冬の運河

 三人はその場にしゃがんで、細く静かに呼吸した。耳をそばだてると、聞こえてくるのは間違いなく足音だったし、明らかに倉庫に近づいてきていた。ゆったりとした、しかし確かな足取りだ。落ち着いていながら、警戒を怠っていない。

「武装してるね。ラメラーアーマーかな。かちゃかちゃうるさいから」

 冒険者ギルドの窓口に座り、ありとあらゆる装備を見てきたアーシェラの言葉だ。テルマとルイーズは素直に受け入れた。

「けっ、警備員ってことっスかね」

「ヴァージニアは?」

「うまく隠れてるんだろうね。どうする? 今ならまだ、扉の外に逃げられると思う」

 アーシェラが問うと、ふたりの反応は対照的なものだった。

「そりゃ、逃げるべきっスよね。ヴァージニアには悪いっスけど」

「いや待って、一緒にやろうっつったしウチら」

「勝てるんスか? 相手、きっと男っスよ」

 ふたりが再びにらみ合い、足音がゆっくりと迫ってくる。

「分かった、まず逃げよう。ほら、ルイーズ」

 アーシェラは即断し、ルイーズの手を取った。

「やだ!」

 ルイーズはアーシェラの手を振り切った。アーシェラは大砲から打ち出されたような勢いで吹っ飛び、壁に激突した。

「え?」

 純粋な疑問符を口から吐き出した後、遅れて激痛がやってきた。アーシェラは背を反らして床を転げまわった。

「うわ」

 テルマは、やると思ってたしやっぱりやったわこいつ。の目をルイーズに向けた。

「ちがっ!」

 ルイーズは弁解するように腕を持ち上げ、その肘が棚を打った。すると、肘鉄をもらった棚はうめくような軋み音を立て、ゆっくりと奥に向かって倒れはじめた。

「あっ、ああああ……」

 体中の空気を吐き出して、しぼんでいくような力ないうめきだった。ルイーズは目に涙をため、その場に尻もちをついた。倒れた棚が次の棚を倒し、埃が立ち込め、アーティファクトが散らばった。

「誰だっ!」

 部屋の奥、深い闇から男の罵声が飛び出して、彼女らの心に重くのしかかった。その間にも、すさまじい音を立てながらどんどん棚が倒れていった。アーシェラはのたうちまわり、ルイーズは泣きながらなにかに対して謝りつづけ、テルマは天井を見上げて心を遠くに持っていった。

「うわあああああ!」

 悲鳴と、金属がぶつかりあう音。一列まるごと倒れ尽くした先に、どうやら男がいたようだった。気の毒な警備員は棚に押しつぶされたらしい。

「ルイーズ! 逃げるんスよ!」

 テルマはぐったりするアーシェラを持ち上げようとしながら叫んだ。ルイーズは未だ混乱のただなかにあった。アーシェラごとテルマを抱え上げ、隣の棚の列の後ろめがけ、横っ跳びに飛んだのだ。これが端的に何を意味するかといえば、出口から離れたことになる。

「はぁああああ!? なにっ、な、は? はあ!?」

 テルマは絶叫した。

「あああああ!」

 ルイーズは答えた。

「ちょ、ほんっ、なっなっ、は? は? なに、え? なんで? なに考えてるんスか!」

「ごっごめんなさい、ごめんなさい!」

 棚に背をつけてしゃがんだルイーズは、めいっぱい猫背になってがたがた震えていた。

「ふざけやがって! 確実に殺してやるからな!」

「ひっぐっ、ひぐっ、ひぐっ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

「や、今のは私じゃないっスけど……やばっ!」

「いいかクソ野郎! 首を刎ねてだな、テメエの気管とブタをファックさせてやる! それがテメエの運命だ!」

 棚に押しつぶされた警備員は、元気に立ち上がったらしい。語彙の限りに罵倒を尽くしている。だが、声の発信源は動いていない。こちらの出方を伺っているのだ。言葉の粗暴さほど短慮な性格ではない。

