カボチャバラバラ事件4

「不審な点はいくつかあった。部分的に削られたカボチャ。一方向の足跡。けれども何より、被害はトンネル状のカボチャ畑の、低い位置だけだという点だ」


 ゆったりと話す領主に、ぐすぐす鼻を鳴らすドナが布越しに顔を上げる。

 ジャケットのポケットからハンカチを取り出したノキシスが、言葉を続けた。


「きみがシリウスに診せている動物は、ウサギではないかね?」

「!」


 広げられたハンカチに収められた、青々とした緑の葉。

 しかしその端はギザギザと欠け、何かに食べられたのだと主張していた。


 その葉を目にした途端、ドナの顔から色が失われる。

 かたかた小刻みに震える彼が、ごめんなさい、掠れた謝罪を呟いた。


「こっ、今回が、はじめてなんです! だから、あの子を食べないで!!」

「……食べる?」


 勢い良く立ち上がり、音が立ちそうなほどに頭を下げたドナが、涙声で叫ぶ。

 はてと瞬いたノキシスが、サミュエルと顔を見合わせた。

 落ち着いた声音で、怯え切った少年に声をかける。


「わたしは事情を聞いているだけだよ。ゆっくりでいい。話しなさい」

「ぐすっ、あの子、ウサギ、……罠にかかって、本当は食べられる予定だったんです……」


 ぽろぽろと涙を落としたドナが、しゃくり上げながら固く手を握る。


 ベーレエーデは田舎町だ。

 領主であるノキシスが、不当だった税率を下げたことによって現在は安定しているが、それでも裕福とは言い難い。

 民族的にも農耕と狩猟に重きを置いているため、野ウサギはいわばご馳走だった。


「で、でもっ、かわいそうで! 怪我しちゃってたけど、生きてたし、お父さんとお母さんに無理言って、迷惑かけないって、ちゃんと世話するって言ったのに!!」

「それで、獣医のシリウスに診てもらっていたんですね……」

「ぐすっ、ちょっと目を離した隙に、逃げちゃって……! 捕まえたときには、畑がぼろぼろでぇ……!」


 本格的に泣き出したドナに、サミュエルが不憫そうな顔をする。


 あの怒るとこわいホフマンと、真っ青になっていた彼の母親を前にして、ウサギがやりましたなどと打ち明けては、恐らく少年にとって悲しい結果が待っているだろう。


 どうしましょう、執事が領主を窺い見る。

 考え込むように顎に手を添えていたノキシスが、なるほど。小さく呟いた。


「それで、ウサギがかじった痕跡を消すために、お母さんの靴を履いてナイフで切り落としたんだね」

「はいっ」

「何でわざわざ母親の靴なんですか?」

「子どもの靴では、容疑者の特定が容易いだろう?」


 ドナは10歳の少年だ。

 この田舎町で、10歳程度の靴の大きさの子どもがどれほどいるのか。

 それこそ、真っ先に疑われるのはドナだろう。


 土壇場でよく頭の回る……。サミュエルは内心舌を巻いた。


「じゃあ、切り落としたあとは? どうやって土手まで戻ったんですか?」

「後ろ向きで……、葉っぱとか落としてないか、確認しながら……」

「なんて用心深い」


 執事が天井を見上げた。

 その用心深さのせいで、『足跡の主が忽然と姿を消した』と勘違いしていたのか。少年執事が納得する。


「……でも、ますますどうするんですか? 本当のこと言えませんよ、ノキ」


 サミュエルの言葉に、再びドナが嗚咽を滲ませる。

 ゆったりと立ち上がったノキシスが、ドナの頭に手を置いた。


「よく話してくれたね。こわかっただろう」

「うぐっ、ぐすっ」

「これからはシリウス指導の下、ウサギの飼い方をしっかりと学びなさい」

「はいぃっ」


 そっと撫でられる頭に、ドナが懸命に目許をこする。


 けれどもノキシスは、これから犯人を別に用意しなければならない。

 果たして明日までにどうにかできるのか?

 サミュエルが不安そうな顔をした。


 軽く手を叩いたノキシスが、さあ、明るく微笑む。

 彼の手が、冷めた紅茶とクッキーを示した。


「マリアが焼いた自慢のクッキーだ。折角だから食べておくれ」

「……ノキ、やっぱり眼鏡、そのままの方がいいですよ。好感度高いです」

「嫌だよ。わたしはうさんくさくて、金に小汚い陰湿な成金貴族なんだ」

「無理しないでください、ノキ。ドナもそう思いますよね」

「えっと……」


 ソファに座ったドナが、視線をさ迷わせたあと、こくりと頷く。

 ショックを受けたといった顔をしたノキシスが、額を押さえて緩く首を振った。


「やはり眼鏡か……」

「眼鏡に重役を課しすぎでは?」

「やれやれ。わたしは教会へ向かうよ。サミュ、あとのことは任せた」

「え!? いや、俺も行きます!!」





 朝霧の揺蕩う畑へ連れて来られたシスティーナは、蒼白な顔色で胃をキリキリさせる。


 ——あたし、ただあのガキを落とすことだけが目的なのに、畑荒らした犯人とかにされるし、ぼんくら領主はなんにもいわないし、それでもってまたここに連れて来られるし、あたしがやったんじゃないし!!


 システィーナは泣きたい思いでいっぱいだった。

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