ゼロ課狂想曲

戯言遣いの偽物

file1.『二重なる消滅』

~1・無重力な憧憬~

男が暗い夜道を歩いていた。

スーツを少し着崩し、フラフラと歩いている。


(あぁ・・・疲れた・・・帰って寝よ・・・)


そんな疲れ切った男が考えていると、

ブゥゥゥゥン

と音がした。プロペラ機の羽の音でもない気味の悪い音。


(なんだぁ?今の音。)


キョロキョロするがわからなかったのか、男は右手で頭を掻こうとしたが感触がない。


「・・・は?」


右手を下ろし、見た。するとどんどん男の顔から血が引けていく。

右手が、正確に言うならば右腕の肘から先が綺麗さっぱり消えていたのだ。


「・・・ギ・・・!」


ブゥゥゥゥン!

彼が叫ぶ前にまたあの音がして、彼は左腕の肘から先を残してこの世から消滅した。



ここは非科学オカルトと科学サイエンスが混じり合った未来の東京。

数十年前、国連が出したオカルト的存在を認める声明、通称『ワルプルギス声明』によって、世界は大きく変わった。

魔術などの技術が表に出て広がり、科学サイドも負けじと進化を遂げた。

結果、街は人間とロボットと人外で溢れかえり、隣の人間が『超能力者』というのはザラである。

そんな混沌を極めたような雑踏の間を縫い、萱町縁かやまちゆかりはルンルン気分で歩いていた。黒髪のショートボブ、ズボン型のスーツに真新しいスニーカー、少し大きめのリュックサックを背負っている。彼女は憧れていた職業についになることができたのである。


(やっと掴んだ夢だ!・・・しっかり頑張らないと!)


そんな気合の入った一歩は空を切って踏み外した。


(あ・・・)


彼女の体は30センチほど浮かび上がっていた。


(あらら・・・調整忘れてた・・・)


実は縁も『超能力者』の類である。能力は『重力を操る』。ただし、時たま感情が昂ると浮いてしまったり地面にヒビを入れてしまったりする。幸い、世界は『超能力者』に対して好意的で、政府に申請すれば対策をしてもらえるのだ。縁は特殊な靴(縁自身には構造はよくわからない)をもらい、使っている。しかし彼女は頻繁に起動させ忘れてしまう。

縁は慌てて腕部につけたデバイスを操作し起動させ、なんとか地上に降りた。


(ふぅ・・・危なかった・・・)


縁が一息ついている間も、周りに奇異の目はない。『超能力者』はただの『日常』と化したのである。


(もう・・・気をつけないと・・・)


何度目かわからないほどした反省をし、またさっきのように心を躍らせながら職場へ向かう。

数分後、縁はあるビルの前に立っていた。


「ここ・・・だよね?看板?もあるけど・・・」


デバイスに表示させたナビと周りを見て不安そうに呟く。


「ま、間違えてたら謝れば大丈夫だよね!」


と割り切り、そのビルに入る。

その壁に掛けてあった金属の看板にはこうあった。

警察庁刑事部捜査ゼロ



零課は元々都市伝説としてまことしやかに語られてきた秘密の部署である。『ワルプルギス宣言』により、表立って動けるようになったようだ。武器の使用が全面的に認められ、治安を守るため日々活動する者が集まっている。

縁は5年前に事件に逢い、そこでゼロ課の人間に助けてもらった経験がある。その時、縁はゼロ課になんとしてでも入ると決めたのだ。そしてその夢が実現して彼女はウキウキである。

そんな彼女がビルの広いエントランスに入ると、その先に男がいた。

背は縁より少し低いくらい。年齢は40〜50くらいだろうか。白髪混じりの髪をきれいに整え、鼈甲べっこうのような色のメガネをかけていた。


「待っていましたよ。萱町さん。」


「あ・・・あなたは!!」


縁は彼を知っていた。テレビで見たことがある。


「零課の課長さんの藪内刃やぶうちじんさんだ!!本物だ!!」


藪内刃。心を覗き、読み取る能力を使って数々の事件を解決に導いた有名人である。今は現場での活動ではなく全体の指揮を取る方で活躍している。


「ふふふ、楽しそうでなにより。」


「夢じゃない・・・!・・・あれ?新入の人って私だけじゃありませんよね?」


「えぇ、あなた一人ですよ。そもそも戦闘系職員を希望したのが少なかったですし、その中でも選考でほとんどが落ちて受かった人もドタキャンしたりの部署に引き抜かれたりして困っていたのですよ。萱町さんだけでも来てくれて本当によかったですよ。」


「え・・・そんな引き抜きとかあるのですか・・・?」


「ありますよ。どこもかしこも人員は欲しいですからね。零課もカツカツだっていうのにね。あぁすみません。こちらの話です。」


藪内はにっこりと笑う。それを見ているとよくいる好々爺のようだ。


「しかし、あなたは優秀でしたよ。銃の使い方も、体術も、筆記も出来は良かったですよ。有能な人になりますよ。」


「いやぁそんなぁ。ありがとうございます!」


と、縁は顔をにやけさせ、その黒髪をわしゃわしゃと掻く。


「さて、それじゃ行きますか。付いてきてください。」


「はい!」


と、縁は元気よく返事した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る