「ああもう、最悪っス、なんで私ばっかり、あああ!」

 テルマは頭を掻きむしり、むきだしの苛立ちをばらまくように怒鳴った。

「よし、そこまで」

 アーシェラが、テルマのローブの裾を掴んで引っ張った。テルマはその場に尻もちをついた。

「あいたたた……やっと息できるようになった」

 アーシェラが腕立ての要領で上体を持ち上げ、正座の格好になる。三人の目線が同じ高さになる。

「こういうの、呑んでる時に言っとくべきだと思ったんだけどさ」

 低く穏やかな声で、アーシェラは言葉を切り出した。

「いいか! そっちが出てこねえならだな、俺はもっと無慈悲なやり方を幾つも知ってるんだってことを教えてやるからな!」

 男の下品なだみ声に遮られ、アーシェラはちょっと苦笑した。

「みんながまんしてるから、がまんしてないように見える人のことがむかつくんだよね。ほんとはそれぞれがまんしてるのに、他の人のがまんが見えないんだ。でしょ?」

「は? それ、今する話っスか?」

「テルマ。むずかしい言葉で早口でしゃべっていいよ。あたし、分かんなかったら教えてっていうから」

 アーシェラの言葉に、テルマは一発で言葉を失った。

「わたしたちにも分かるよう、簡単に言おうとしてくれてるんだよね。だから、どもっちゃう。だからイライラして、ほかの人がばかに見えちゃう。ばかだなって思ってる相手がばかなことをすると、すごく腹が立つよね」

 無言になったテルマから、今度はルイーズに目を向ける。

「あっ、ご、ごめっ、ウチ……」

「ルイーズも。がまんしなくていいよ。力が強いって、すごいことなんだから」

「へっ?」

 謝るために開いた口から、間の抜けた短音が転がり落ちた。ルイーズは完全無欠にあぜんとした。

「ちょっと力をこめると人が飛ぶし、力を抜きすぎると揚げ物も持ち上げられない。それなのに、周りはみんなルイーズのことを不器用ってばかにする。それでずっと怒られてきたから、人にわーって言われると自分を守らなきゃって思って、すぐ怒鳴り返したり、謝っちゃったりするんじゃない?」

 ルイーズは痙攣したみたいに何度もうなずいた。体を力いっぱい前傾させて、アーシェラの瞳をじいっと見た。アーシェラはにっこりした。

「悪いのはテルマとルイーズじゃない。ふたりのすごいところに気づかないでがまんさせてる、他の人たちなんだよ」

 テルマとルイーズは、顔を見合わせた。

 温風を浴びた雪のように、二人の間のわだかまりがゆっくりと溶解していく瞬間があった。

「分かった、出てこねえんだな! よし、殺されるまでそこで待ってろ、手間が少なくて済むってもんだぜ!」

 足音と、小札こざねの擦れる金属的で不吉な響き。無造作に転がるアーティファクトを蹴散らしながら、敵が迫っていた。

 先に立ち上がったのはテルマだった。ルイーズを見下ろして、立てた人差し指をくるっと回した。ルイーズは頷いた。

「アーシェラ、寝てていいから」

 ルイーズが、棚をぐるりと回り込むように歩き出した。

「転がってる内に終わらせるっスよ」

 テルマは、真正面から飛び出した。

 相手は帯刀したヒューマンだった。身の丈はテルマの二倍ほどある。アーシェラの言葉通り、金属片を束ねたラメラ―アーマーを身に着けている。

「あン? は? 女……?」

 男があっけにとられた一瞬の隙を、テルマは見逃さなかった。

「ちょうどよかったっス。今は何年っスか?」

「いや、え? は? なに?」

「答えて。とても重要な……ああ、私はテルマ。マナニア大学歴史学部魔法考古学科無文字魔法専攻っス」

 テルマは凄まじい早口で喋りながら、ローブから学生証を取り出して見せつけた。

「て、帝盛三十年」

「節は?」

「立春。東風解凍」

 いきなり降ってわいた権威に尻込みしたのか、男は素直に答えた。テルマはその場で拳をぐっと握り、飛び跳ねてみせた。

「やった! 実験は成功っス!」

「その、なに、ええと……」

「政府との合同プロジェクトっスよ」テルマは、先ほどくすねた礫質凝魔岩の宝珠を手にした。「マナニア・ダンジョンの時間遡行による資源再生プロジェクト。まだベンチスケールの段階っスけど、少なくとも宝珠によって時間遡行が可能であることは立証されたっス。マナニア経済を建て直すための――」

