第8話 【回想】可哀そうなあたしのキャラ弁当

 初めて参加した『お弁当お届けレース』は、あたしの想像以上に過酷なものだった。

苦労して徹夜で作ったお弁当は自宅にお持ち帰りとなり、あたしの夕飯となった。


「あれアンタ、そのお弁当、家に帰って食べるつもりで二つ作っていたの?」


 母親が目を丸くして聞いてきやがった。

うるせぇなぁ。んな訳ないだろ?

どこの世界に自分の晩飯のために、徹夜してまで弁当作るバカがいるんだよ?

あたしは今、深く傷ついてんだよ。

傷心の娘のことを、少しは察しろよ!

あたしは母親と目を合わせずに、残り弁当を大急ぎでかきこんだ。


 しかしあの激しいバトルレースを考えると、この先、あたしがお弁当を作っても、赤御門様に手渡せる可能性は少ない。

何とか、お弁当をうまく処理できる方法はないものだろうか……


 その後、あたしは前述のように兵太に交渉し、赤御門様に届けられなかった場合は、兵太に三百円で買い取ってもらう事となった。

ああ、三百円か。思い出すと虚しくなる。

せめて三百五十円くらいで買ってくれないだろうか?


 まあ何はともあれ、これで一応、お弁当の後始末については片付いた。

後は赤御門様にお弁当を食べて貰えるよう、全力を尽くすのみだ。


 次にレースへの参加を決めた日、あたしは赤御門様の目を引くよう、渾身の可愛いお弁当を考えた。

自作のオリジナル・キャラクター『丸まり猫』だ。

これはテレビの『チキンライスの小熊がオムレツの布団を要求するCM』からヒントを得た。


 まずはイラストで下書きをする。これが設計図だ。

ご飯部分はほぐした鮭のチャーハンを作り、これで猫の本体を作る。ちょっとピンクがかって可愛い。

眠っている目や鼻は、海苔を切って作る。

顔を埋めている前足の部分には、フランクフルトのソーセージを使った。

足はハンバーグで、しっぽにはブロッコリ-を切って使った。

猫以外の部分は、ごはんの上に錦糸卵を散らして背景とする。


 完成だ!

自分で言うのも何だが、傑作だと思う。

可愛らしい猫ちゃんが、丸まって寝ている感じが良く出ている。

背景の錦糸卵が柔らかい雰囲気を出してくれている!

これなら赤御門様の目にも止まること、間違いないだろう。


 その日のお昼。

あたしは何度目かの『お弁当お届けレース』に参加していた。

今回のスタート位置は二列目七番。

列は前の方だが、端の方なのが不利な点だ。

七海は三列目五番。

二人ともポジション的にはどっこいな位置だ。


 例のごとく、四時間目終了のチャイムが鳴る。

あたしも今度は、周囲に遅れる事なくスタートを切った。

しかしやはり端の方である事が災いし、第二集団以下となる。

すぐ前は例の妨害役集団だ。


 ガツッ、ガツッ


 両隣の女子と肘や肩がぶつかりあう。

だが今日はあたしも負けていない。

肩を固めて、肘は肘で弾き飛ばして走る。

左側の女子はやけに体格がいい。

柔道部の女子だろうか?

チクショウ、アメフトのプロテクターでも欲しいくらいだ。


 階段の昇り口にさしかかる。

右端にいたあたしは仕方なく、一歩下がる。

前回のように、ここで弾き飛ばされると、大きな遅れとなってしまう。

だが妨害役の連中も、階段では連携が乱れるらしい。

 チャンスだ!

あたしは二階と三階の間の踊り場で、いっきに妨害役を抜き去ろうとした。

が、それを察したガタイのいい女が、思いっきりあたしにタックルを食らわせて来る。


 ドカッツ!

