第22話 中流家庭なんてイヤだ!
「○×△□、○×△□*****!」
う~ん、何か階下が騒がしいなぁ。
あたしはその時、翌日の英語の予習をしていた。
慈円多学園は名門高だ。
決して「イケメン御曹司ゲットのために、うつつを抜かしているブルジョワ高校」ではない。
ただでさえ宿題がタップリと出る。
その上、授業の進み具合が早い。
英語なんて、ある程度は予習をしていかないと、とてもじゃないけど付いていけない。
そんな訳で、お弁当作りに時間を掛ける以外にも、決して勉強を疎かにする訳には行かないのだ。
当たり前のことだが、周りもそれなりに出来る子が揃っている訳だし。
「もう我慢できない!離婚よ!」
そう叫ぶ母親の声が聞えた。
・・・ハァ~、またか・・・
あたしはウンザリしながら、そう思った。
ウチの両親はそれほど仲がいい訳ではないが、険悪って程でもない。
まぁ大抵は母親がヒステリーを起しても、父親は黙ってそれを聞いている程度だ。
だがたまに、そう二年に一回くらいかな、双方がエスカレートし、今日のような大喧嘩になることがある。
こういう時は否応なしに、子供が間に入って仲裁するしかあるまい。
まだ今の段階で、両親に離婚されても困るしね。
あたしは立ち上がった。
本当はお姉ちゃんに仲裁に入って欲しいのだが、今日も姉は家にいない。
大学に入ってから、サークルだ、バイトだ、ゼミだ、飲み会だと、何かと家にいる時間は少ないのだ。
あたしは階段を下りていった。
「あたしだって、今までずっと我慢をしてきたのよ!」
あたしがリビングのドアを開けた時だ。
ちょうど母親がそう叫んでいた。
そう言っている母親の視線の先には、父親がいる。
珍しく父親も立ち上がっていた。
へぇ~、お父さんも今日はファイティング・モードじゃん。
いつもはソファに座り込んだまま、黙って聞いているのに。
「俺だって毎日我慢をしているんだ。俺の苦労がおまえに分かるのか!」
チッチッチ!
親父、男が自分の苦労を口にするなんて、カッコ悪いぞ。
「この程度の事でガタガタ言って、何が苦労よ!」
お~、ママ、かなりヒートアップしてるなぁ。
「世間の亭主は、この程度のことじゃ文句なんて言わないわよ!それをイチイチ言って来て」
父親も負けてはいない。
「俺だって必要なモノなら文句は言わない。不必要なモノを次々に買っているから、それを注意しているだけだろ!」
「不必要なモノなんて買ってないわよ!それに買っているのも、私がパートで稼いだお金でじゃない!」
「美郷と美園も、まだこれから金がかかる時期じゃないか!それをこんなくだらないモノに使っているのを・・・」
ちなみに、美郷はお姉ちゃんの名前だ。
「くだらないって何よ!アナタこそ、使いもしないものに無駄なお金をかけて!」
はぁ~、こりゃこのままじゃ治まりそうにないな。
あたしは平和維持活動のために介入する事にした。
「ちょっと、お母さんもお父さんも、なに大声出して騒いでるのよ。うるさくて勉強できないじゃない!」
父親はあたしを見ると、バツが悪そうな顔をした。
だが母親は、さらに感情が高ぶったようだ。
「いったいケンカの原因はなに?何があってケンカしてるの?」
「お父さんが、イチイチお母さんが買ったモノに文句を言ってくるのよ」
母親は涙目で、そう訴えてきた。
「お母さんがまた高い美容セットとかを買っていたからだよ。つい先月も三万円もするシミ取りセットを買ったばかりだって言うのに」
父親が本当に嫌そうにそう言うと、母親はワッと泣き出した。
「みんなもっとちゃんとしたエステとか行ってキレイにしてるのに、私だけがこんな事くらいで文句を言われて・・・私が友達の間でどんなに恥ずかしい思いをしているか・・・」
父親はあたし達二人から視線を外して言った。
「だからって毎月違う化粧品を買う事はないだろう。ウチには金の成る木がある訳じゃないんだ」
母親が顔を上げた。憎憎しげに父親を睨む。
「何よ、これだって私のパート代で買っているんだ。あなたに文句を言われる筋合いなんてないでしょ!それにムダな金って言うなら、アナタの行ってもいないスポーツジムの費用こそ、よっぽどムダじゃない」
父親が振り向いた。
「俺のスポーツジムはちゃんと行ってるだろうが。あれも会社の健康促進運動の一環で・・・」
「行っているって言ったって、月に一回プールに行くくらいじゃない。そんなもの、公営プールでも行けば一回千円でお釣りがくるわよ!」
「もう二人とも止めてよ!みっともない!」
あたしは思わず大声を出した。
この二人の言い合いを聞いていると、コッチが惨めな気持ちになってくる。
「お父さんは女の美容に関する事は、何も解らないでしょ。それをイチイチ指摘されたら、お母さんだって怒るのは当たり前だよ。お母さんだって女なんだから、いつまでもキレイでいたいに決まっているじゃない。それくらいは黙ってみてるのが、男の甲斐性じゃないの?」
次にあたしは母親の方を見た。
「お母さんもお母さんだよ。自分で稼いだ金って言うけど、それはお父さんの収入があっての事でしょ。それを無視して、自分が稼いだから自分が好きに使っていいって理由にならないよ!」
あたしはリビングから出て行こうとした。
ドアを閉じる前に、二人に言い放つ。
「お父さんとお母さんが離婚するのは勝手だけど、あたしの大学までの学費と生活費はちゃんとしてよね!あたしは一人暮らしするから。これは二人の親としての義務だから!」
あたしはそう啖呵を切ると、リビングのドアを閉めた。
足跡も荒々しく、階段を昇って自分の部屋に戻る。
まったく、みっともない上に、みみっちい事ありゃしない。
どっちも高々、月々数万円のことで。
だが女性雑誌で『夫婦喧嘩の一番の理由は金銭問題』と言うのを読んだ事がある。
そして夫婦どちらもが
『収入があと毎月プラス十万円あれば、夫婦喧嘩の八割は無くなるだろう』
と考えているらしい。
ウチの父親の年収は七百万円ちょっと、母親のパート収入は百万円。
まあ本当に『中流中の中流家庭』だろう。
そこでこんなみみっちいケンカが起こるのだ。
あたしは改めて思った。
将来、こんな家庭はイヤだ。
こんな『普通の生活』は、絶対にゴメンだ。
それには、あの赤御門凛音様のような大金持ちの御曹司を捕まえるか、自分自身が相当な年収を稼げるようになるしかない。
両方できれば、それがベストだ。
さらにお相手が、赤御門凛音様のようなスーパー・イケメンなら、申し分ない。
・・・やはりここは、お弁当お届けレースに勝利して、赤御門様のハートと胃袋を掴み取るしかない!・・・
あたしは改めてそう決心した。
なお、あたしの啖呵で両親は冷静になったのか、その後はケンカは治まったようだ。
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