 ぽかんとして聞き入る男の背後に、ルイーズが立った。ガントレットが闇に鈍く輝く。テルマはにやりと笑った。

「せーのっ!」

 ルイーズが男を殴り飛ばすのと、テルマが魔法盾を眼前に出現させるのは、まったく同時だった。男は「ぶぐっ」みたいな声を上げて顔から盾に激突した。

 盾に血の跡を曳きながら男の体がずるずる滑り落ち、向こう一時間は起き上がれないだろう倒れ方でうつぶせになった。

 転がった男の体を挟んで、緊張と恐怖と達成感にぶるぶる震えながら、テルマとルイーズは見つめあった。

「うえーい!」

 ルイーズが抱き着こうとして、テルマはそれをひょいっとかわした。

「なんで! ハグしろ!」

「あほなんスか。ばかげたしくじりの後始末をしただけっスよ。これから、隠し財産を」

「見つけましたよ」

「うわあ!」

 ヴァージニアがすんっと現れ、テルマとルイーズは抱き合って跳びあがった。

「ずいぶん暴れたみたいですね。楽しかったですか?」

「すげー楽しかった!」

「二度とやらないっス」

 くすっと笑ったヴァージニアは、天井を指さした。

「やっぱり二階ですね。寝室の奥に金庫室が隠されてました。開けられませんでしたけど」

「アーティファクトよりお金って感じかあ。エステルらしいね」

 ルイーズにぶっとばされた衝撃から回復したアーシェラが、よたつきながら合流する。かくして四人は、寝室に向かった。


 天井に届く高さの書架に、本がぎっしり詰め込まれている。書物は床を侵食しながら部屋を這い進み、ベッドの脇に積み上がっていた。

「やべえ勉強家じゃん」

「大学を放校になったのがコンプレックスなんですよ。だから、読めもしない本で部屋を鎧うんです」

 ルイーズの感想に、ヴァージニアが冷たい声で応じた。

「ああ、なるほどっスね」、テルマは腹落ちの顔になった。「酔ってセックスするとき、私を組み伏せて言うんスよ。『下らない大学に通っていようと、お前は男の持ち物だ』。そういう日は金払いがよかったんスよね」

 テルマの言葉にヴァージニアとアーシェラは引きつり笑いを浮かべた。ルイーズだけはテルマに寄り添って頭を撫でようとし、蠅でも払うようにその手を跳ねのけられた。

「いや、なんでルイーズが傷つけられた顔をするんスか」

 手を払われたルイーズの表情を見て、テルマは呆れた。

「だって」

 その「だって」は、かなり感情がむきだしの「だって」だったので、テルマはそれ以上なにも言えず、指で頬をさすった。

「いやまあ、エステルって絶対やばい性癖持ってそうだしあんま驚かないけどね」

 テルマが冗談にしようとしているのが――それがどう見たって強がりだったとしても――分かったから、アーシェラも冗談っぽく言った。あのセックスは合意の上で、そういう契約で、一切合切承知の上でお互い臨んでいて、そんな風に考えていれば深くは傷つかずに済む。

