第39話 託される希望

〔終わりだ津流城つるぎ!! 沙久夜さくやああああああああああああああああああああっ!!〕


 水柱の上の紫の竜と少年に、無数の黒い竜の首が襲いかかる。


「〝破軍津波はぐんのおおなみ〟」


 だが少年は抜刀すると、刃から莫大ばくだいな水を……巨大な津波を周囲に放ち、押し寄せる竜の首を押し返そうとする──が、


〔こんなもんが通じるかああああああああああああああああっ!!〕


 黒い竜の首は津波を突き破り、勢いを増して少年と紫の竜に迫る。


「〝波紋刃はもんのやいば〟」


 対して少年は刀をかかげ、水を薄く圧縮して刀身を中心にした輪形わなりの刃を作る。刃の輪は水面に波紋が広がるように〝異元領域〟の果てまで大きくなっていき、周囲から襲いくる竜の首を高圧縮のウォーターカッターのように全て切断した。


〔……ちっ、こんな技を持ってやがったか〝清世せいせい利剣りけん〟め……!〕


 しかし黒い竜のひたいについた紫の破片が光ると切断面がくっつき、見渡す限りの黒い水面にそそり立つ無数の竜の首は元通りに蘇生そせいする……一方、


「……左様、かつてそれがし稚拙ちせつな正義を気取り、〝清世の利剣〟……太平の世を守護せし破邪のつるぎであるなどと、のぼせ上がっていたのでつかまつる。そして……」


 紫の竜の背……大きな屋形の屋根で津流城は刀を強く握り、


「世界をめぐ数多あまたの悪党をかたわら……ぎょしきれぬ力にて、広大なる土地をも不毛の荒野とさしめたのでつかまつる……!」

〔それで今じゃ世界の大悪党、〝封印災害指定〟か〕

「……如何いかにも……」


 憎まれ口に津流城は声を硬くして、


「未熟がゆえ増長ぞうちょうにより現世うつしよの秩序と正義を乱せしことこそ、某が〝封印災害指定〟を受けた訳合わけあいにつかまつる……なれど」


 一転、迷いを払ったように力強い声で、


御屋形様おやかたさまの……まことの主君の薫陶くんとうにより、某は現世の真実まことを悟ったのでつかまつる」

〔御屋形様だと? 父上が何かしたのか?〕

「否!」


 竜の首の希望を一刀両断するように堂々と、


「我が主君は未来みらい永劫えいごう、三千世界に只一人ただひとり、水代煌路様のみにつかまつる!!」

〔完全に裏切りやがったか!! あれだけ父上が目をかけてやったのに!〕


 黒い竜の首が逆上して津流城をにらむ……が、


草薙くさなぎ弥麻杜やまとは、沙久夜様に狼藉ろうぜきを働きしかたきに他ならぬのでつかまつる……一時いっときは、その〝悲願〟に賛同しかけた不肖ふしょうの身につかまつるが……」


 後半はつぶやくような小声で言った津流城だったが、再び堂々として、


「ともあれ、御屋形様の薫陶くんとうにより某は悟ったのでつかまつる。現世が如何いか矮小わいしょうであるかを」


 瞳も精悍せいかんとして、


「そして現世の秩序と正義も、決して磐石ばんじゃくではないと。秩序とは強者がもてあそ建前たてまえに過ぎず、正義もまた勝者の行いを盛り立てる虚飾きょしょくに過ぎぬと」