あたしは壁に叩きつけられた。

あたしの体重は四十三キロ。

あんなガタイのいい女に体当たりを食らったら、物理的に吹っ飛ぶに決まってる。

思わず手に持ったお弁当を落としてしまった。


 こんのヤロウ、ただじゃおかねー!

あたしは素早くお弁当を拾うと、階段をダッシュした。

だが大きく遅れてしまった事は否めない。

四階の水道場にたどり着いた時、既に今日の勝者五人は決まっていた。

それを見て、諦めた女子達がスゴスゴと帰っていく。


 その中に、あたしにタックルを食らわせたゴリラ女もいた。

あたしはそのゴリラ女に追いすがる。


「ちょっと、アンタ、さっき階段であたしに体当たりを食らわせたでしょ。なんであんな危険な事をするのよ!」


するとそのゴリラ女は、見下したような目であたしを見た。


「あ~ん?あたしが体当たりしたって?ソッチが勝手にぶつかって来て、勝手にすっ飛んだんだろうが」


「なに言ってんのよ!あたしは追い抜こうとしただけでしょ。そこをアンタがタックルして来たんじゃない!」


 あたしとゴリラ女が言い争っているのを見て、周囲の人間が集まり始めた。


「おまえ、一年だろ?まだこの学園の事を知らないらしいな。そんな寝言を言っているようじゃ、このレースに参加するのは十年早いよ」


 そこに七海が追いついてきた。

あたしとゴリラ女が言い争っているのを見て、あたしを止める。


「止めなよ!相手は先輩だよ。こんな所でケンカするのはマズイって!」


 先輩だろうが何だろうが、関係ない!

こんなヤツに遠慮なんて、していられるか!

だがゴリラ女は、フッとあざ笑うような表情を見せると、あたしに背を向けた。


「まだまだ心構えが出来てないようだな。おまえが考えているような、甘いレースじゃないんだよ。このレースは」


そう捨てゼリフを残して去っていった。

あたしは歯噛みして、その後ろ姿を睨みつけた。



 七海と別れて、あたしは屋上に向かった。

屋上で兵太が待っているからだ。


 バーンッ!

あたしは憤懣やる方ない様子で、勢いよく屋上のドアを開けた。

鼻息も足音も荒く近寄るあたしに対して、兵太が少しビビリながら聞いた。


「どうしたんだよ、美園?なんか随分と怒っているみたいだけど?」


 あたしは「今日の可愛い力作キャラ弁・丸まり猫ちゃん」を作る苦労と、ついさっき起きたお弁当お届けレースでのトラブルを、兵太にぶちまけた。

こんなに頭に来たのは久しぶりだ。

誰かに話さないとやってられない!


 だがあたしの話を聞いた兵太は、まったくあたしの怒りを理解しない、見当違いの事を言いやがった。


「美園の苦労は解るけどさ、キャラ弁とか意味ないんじゃねーか?普通の男は弁当に可愛さとか、求めてねーよ。たっぷり食えて、美味けりゃ、それが一番だろ。そっちに力を入れた方がいいと思うぞ」


 ムッカ~!この無神経男!

せっかくあたしが苦労して作った力作キャラ弁当「丸まり猫ちゃん」に、ケチ付けるつもりか?

この弁当を作るために、どれほどの神経と時間を費やしたことか!

少しはあたしに共感して「そんな酷い女、俺が文句言ってやるよ!」の一言くらい、ウソでもいいから言えないもんかね!


 兵太があたしのお弁当を開いた。

一瞬、その手が止まる。


「なに、どうかしたの?」


あたしが気になって聞くと、兵太は顔を上げた。


「さっき『丸まった猫のキャラ弁』って、そう言ったよな?」


「そうだけど?」


「だいぶスプラッタな状況になってるぞ」


 兵太はそう言って、開いたお弁当をあたしに見せた。

そこには、前足は吹っ飛び、足の位置はズレ、胴体は真っ二つになって、顔の半分が崩れかけた

『惨殺された猫』がいた……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る