第10話 【回想】「高校デビュー」の何が悪い!(後編)

 そこに兵太がドリンクとバーガーを持ってやってきた。

立ち上がろうとしたあたしを見て、兵太が不思議そうな顔をする。


「美園、どうしたんだ?」


それを見た熊本が、兵太に呼びかける。


「あれ、兵太じゃん。なに、アンタ、美園と一緒なの?」


熊本は余裕の表情を保とうとしたが、若干悔しさが現れている。

実は熊本は中一から中二にかけて「兵太が好き」と言っていたのだ。


「あ、誰だっけ?」


兵太は熊本をまったく意に介さないように言った。

さすが無神経男。

だがこの場合はグッド・ジョブだ!


「何だよ、忘れたのかよ。アタシだよ、熊本典子。中学の頃はよく一緒に遊んだじゃん」


「ああ、熊本さんか。でも言うほど話したこと、あったっけ?部活も違ったし」


兵太はまったく自然にそう言ってしまった。

いや、この爆弾級の無神経さには恐れ入る。


案の定、熊本の顔が赤くなった。

怒りか、羞恥か?

熊本は話を変えて来た。


「ところで兵太さぁ、なんで美園なんかと一緒にいるんだ?」


その瞬間、兵太の表情に何かが走ったように見えた。


「美園の買い物の付き合い。おれ、今日は部活がオフだから」


気のせいか、兵太が無表情に見える。


「へぇ~」


熊本が馬鹿にしたような様子で、壁に大きくのけぞる。


「美園みたいなダサイ女と一緒にいて面白いか?アタシにはわかんないなぁ」


見る見る兵太の童顔が険しくなる。

滅多に見ない表情だ。


「なんだよ、その『ダサイ女』って?」


「だってそうじゃん」


熊本が挑発するように言う。


「『高校デビュー』しか出来ないヤツなんてダサ過ぎでしょ。中学でモテなかった証拠じゃん。そんなアウト・オブ・眼中の女を相手にしてるなんて、兵太がダサくなるよって忠告してやってんだよ」


……『アウト・オブ・眼中』って微妙に古くないか?久々に聞いた気がする……

あたしはちょっと笑いそうだった。


だが兵太の方は違ったようだ。

手に持っていたドリンクとバーガーを乗せたトレイをテーブルに置いた。

しかし立ったままの姿勢で、熊本を睨みつける。


「『高校デビュー』って何だよ?中学ではじけることがそんなに偉いのか?人それぞれでやるべき時にやる事がある。高校で楽しもうが、大学で楽しもうが、それは個人の自由だ」


お、兵太、イイこと言うじゃん!

もっと言って言って!


「そもそもキチンと学生生活を送っているのが、何が悪いんだ?学生なんだから、勉強や部活動をちゃんとやるって当たり前だろ。美園は昔から慈円多学園に入るために一生懸命勉強をしていた。ダサいどころか、立派だって思ってるよ」


ひえっつ、そりゃ褒め過ぎだよ、兵太。赤面するじゃないか。

あたしはちょっと頬が赤くなった。

元々はあたしが売られたケンカだが、こう言われたら下を向いているしかない。


「ウゼエ、まじウゼエ。兵太、あんたもダサ過ぎ!」


熊本は知っている限りの単語を使って、精一杯反論しているのだろう。

だが兵太の方は、さらに論理的に畳み掛けた。


「俺は、何にでもキチンと一生懸命になる奴が偉いと思う。むしろ学生なのに勉強もしない、部活も中途半端、かと言って打ち込める何かもなく、ただ他人を見下した発言しかしない。そんな奴の方がよっぽどダサイと思ってる」


マズイ、そこまで言っちゃマズイかも。

あたしが顔を上げると、やはり熊本は怒り満面の表情だ。


「何だよ、それ。勉強できるのが、そんなに偉いのかよ!自分の勝手な考えを押し付けるんじゃねーよ!」


「自分勝手な考えを押し付けているのは、ソッチだろ。『高校デビュー=ダサイ』とか。俺は勉強が出来る事が偉いなんて言ってるんじゃない。『自分は何の努力もしてないクセに、努力してる人間を貶めようとしているのがダサイ』って言ってるんだ」


熊本の隣にいた男が、テーブルを蹴飛ばして立ち上がった。


「おいガキ。なに偉そうな事をホザイてるんだ?俺たちの事、見下してんのか?」


顔をグリグリ傾げながら、目を剥いて兵太に迫る。


ヤバイ、ヤバイよ、兵太。

もういいよ。

この場は逃げようよ。


あたしはハラハラした。


だが兵太は、そんな男に対して微動だにせず言い放つ。


「俺は見下してなんかいない。『他人を見下した発言』をしたのは彼女だろ。そもそも他人に見下されたくないないなら、自分は他人を見下すような発言はすべきじゃない」


兵太の言う事は全くの正論だ。

だが正論が通じる相手と通じない相手がいる。


「生意気ぬかしてんじゃねぇ!それがナメた口だって言ってんだよ!」


男は兵太の胸倉を掴んだ。

だが兵太も怯まずに、相手を睨みつける。


「ちょっと、何すんのよ!」


あたしも思わず間に入った。

あたしのために兵太が殴られたんじゃ、申し訳なさすぎる。


「止めなよ、こんな所で。他人が見てるじゃん」


神田奈菜もそう言った。

一緒にいる男もそれに同意して、軽く仲裁に入った。


「そうそう、こんな所でガキ殴ったってしょうがないだろ。警察沙汰になったら事だぜ」


仲間にそう言われたためか、男は兵太を離した。

ふと階段を見ると、男性店員がコッチを見てる。

騒ぎを聞きつけて来たのかもしれない。

男が兵太を離したのは、それもあったのだろうか。


「行こ、兵太」


あたしはまだ憮然と立っている兵太を促すと、テーブルの上のトレイを持ってその場を離れた。

あ、買って来たドリンクとバーガーとポテトは、テイクアウト用に袋に入れ直してもらう。


*****


 あたしと兵太は、ショッピングモールのベンチに並んで腰かけた。

間にはファーストフードの袋が置いてある。


「あの、あのさ……」


「なに?」


「さっきは……ありがと」


あたしは小さい声だが、お礼を言った。


「別にいいよ。お礼なんて」


兵太は頭をかいた。


「ああいうのって俺、嫌いなんだ。キチンと頑張っている人を貶めて、自分がマウント取るようなヤツ。それに『なんとかデビュー』って言葉も嫌いでさ。中学でハジけている奴の方が、高校から楽しむ奴より偉いのかってこと。やる事さえやってれば、他人に文句言われる筋合いはないだろ」


 あたしもそれには同意見だ。

それと、さっきの兵太はちょっと「カッコイイ!」って思ってしまった。

強い意志のある言葉に、ヤンキーに絡まれても毅然として揺るがない態度。

小学五年生の時、相撲であたしに勝てなかった兵太とは思えない。

なんかビミョーに乙女心が疼いてしまった。


「でも美園がいるのに、あんな奴相手に言い争ったのはマズかったかもな」


兵太はそう言って、袋からドリンクとハンバーガーを取り出す。


……兵太、気付かない内に男になってたんだな……


「あとさ・・・」


ハンバーガーの包装紙を開きながら、兵太が思い出したように言った。


「美園、中学の時からけっこうモテてたと思うよ。修学旅行の時に『女子で誰がいいか』って話した時『美園がいい』って男子、何人かいたから」


あたしは顔が真っ赤になった。

……なんでこんな時に、そんなこと言うんだよ。意識しちゃうじゃんか……


あたしは顔を隠すように、ハンバーガーにかぶりついた。

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