 無数の黒い竜の首が硬直した。


「何より……真にえの無いものを守らんとする者は、全てを犠牲にささぐほどの〝欲〟をいだかねばならぬと……胸に一匹の〝鬼〟をまわせねばならぬと悟ったのでつかまつる」


 瞳と声、そして刀を握る手に信念をめ、


「かくして目を開かれし某は、己が〝天命〟に目覚め、全身全霊に誓ったのでつかまつる。すなわち──」


 荒ぶる益荒男ますらおのごとき少年に黒い竜の首がブルブル震え出した。


「この世は夢幻ゆめまぼろしのごとくなり……現世うつしよがまやかしの建前と虚飾により人をまどわす幻に過ぎぬならば──」


 黒い竜が震えを激しくする中、益荒男ますらお大瀑布だいばくふをも超える重圧をほとばしらせ……


「迷わず、くじけず、立ち止まらず、〝天命〟を果たすべく我が主君と共に、某が現世の建前と虚飾を築く者となるのでつかまつる!!」

〔ドン底まで落ちぶれたか〝妹の搾り滓〟め!!〕


 黒い竜が紫の破片を光らせ〝異元領域〟を強力な振動で満たす。

 見渡す限りの黒い水面にそそり立つ無数の黒い竜の首が、同じ振動率で震え共振することで空間が崩壊するような振動を発生させているのだ。


「ぬおっ……!?」

「こ…このような術を……太華琉たけるさん……!」


 ザバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ


 亜空間を丸ごと揺るがす振動に水面は大時化おおしけのごとく荒れ狂い、紫の竜をいただきにえる水柱も今にも砕けそうに乱舞する……そして、


木端微塵こっぱみじんになれ津流城!! 沙久夜あああああああああああああああああっ!!〕


 ピシッ……ピシピシッ……!


 空間そのものが襲ってくるような振動に圧迫され、紫の竜の胴体である屋形にこまかな亀裂が走る……が、


〔なにいっ!?〕


 津流城の周りに八振はちふりの紫の刀が現れ、黒い竜が目をくやまばゆく輝くと亜空間を震わせていた振動があっさり消えた。


〔その刀……〝八鱗刀はちりんとう〟の刀か!?〕

「左様にございます。刀をあなたの振動と反対の振動率で共振させることで、あなたの振動を打ち消したのでございますよ」

〔馬鹿な……たった8本の刀の振動だけで……!〕

「これも〝瀬織津せおりつ〟の……沙久夜様の御加護ごかごにつかまつる」


 津流城がおごそかな声をつむぎつつ、紫の欠片かけら長着ながぎ襟元えりもとから取り出した……一方、


〔くそ……いつもいつも邪魔しやがって〝しぼかす〟があ……!!〕

「……貴殿の心中しんちゅう、察するのでつかまつる」

「……なに?」


 いぶかしむ無数の黒い竜の首に、津流城は深い共感のにじむ声で、


「〝妹の搾り滓〟……幼き日、〝里〟に身を置いていた時分じぶんより、そのこと呪詛じゅそのごとく某をさいなんでいたのでつかまつる」


 さらに声を重くして、


「我が妹を〝鬼子おにご〟と忌避きひ水牢みずろうとらえていた〝里〟の者どもは、〝鬼子〟の兄である某をも〝同様に忌避し、しいたげていたのでつかまつる」


 目元を不快そうに歪め、


ゆえに某は、幼心おさなごころにも理不尽りふじんを感じたものでつかまつる。現世に生まれ落ちるなり引き離され、顔すら知らぬ妹のために、何故なにゆえ己が虐げられねばならぬのかと」


 口元をかたく引き結ぶ……


「……なれど、左様な境遇きょうぐうは某が〝都牟刈つむがり〟の屋形に……沙久夜様の元に迎えられることで終息したのでつかまつる」


 一転、紫の欠片を握りつつかすかに口元をゆるめる。


「……なれど、新たな境遇は新たな苦悩をも某にもたらしたのでつかまつる」


 再び声を重くして、


「某が〝都牟刈〟の屋形に迎えられて間もなく、沙久夜様は石化のやまいに襲われたのでつかまつる。御身おんみを石とされ苦しまれる沙久夜様を前に、某は己の無力をむと共に……妹に、底知れぬ引け目をいだいたのでつかまつる……!」


 紫の欠片を握りつつ唇を噛み、


「幼き日、まさしく〝搾り滓〟……フラッターに等しき身であった某は、日々憂悶ゆうもんしていたのでつかまつる……〝鬼子〟であろうと、妹ほどの力があれば沙久夜様をお救い出来るのではないかと……!」

