ー 7 ー【特別公開】【試し読み】「このあと滅茶苦茶ラブコメした」


 1


 教室に入ると、シフォンがまた儚げな表情で窓の外を眺めていた。

 マスコット的な愛され方をしているシフォンは友達も多く、女子達と一緒に行動している事がほとんどだが、朝のこの時間帯だけはいつも席について、一人で過ごしている。


「おっす。シフォン」

 声をかけると、シフォンが俺の存在に気付く。


「おはよう大我。いきなりだけど私が好きな筋肉は、筋なの」

「……なんて?」

「神様の紋章が活躍する筋肉で神紋こうもん活躍筋」


 もう一回聞いてもさっぱり分からなかった。

「どう? 今のはミステリアスだった?」

 ああ、今日はそういう方向なのか……


 どうやらシフォンが目指す所は『クール』のみではないらしく、その時々によって『ミステリアス』だったり『エレガント』だったり、『スマート』だったりと様々だ。


 ただ、問題なのは――


「よく分からない謎の筋肉をこよなく愛する……そう、私はミステリアスな女」

「シフォン……お前それ、ちゃんと調べてから言ってるのか?」

「ううん。ラジオで聴いて、なんとなく謎っぽいから使ってみた」

 俺は、スマホの検索画面をシフォンに見せつける。


「それ多分筋の間違いだぞ……ケツの穴の筋肉だな」

「っ!?」


 その目が驚愕に見開かれ、そして――

「ブ、ブラックホールってミステリアスだよね?」

「いや、ごまかそうとしてより下品な表現になってるからなお前……」

「っ……あう……」


 俺に指摘され、羞恥に顔を赤くするシフォン。

 ――そう、問題なのは、目指しているのがみな本人と対極に位置する属性だという事だ。


 どう考えても中身は『キュート』とか『ポンコツ』とかそっち系統なんだよなあ……


「うう……コツコツ築きあげてきた『窓際のミステリアス少女』のイメージが……」

 そんな理由で毎日外を見てたのか……一ミリたりとも積み上がってないから即刻やめた方がいいですよ。


「大我見て、気を取り直してミステリアスチャレンジ」

 そう宣言すると、シフォンは教室の床に仰向むけに寝そべって、妙なポーズを取った。

「……なんだこれ?」

「ごめん大我。私は今、死体の役をやっているから話しかけないでほしい」

 死体だったのか……


「「………………………」」


 言われた通り、俺は黙る。死体のつもりらしいシフォンも、当然喋らない。


「「………………………」」

「…………やっぱり寂しいから話しかけてほしい」

 なんなんだよ一体……

「で、これのどこがミステリアスなんだ?」

「妖艶な女性が、主人公に意味ありげなセリフを残して、その夜に殺されてしまった所。謎が謎を呼ぶミステリアスな変死体」

「いや、だったら白目はやめろよ……それ変死体じゃなくて変な顔した死体だからな

 ……」

「がーん」

 シフォンはマンガみたいな擬音を発し、唸りながら立ち上がる。

「むむ……ミステリアスへの道はかくも厳しいのである」

 厳しいというかその道は完全封鎖されてる気がするがな……

 

 ――って、こんないつも通りにじゃれてる場合じゃないな。今日は確認しなきゃいけない事があるんだった。

「なあシフォン、昨日から今日にかけて、何か変わった事はなかったか?」

 ピュアリィによれば、シフォンには『ラブコメ魔法』を発動させてしまう才能(?)があり、それは早ければ今日中にも……との事だった。


「変わった事? 家で変死体の練習してたらママがちょっと引いてた事かな」

「うん……それは変わった事じゃなくて、極めて正常な反応だな」


 ママさんはシフォンと違い、普通の感覚を持った人らしい。

「変だよね、パパは親指立てて『グッド』って言ってくれたのに」


 パパさんはシフォンと同じで、普通の感覚を持たない人らしい。


「いや、そういう変じゃなくてもっとこう、物理的にありえ――」

「おい、聞いたぞ赤城。昨日、階段から落ちそうになったシフォンちゃんを助けたらしいじゃんか」


 そこで、クラスメイトの声が割り込んできた。

「ああ、田中。そんな大袈裟なもんじゃない。たまたま下にいただけだよ」

「またまたー。そんな事言っちゃって。赤城っちなんか格好よかったらしいじゃん」


 佐藤も会話に入ってきて、それを皮切りにどんどん人が集まり出した。


「え? なになに?」「赤城が大怪我がするとこだったシフォンさんを助けたんだって。しかも階途中の不安定な足場で受け止めて」「マジかよ。まあ大我の運動神経ハンパねえかんな」「うんうん。まあこれでラブコメラブコメ言い出さなきゃかっこいいんだけどねー」


 う……なんだか大事になってしまった。ほんとにあれはたまたまだし、そんなに褒めてもらうような事じゃ――

「あ、それで思い出した」


 そこでシフォンがぽん、と手を打った。



「あった。不思議な事。昨日のその時に、大我が私のパンツ握ってた」



「「「「「「「……………え?」」」」」」」


 ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!


 さっきまで俺を賞賛していたクラスメイト達の表情が、一瞬にして凍りついた。

「ま、待て! 待て待て待て! 間違い! あれは何かの間違いだ!」

「間違い?……って事は、赤城っちがパンツ握ってた事自体はマジなわけ?」

「ち、違う! そうじゃない! お、おいシフォン! ちゃんと説明してくれ!」

「………………………………………あう」


 なんで今更恥ずかしがってんだ! 周りでみんな聞いてるって、言う前に気付けよ! 

 ポンコツにも程があるだろ!


 そして、シフォンのこの反応は周りから見れば――


「ねえ……これって……」「ああ……クロ確定だな」

 や、ヤバい……これは……これはシャレにならんぞ!

 俺が学生生活の終わりを覚悟した瞬間――

「……待って、みんな」


 そ、そうだシフォン、ちゃんと誤解を解いてくれ!


「ごめん。言い間違った。ほんとは私のじゃなくて、大我は自分のパンツ握ってた」


 ふう……助かっ――いや助かってねえよ! ある意味そっちの方がやべえじゃねえか!

 だ、駄目だシフォンのヤツ、全然回復してないぞ。完全にテンパってる。


「あ、赤城っち……?」「お前の好きなラブコメ主人公でも学校でパンツは脱がねえぞ」

「ち、違っ……誤解。みんなこれは誤解――」


「ご、ごめん。また言い間違った。大我は私のでもなく、自分のでもなく……あわ……あわあわ……そ、そうだ。自分のお母さんのパンツ握ってた」

「お前もう喋んなああああああああっ!」


 2


「はああああああ……」

 あ、朝はマジで死ぬかと思った。

 昼休み。俺は裏庭のベンチで一人、弁当をつまんでいた。

 ――あの後、結局誤解は解けた。

 俺がパン咥えてる女の子が好きだ、という話をしたから、頭の中で混同してしまい、それとパンツを言い間違ったという事でなんとか押し通した。普通ならかなり苦しいが、シフォンならそれもありえるか、という事でみんな納得し、俺の潔白は証明された。


 いつもなら男子連中と一緒に食べるんだが、今日はほぼ人通りがないこの場所で一人で頭を冷やしたかった。

「しかし、『ラブコメ魔法』が出かかっただけであんな事になるとは……これで本チャンが発動したら――」



「しますよ、そろそろ」

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【試し読み】『このあと滅茶苦茶ラブコメした 本当はあなたのこと大好きだけど、絶対バレてるわけないよね!!』 春日部タケル @tkasukabe

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