領主様失踪事件1
「まず、状況を整理しましょう。昼間、俺が荷造りしている間に、ノキは外出したんですね?」
椅子に座ったマリアと向かい合い、サミュエルが問いかける。
こくり、頷く自動人形は、今にも泣き出してしまいそうなほど、不安に満ちた顔をしていた。
「いつもの見回りだと言っていたわ。お夕飯には戻ると言い残して、いつものように自転車に乗って、町へ向かったの」
「誰かに会うとかは、言ってませんでしたか?」
「いいえ……」
静かに首を横に振るマリアに、少年が神妙な顔をする。
黙々と開店準備を進めていたゲーテが、静かに口をはさんだ。
「領主様に、変わった様子は見られませんでしたか?」
「いいえ、いつも通りでしたわ……」
「朝の様子だけですけど、ノキ、とってもネイチャーにナチュラルに、普段通りおっとりしてましたよ」
「『あるある』口調が完全に似非だって、もろバレじゃん」
うさんくさい眼鏡を失って以来、キャラ設定がブレブレな領主を、エリアスが指摘する。
ふむ。顎をさすり、ゲーテは口を開いた。
「では、誰かから、何かをもらったりは?」
「知り合いからの手紙が3通届いていました。でも、どれも遠方の人たちからで、返事も俺が郵便局まで届けています」
「そうか……」
朝に開封した、自動人形の整備技師であるモニカとモーリッツからの手紙と、ダグラス卿の一人娘テレジアと、使用人ユーリからの手紙。
それらを思い返したサミュエルが、ゆるく首を横に振る。
思案気に口をつぐみ、ゲーテの手許の速度が上がった。
父親の荒れ狂う内情を察したひとり息子が、静かに手をあげる。
「なあ。マリアさんのその『生体反応探知機』とやらが、上手く機能してないとかは?」
「可能性は低いですわ。マエストロ監修の元、モニカさんとモーリッツさんに、
否定するマリアに、うーん、一同がうなる。
メイドが顔を上げ、真っすぐサミュエルを見据えた。
「それに、こうしてサミュさんを見つけることができたもの」
「……あ、はい」
つまるところ、マリアはサミュエルの元まで、彼の生体反応を辿って探り当てたらしい。
――暗殺者に、命を狙われてる気分だ。
顔色を悪くさせた少年が、密かに腕をさすった。
「じゃあ、生体反応がないってことは、最悪、死――」
「エリアス! 滅多なこというなよ!!」
「わりぃって! でも、最悪の状況は想定しておいた方がいいだろ!?」
一層暗くなった空気に、若人ふたりが荒立つ。
きゅっと唇を噛みしめるマリアへ、ゲーテは問いかけた。
「マリアさん。その探索が機能しないときというのは、どういう状況でしょうか?」
「……ひとつは、城壁のような、内部構造が複雑に入り組んでいる場所にいるとき。ただこれは、正確な位置が把握できないだけで、対象の感知自体はできますの」
一階にいるのか、二階にいるのか、階層が読めませんの。マリアが答える。
「ふたつ。距離が離れると、感知できませんわ。……具体的な数字は、城壁を越えた5キロメートルを境界」
「ここから5キロって、森か荒地ですよ。街にもたどり着けません」
「みっつ。……これは考えられにくいことなのですが、馬車以上の速度で動かれると、探知できませんわ」
「ノキさんが、馬車より速く走る……???」
エリアスとサミュエルが顔を見合わせる。
あの運動おんち代表のノキシスが、馬より速く動くことができるだろうか?
そもそも、馬より速く走れる人間とは……?
……例え自転車があっても、難しいだろう。
彼らが結論を出す。
「うーん……。城壁にいなくて、町にもいなくて、でも、ノキが城壁から5キロメートルも歩くとは思えないし……」
「じゃあ、ノキさんはどこに消えたんだ?」
「わっかんねー……! とにかく俺、聞き込みしてきます!!」
逸る思いのまま立ち上がったサミュエルに、ゲーテが頷く。
同じように、マリアも立ち上がった。
「マリアさん、つらいだろうが、お屋敷で待っていてください。わたしも、店で聞き込みを行います」
「っ、……わかりましたわ」
「エリアス、店はいいから、手伝っておいで」
「うぃーっす。じゃあサミュ、俺、畑の方角探すわ。2時間後にここ集合な」
「わかった」
手早くジャケットに袖を通し、エリアスが指示を出す。
心配そうなマリアに見送られながら、ふたりは開店前の扉を開けた。
雪深い田舎町、ベーレエーデは、夏が過ぎると日照時間が一層短くなる。
空一面に広がる茜色に急かされながら、サミュエルは手当たり次第通行人に声をかけていた。
しかし、収穫は芳しくない。
少年が落胆に表情を暗くする。
「あれ? サミュエルくん!」
「あっ、フォードマンさん!」
呼ばれた名前に振り返ると、茶髪の青年フォードマンと、彼の友人等が手を振っていた。
――亡霊騒ぎをした彼らである。
近づいた青年たちは、不思議そうな顔をしていた。
「どうしたんだい? 慌てているようだけど」
「ノキ見てませんか!? 探してるんです!」
「領主様? 俺らが見たのは、昼頃だったからなあ……」
顔を見合わせる青年たちに、サミュエルの背筋が伸びる。
「どこで見かけましたか!?」食いついた少年に、彼らは目を瞬かせた。
「裏通りの方だよ。1時頃の話だ」
「自転車だったよな」
「城壁の方へ向かっていたぜ」
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げたサミュエルが、振り返ることなく城壁の方へ駆け出す。
唖然、フォードマンたちは少年の背中を見送った。
「……ノキさん、また仕事ほっぽって、散歩に出かけたのかな?」
「久々だよな。ちょっと前までは、しょっちゅうやってたのに」
「亡霊いるし、外出控えてんのかな」
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