〔……それが火焚凪かたなに抱いた引け目……お前も俺と同じに、劣等感に苦しんでたっていうのか………〕


 息をのむ黒い竜の首に、津流城は覚悟に燃える瞳を向け、


「左様……なれば某は、妹が東の本家にかかえられしを機に〝里〟を離れたのでつかまつる……己をきたえ、沙久夜様をお救いする力を得るために……!」

〔……!〕

「そして日々精進を重ねた某は、沙久夜様よりたまわった護符ごふの……沙久夜様の御加護をさずけられるがごとく、〝封印災害指定〟を受けるほどの力を得たのでつかまつる」

〔それは……〕


 沙久夜から護符かけらを通じて〝瀬織津〟の力を注がれていたんだ……クローンを製造していた地下空洞での会話を回想し、黒い竜の首は叫ぼうとする。

 だが、津流城は強くなるため自ら〝里〟を出て行った。

 己の弱さを知りながら〝里〟に引きこもっていた自分とは……『お山の大将』とは初手から違っていたと思うと、言葉を続けることは出来なかった……しかし、


〔……勝手ばかり言うんじゃねえ!!〕


 見苦しいと知りつつ吐き出すのは、義憤ぎふんに包まれた抑えきれぬ妬心としん


〔忘れたとは言わせねえぞ! 誰が〝里〟を地獄に……〝暗黒節あんこくせつ〟に沈めたか!!〕

「……無論、覚えているのでつかまつる。我ら兄妹がいた往時おうじの〝里〟は、地獄のごとく重苦しく、瘴気しょうきのごとく息苦しき重圧が吹き荒れていたのでつかまつる……」


 顔を曇らせつつ、強く握る護符かけらを己の胸に押しつけ、


「その重圧に〝里〟の者たちは心をむしばまれ、あるいは魂をむさぼられ……多くの者が狂気にまれた末に数多あまたの同朋をあやめ、あるいは狂乱の果てに自ら命を絶つに至ったのでつかまつる……」


 思い出すだけで冷や汗しつつ、


「無惨な死体があふれ、おぞまましき死臭ししゅうに満たされし地下空洞……忌まわしき〝死〟の気配に征服されし往時の〝里〟たるや、地獄と呼ぶに相応ふさわしき、陰惨いんさんなる魔窟まくつであったのでつかまつる……」


 必死に震えをこらえるような声で、


「そして〝里〟を魔窟とさしめた、〝暗黒節〟の元凶たる重圧を発せし者こそ……〝里〟の中央より遠く離れた水牢に囚われし、我が妹につかまつった……!」


 加えて苦い記憶を回想するように、


「思い返せば……〝里〟の者の某への暴挙も、日々襲いくる身を削るような重圧の恐怖からのがれんとする、せめてもの足掻あがきだったのでつかまつろう……」


 あわれみを浮かべてから顔を引きしめ、


年端としはかぬ身でありながら、遥か離れた地より姿も見せず〝里〟を……多くの人心を恐怖にて席捲せっけんせし振る舞い……まさしく〝鬼子〟の所業につかまつる……!」

〔そうだ……昔、お前ら兄妹がいた頃の〝里〟は……どいつもこいつも、毎日毎日、死の恐怖におびえてた……!〕


 黒い竜の首の憎悪に震える声……しかし、


「……なれば、我ら兄妹が相次あいつぎ〝里〟を離れしは、〝里〟における僥倖ぎょうこうだったのでつかまつろう……某においても、沙久夜様がわずかなりとも平穏を享受きょうじゅされたなれば僥倖だったのでつかまつるが……」

〔ふ…ふざけるな!!〕


 安堵あんどするような津流城に積年の鬱屈うっくつを爆発させ、


〔そもそも沙久夜やお前らが〝里〟に生まれなければ何も起きなかったんだ!! 〝里〟があんなになることも! 母上が野心に狂うことも! 俺が……劣等感に押し潰されることも!!〕


 妬心としんを隠さずブチける……が、急に卑屈ひくつに笑うようにして、


〔だ…だが、今度はそうはいかないぞ……いま火焚凪は水牢に入ってるが、昔みたいな重圧は感じないからな……何日か前に俺が水牢に行った時も、そんな重圧は──〕

「貴殿が右腕をしっしたおりにつかまつるか……」

〔う…うるせえ! 大体〝里〟になぐり込んできた火焚凪をつかまえて水牢にブチ込んだのはお前だろうが!!〕


 なけなしの自信を斬り捨てられたように逆上し、


〔だったら〝鬼子〟も怖くはねえ! 多少強くなった〝搾り滓〟程度に負けるようじゃタカが知れてるからな!!〕

「確かに妹をとらえ牢に入れたのは某につかまつる……なれど、如何いかに某が力を付けようと、火焚凪あれがああも容易たやすく捕われるなど、元来は有り得ぬのでつかまつる」