「とにかく、今の問題はこれでしょ」

 本棚を横にずらして現れたものを、アーシェラはぴしゃっと叩いた。金庫室の入り口だった。分厚い金属の扉で、回転式のドアハンドルが異様にものものしい。

「材質はスチールっスけど、炭化汎魂繊維たんかはんこんせんいを塗布してるっスねこれ。ちょっとやそっとのことじゃ――」

 鐘を搗くような音がテルマの早口を遮った。ルイーズが、扉に一発くれてやったのだ。

「痛っ! 堅っ!」

 殴った拳を抑えて、ルイーズがわめいた。

「簡単にはけないっスよ。物理・魔法的衝撃を象徴界に逃がして――」

 轟音がテルマの早口を遮った。ルイーズが書架を片っ端からひっくり返しはじめたのだ。

「とうりゃ!」

 反省があったのか、闇化ガリウムⅣ-月鉛合金ガントレットで覆った右拳を、壁に叩きつける。砕けすぎた漆喰が粉塵となって部屋中に立ちこめ、四人はでたらめにむせた。

 塵埃が晴れると、スチールと炭化汎魂繊維の鈍い輝きがむきだしになった。周囲をがりがり掘り進んでいったところ、二メートル四方の金庫が、まるごと壁の中に埋め込まれていると分かった。

「困っちゃいましたねえ」

 ヴァージニアが、なるべく場を和ませるようなふわふわした口調を無理して作った。アーシェラは愛想笑いを浮かべた。

 周囲の壁をごっそりえぐり取られて、金庫室が柱のようにそそり立っている。もうだれも、この程度の破壊をいちいち咎めたりはしなかった。貴重なアーティファクトをいくつも破壊し、かっぱらい、警備員をぶちのめしてきたのだ。悪事は順調にスケールしていた。

「これごと持って行けちゃえばいいんだけどね」

 アーシェラが冗談を言った。

「それ、いいかもしれないっスよ」

 驚くべきことに、テルマが冗談に乗っかってきた。ちょっと嬉しくなったアーシェラは、更にカブせてなにか面白いことを言おうとし、

「礫質凝魔岩に込められた魔力を浮力に変換して、金庫室を周囲の空間ごと浮かせるんスよ。これなら炭化汎魂繊維を容易に運搬できる。アーシェラ、名案っス」

 テルマの早口に、オーケー、なにもかも分かっています。の顔で「まあね」と頷いた。さっそくテルマは、左手のステータスボードで魔法語を検索しながら、右手の杖で魔法陣を刻み始めた。

「それなら、夜の内に暗渠を抜けて海に出るのはどうでしょうか? 人目に付かない塩の荒野まで、とりあえず運んでいくんです」

「えっなに? ウチなんかできることある?」

「もちろんっスよ。とりあえず、そっちの壁を壊しましょう」

「分かりやす! まーかせろい!」

 ルイーズの右腕が、壁をぶち抜いた。壁を砕きながら奔った。解放感に、けらけらと笑いながら。

「けっきょく言う通りになっちゃったなあ」

 アーシェラはため息まじりに笑った。

「なにがですか?」

「ルイーズがさ。この家ぶっこわしちゃおうよって」

 ヴァージニアは声をあげて笑った。

「最高ですね」

 壁を一面失い、凍るような潮風が吹き込む中、テルマは集中して魔法陣を刻み続けた。彼女自身は盾以外の魔法を使えないが、優れたプロセッサがあれば――この場合は、宝珠ということになる――話は別だ。学部一年生レベルの魔法語を使った魔法陣ひとつで、礫質凝魔岩に込められた魔力を浮力に変換できる。

「よしっ」

 杖で魔法陣をノックする。浮かび上がった宝珠を、回転式のドアハンドルにねじ込む。

「さあ、これで担ぎ出せるはずっスよ」

「ウチちょっと掘るね、まわりの床」

「二階の床に向かって掘るって言葉使う人、世界ではじめてだと思う」

 骨を隠す犬のように床材を掻き出すルイーズを見て、アーシェラは言った。

 床をくりぬくと、天井に把持された金庫室は垂れ壁のようだった。それをルイーズが掴み、抜けかけた乳歯のようにぐらつかせながら引っぱる。するりと抜けるかと思えば、意外にも抵抗があった。

