あなたにこの弁当を食べさせるまで!

震電みひろ

第1話 あたしは福女になる!

 四時間目、十二時ジャスト!

授業が終わる十分前。

クラスの女子は大半が、一斉に立ち上がった。

当然ながら、あたしも立ち上がる。

手には『注魂の力作弁当』を持ってだ!


 女子達は手に手に弁当を持ち、真面目に授業を受けている男子生徒を尻目に、続々と教室を出ていった。

先生は何も言わない。


 当然だ。

それがこの学校の”ルール”なのだから!


……一見ありえない、誰が聞いても目を剥くような、

だが【シンデレラ】を実現してくれる夢のルール……


 女子達は、それぞれ思い思いに四つの方向に分かれていく。

あたしの行き先は図書館前。

学園でもトップの人気を誇る”赤御門せきみかど 凛音りおん”様のグループだ。


 図書館前には五十人以上の女生徒達が集まっていた。

みんなライバルだ。

既にスタートゲートも設置されている。

その前では”監視役兼ゲートを開く係”の生徒六人が、ゲートを持って塀のように立ち並んでいる。


あたしはゲート前の”くじ引き箱”から、一枚のくじを引いた。

引いたクジを役員に渡すと、彼女は背後の机から、クジに書かれた番号に該当する札をあたしに手渡す。

急いでその番号を見る。


 三列目六番か……


 全員が一斉にスタートするこのレースでは、最前列でないのは不利だ。

だがあたしの俊足をもってすれば、スタート時の混乱から抜け出せさえすれば、トップ争いに入る事は不可能ではない位置だ。

ハッキリ言って、脚には自信がある。


 最前列を見ると、いつものように学園七大美人『セブン・シスターズ』の雲取麗香くもとりれいか天女梨々花あまめりりか咲藤さくふじミランの三人がいた。

そのすぐ隣にも、次期セブン・シスターズの座を狙っていると言われる美少女・渋水理穂しぶみずりほが控えている。


 彼女達がいつも最前列のいい場所を確保できるのには、理由がある。

その地位と財力を使って、配下の女生徒連中にくじを引かせているせいだ。

一番よい場所を取った女生徒は、お駄賃と引き換えにその場所を譲る。

また配下の女生徒達は、あたしのような一般生徒の成り上がりを阻止するための”妨害役”の役割も受け持っている。


……負けてたまるか!……


 改めてあたしの闘志が燃え上がる。

金や家柄で勝とうとするヤツラなんかに、負けたくない!


……とは言っても、彼女達は同性のあたしも認めざるを得ない美人ではあるが……


「スタート一分前です!」


 生徒会役員の声が響く。

全ての女生徒が指定の位置に着き、出走体制を取る。

あたしもだ。

弁当を持っているのでクラウチング・スタートの体勢は取れないが、可能な限りの前傾姿勢を取る。

ええい、前後のヤツが邪魔だ!


「スタート十五秒前!」


 再び生徒会役員の声が響く。

あたしはスタート体勢のまま、大きく深呼吸する。

今のうちに少しでも酸素を身体に送っておかねば!


 四時間目終了を告げるチャイムが鳴った!

それと同時に、スタートゲートが左右に開かれた。

開かれた所から、一斉に女子生徒達が走り出す!

当然、トップは雲取と天女と咲藤の三人だ。

ゲート係は可能な限り早く開こうとしているが、どうしても両端が出遅れてしまうのはやむを得ない。


 あたしは三列目六番。

位置としては悪くないが、二列目には例の”妨害役”が固めている。

そのせいで一般生徒は中々前に出られない。


 レースのゴールは、赤御門様の教室前までの約二百メートル!

コースを説明すると、

二階図書館前をスタートし、そのまま百メートル弱を走る。

二階角を曲がって階段を四階まで昇り、もう一度角を右に曲がって、

渡り廊下をを渡って百メートル先がゴールだ。


 あたしはまずはペースをセーブする。

あたしが勝負を賭けるのは、妨害役が疲れて連携が乱れる”階段を昇りきった後”だ!