 それは、妹への信頼か、


「すなわち火焚凪あれ捕縛ほばくを成せしは、相応の訳合わけあいが2つ重なった結果なのでつかまつる」


 あるいは、己の力量への理解か、


「訳合いの1つは、御屋形様に暇乞いとまごいをした火焚凪あれが心を乱していたこと」


 はたまた、同じ主君をいただく者の共感か、


「今1つは……今の火焚凪あれが、雌伏しふくの時にあることにつかまつる」


 ……否、それは長き苦難を乗り越えた者のみが辿たどり着ける、達観たっかんの視点と境地。


〔雌伏の時だと……?〕

「虫は卵からかえり幼虫となり、やがてさなぎて成虫となるのでつかまつる」

〔なに……?〕

「幼き日〝里〟にいた火焚凪あれは〝卵〟であり、東の本家で過ごした折が〝幼虫〟、そして〝里〟に戻りし今は〝蛹〟なのでつかまつる」

〔何の話だ……?〕


 怪訝けげんそうな黒い竜の首に津流城は粛々しゅくしゅくと、


「今、火焚凪あれは往時のごとき重圧を放っていない……貴殿のみならず、〝里〟の大半の者は左様に感じていたことでつかまつろう……なれど」


 かすかに身震いしつつ、


火焚凪あれの重圧は今も〝里〟に、それも往時より遥かに濃厚に満ちているのでつかまつる……多くの者がそれを感じぬのは、その重圧があまりにも深く大気に溶け込んでいるがゆえにつかまつる」

〔……!?〕

「貴殿も耳にしているでつかまつろう。この数日、〝里〟に現れる女の幽霊の噂を」

〔!?〕


 黒い竜の首は、自室の鏡に白い着物の少女が写ったことを思い出し……


〔ま…まさか……〕

如何いかにも。〝里〟の随所ずいしょに現れし幽霊こそ、大気に溶け込みし重圧が結ばせた愚妹の幻影かげだったのでつかまつる」


 黒い竜が絶句し、津流城も遠い目をして、


「某もまた、先刻〝幽霊〟を目にしたのでつかまつる。某を助勢じょせいせんとでも思い上がったか、差し出がましくも沙久夜様の御声おこえを伝えおるとは………」


 微苦笑しつつ沁々しみじみと語る津流城……だったが一転、視線と声を鋭くし、


「左様な火焚凪あれの重圧は〝里〟に満ち、はち切れんばかりにふくらみつつ胎動たいどうしているのでつかまつる……今にも〝蛹〟を脱し、〝成虫〟にならんとするがごとく……」

〔なんだと……それじゃあ〝里〟はまた……〝暗黒節〟みたいな地獄に沈むっていうのか……!?〕


 黒い竜の首が戦慄せんりつしつつ、


〔だったら、どうして止めない!? なんで放っておく!? また昔みたいな……いや重圧が昔以上なら、今度は〝里〟どころか……!」

「左様。今の火焚凪あれの重圧をかんがみるに、再びの〝暗黒節〟は〝里〟のみならず、世界を阿鼻あび叫喚きょうかんの地獄に沈めるのでつかまつる」

〔だったら……!〕

懸念けねんは無用につかまつる。再びの〝暗黒節〟は御屋形様がはばんでくださるがゆえ


 主君への信頼と忠義に満ちた声に、焦燥していた黒い竜の首が安堵あんどする……が、


「今はまだ、〝時〟に致っておらぬのでつかまつる」

〔……なに?〕


 続いた不穏な言葉に、黒い竜の首は再び不安をもたげさせ、


〔どういうことだ……今回〝暗黒節〟を阻んでも、〝時〟が来れば世界は地獄に沈むっていうのか……?〕

如何いかにも。いずれの道を辿たどろうと、遠からず世界は地獄に沈むのでつかまつる。多くの者が未曾有みぞうの苦難に呻吟しんぎんせし、世界を断絶させるがごとき地獄に……なれど」