「ん? なんか引っかかってね?」

 ルイーズが、力任せに引きずり下ろそうとする。だが宝珠から生じた浮力がまずまず強く、結局は四人がかりで、

「せーのっ!」

 ベギベギベギ、と明らかに不吉な音を立てて、金庫室を引っこ抜くことに成功した。

「ねえ今の音なんかやばくない?」

 アーシェラが不安を口にすると、

「この金庫室、梁にくっついていたみたいですね」

 ヴァージニアが追い打ちをかけた。

「はは、分かんねー。なに? 梁がなんかしたらどうなんの?」

 ルイーズがへらへらすると、

「屋根が落ちてくるんスよ!」

 テルマが怒鳴った。

「やば!」

 四人は金庫を横倒しにし、地面から数センチ浮き上がっていることを確かめた。分厚い氷が砕けるような音のあと、天井が内側に大きくたわんだ。

「乗って! ウチがやる!」

 三人が金庫に飛び乗ったところで、ルイーズが金庫室の尻を思いっきり殴った。

「ルイーズ! 腕! 腕!」

 テルマが叫ぶ。ルイーズはガントレットから操作肢を伸ばし、金庫のハンドルに巻きつけた。ダークエルフの身体が三人乗りの金属ボブスレーに引っ張られて部屋を飛び出すのと、天井が崩落するのは、まったく同時だった。

 金庫室は、ルイーズをはためかせながらしばし空中を浮遊した。エステル邸の二階部分が崩壊していく。傾いだ屋根をテラコッタの瓦が滑り、水柱をあげながら運河に落ちていく。塵埃が立ちこめ、泡を食った豚の鳴き声が響き渡る。

「だいじょうぶ!?」

 アーシェラがルイーズの体を引っ張り上げる。ルイーズは物言わず、後ろを向いて吐いた。さっき食べたものと呑んだものが、月明かりにきらきらしながら宙を舞った。

 自由落下をはじめた金庫室は、第三運河のとある施設めがけて放物線を描いた。

「うわわわわわギルドあれギルド!」

 アーシェラは叫んだ。突入予定の建物は、見慣れた冒険者ギルドだった。窓からは灯りが漏れている。数少ない正規職員男性が、終わらぬ事務処理に追われ残業しているのだ。

「荷重! 後ろ!」

 テルマが単語で叫び、全員指示に従って金庫室の後ろに移った。重心が変わり、金庫室は屋根とほとんど水平になって落下する。

「ひいいい! お願いしますううう!」

 わずかなとっかかりにかけた指先に全力を込め、アーシェラは何かに向けて必死でお願いした。重力加速度は個人の祈りにいっさい耳を貸さず、屋根めがけての加速を続けた。

 金庫室が瓦の上に、すん。みたいな感じで着地した。

 そして傾斜をゆっくりと昇りはじめた。

「え?」

 屋根をぶちぬくものだと思っていた四人は一瞬あっけに取られ、

「うわああああ!」

 棟を乗り越えた下りの斜面で急加速した金庫室に、絶叫しながらしがみついた。

 四人を運ぶ金属浮遊橇は運河めがけて垂直落下した。高々と水柱が上がり、四人は金庫室ごと極寒の水中に没した。

 波紋が消えるほどの時間が経ち、無人の金庫がぷかりと浮き上がった。しばらく浮きつ沈みつしながら海めがけて押し流されていたが、やがてがたがた揺れはじめ、ぐるっと反転すると、びしょぬれの四人が死んだような顔でへばりついていた。

「寒っ寒っ死ぬっ」

 ルイーズがうめいた。

「めっちゃ右だけ鼻水出てくるんだけど」

 アーシェラはびしょびしょの服で顔をぬぐった。

「とっとりあえずっくしゅん!」、歯の根の合わないまま、ヴァージニアが口を開いた。「海に出て、西に向かって、塩の荒野に」

 四人は真冬の冷水に手足を突っ込んで漕ぎ出した。

 かくして怒れる四人の復讐者は無事に本懐を遂げたわけだが、その達成感は、単純に死ぬほど寒いしめちゃくちゃ鼻水が出て不快すぎる事実にたやすく塗り潰されていた。

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