 第一コーナーを左に曲がる。

よし、予想通り妨害役の連携が乱れた。

だがここで前に出るのは、まだ早い。

前回はこのタイミングで前に出て、階段でスカートを引っ張られ、転倒しそうになった経験がある。


 階段を一気に四階まで上る。

ここで妨害役の多くが息が切れ、大きくフォーメーションが崩れる。

踊り場の中三階から四階への最後の階段。


 ここだ!

あたしは太股に力を込め、前に立ちふさがる妨害役三人を一気に抜き去った。


 成功!この時点であたしは十二番手くらいだ。

既にトップ四人とは五メートル近く離されているが、あたしならまだ挽回できる!


 次の障害はトップのガード連中だ。

こいつらは手強い。運動部の俊足メンバーを揃えている。

だが彼女達にも隙がある。


 実はあたしは帰宅部だ。

だからあたしの足の速さは、みんなに知られてない。

中学時代も帰宅部だったが、短距離走でもクラス対抗リレーでも、陸上部の連中に引けは取らなかった。

陸上部の顧問にも、何度も勧誘されて困ったくらいだ。

 あたしが陸上部に入らない理由は、短距離だと身体がゴツくなりそうだし、長距離だと胸が小さくなりそうだからだ。


 ガードメンバーに追い付いた!

ここは廊下の端の方から追い抜こう!

今日は行ける!


 そう思った時、予想もしない障害達が各クラスからぞろぞろと現れた。

昼食時に学食や売店に食料を求めに這い出てくる、一般男子生徒達だ!

彼らがゴキブリのごとく、わらわらと教室から這い出して来る!


 くそっ!邪魔だ!

 このフツメン、ザコメンども!

 あたしの走行ラインを遮るな!


 そんなあたしの心の声も空しく、彼らはごく普通に、あたしの走行ラインに入ってくる。

無意識の妨害ほど、迷惑なものはない。


 そんなザコメンの群の向こうに、光り輝く存在が現れた。

この学園全女生徒の憧れの的、【ファイブ・プリンス】のリーダー、赤御門凛音様だ。

だが既にその手前には、セブン・シスターズの三人と渋水+α一名の”五人”が揃っていた。


 この「弁当お届けレース」は上位五人までしか、意中の男子生徒に弁当を渡せない事になっている。

男子生徒はその中身を見て、一つの弁当を選ぶのだ。

選ばれた女子は、その男子生徒と一緒に弁当を食べる権利が与えられる。


 そして十回連続で一緒にお弁当を食べることが出来れば・・・

学園人気ナンバー1で最高のイケメン、そして大企業の御曹司という

『人生の勝利者である事を約束された』赤御門凛音様の【婚約者】になれるのだ!

 あたしのような『一般中流サラリーマン家庭の娘』にとって、

これが『シンデレラへの道』で無くて何であろうか!


 だが、あたしはこの日のレースに破れた。

あと三人抜けば、あの五人の中の一人はあたしだったに……

同じくレースに破れた女生徒達は、ぞろぞろと肩を落として自分達の教室に戻っていく。

敗者感満載でだ。


 あたしもガックリして、力なくその場を後にした。

だがみんなとは違って、あたしは屋上に向かう。


 屋上のドアを開けると、そこには一人の男子生徒がいた。

屋上の柵にもたれかかって立っている。

ちなみに赤御門様のようなオーラは全くない、フツメン男子の一人だ。


「また今日もレースに負けたのか?」


 フツメン男子が笑いながら、あたしの方に近寄ってきた。

あたしは憮然として、右掌を差し出した。

フツメン男子も右手を伸ばして来た。

 その手から三百円が渡される。

あたしはその三百円を受け取り、代わりに”本当は赤御門様のための”手作り弁当を差し出す。

フツメン男子・中上兵太なかがみひょうたはドッカと腰を下ろすと、あたしの手作り弁当を広げ始めた。


「おっ?今日もまた美味そうな弁当だな」

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