時的に中断されたのだった。
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