 いだ海のごとく平静に、


「左様な地獄こそが……〝破壊〟こそが我らの、そして我が主君の御意思なのでつかまつる」


 見渡す限りの黒い水面に立つ無数の黒い竜の首が、時が止まったように固まった。


「我らはこれより、世界の革新をり行うのでつかまつる。そして〝破壊〟こそは〝創造〟の第一歩なのでつかまつる。ゆえに──」


 主君の言葉を噛みしめるように、


「新たな世界を〝創造〟すべく、我らは古き世界を〝破壊〟するのでつかまつる」


 さらに固まる黒い竜の首………だったが、


〔……はっきり、分かったぞ……〕


 ほどなく、抜け出た魂が戻ったように声をしぼり出し、


〔結局、お前も妹と……〝鬼子〟と同じだ……〕


 魂が嗚咽おえつするような震える声で、


〔兄妹そろって世界の敵……〝封印災害指定〟だ………〕


 あるいは、常識や秩序の及ばぬ〝異物〟におびえる声で……しかし、


「今やその〝指定〟は、我が主君にささぐ我が忠義の証につかまつる」

〔悪魔にたぶらかされ……いや、魂を売り渡したか……!〕


 揺らがぬ少年に常識や秩序を傑物けつぶつ〟の〝器〟を感じ、黒い竜の首は悪態を吐きつつも魂が萎縮いしゅくするような畏怖いふに囚われる……一方、


「いつの世も新たな時代の波に乗れぬ者は、世を革新せんとする者をそしるものにつかまつる。我らは左様な蒙昧もうまいどもを、革新の波にて押し流すのでつかまつる。世に数多あまたある洪水伝説のごとく」


〝傑物〟はおごりも罪悪感も無く淡々と、


「しかるのち、波に洗い流されし清浄なる地に新たな世を築くのでつかまつる。これこそは〝破壊〟と〝創造〟の輪廻りんね……すなわち人の秩序や常識を超えし、現世うつしよの真理なのでつかまつる」


 淡々とする中に誇りをにじませ、


「そして我が主君以下、元より〝常識破り〟こそを〝常識〟とする我らZクラスこそは、真理の執行を〝天命〟とする者なのでつかまつる」

〔常識も秩序も捨てて、本物の外道に落ちたか……!!〕


 黒い竜の首が怒りと……恐怖に声を震わせる。が、津流城は溌剌はつらつとした声で、


「落ちたにあらず、某は悟ったのでつかまつる。万象ばんしょうまさる真理と……〝天命〟を」


 主君の薫陶くんとうを胸にき上がらせ、


「元来、某が秩序の守護者たらんとしたのは、只一人の掛け替えの無い女性かたを守護するためにつかまつった」


〝掛け替えの無い女性かた〟への想いを胸に宿し、


「なれば世界や秩序を守護しようと、その世界に掛け替えの無い女性かたがおられぬならば全ては虚構と化すのでつかまつる」


 同志しゅくんへの忠義と……〝親愛〟を胸に刻み、


「されば某が真に守護すべきは秩序にも世界にもあらず、只一人の女性かたであったのでつかまつる」


 女性おもいびとへの献身けんしんを胸に誓い、


って某は、その女性かたを守護せしために古き世を〝破壊〟し、新たな世を〝創造〟するのでつかまつる。おのが非力と些少さしょうなる自尊心などのために、再び掛け替えの無い女性かたを手離し後悔するなど愚の骨頂につかまつれば」

 

 新たな信念と大いなる覚悟を胸に燃え上がらせ、少年は1人の〝おとこ〟として宣言した。


〔…………………………………………〕


 片や〝漢〟の信念と覚悟に圧倒されるように、見渡す限りの水面にそそり立つ無数の黒い竜の首は固まってしまう……が、ほどなく一抹いちまつの希望にすがるように、


〔……妹への引け目は……劣等感は、無くなったのか……?〕

「……いな。我が妹への引け目は、いまだ某の胸にくすぶっているのでつかまつる」


 かすかに強張こわばった津流城の声……


「なれど、左様な〝引け目〟も己の一部と受け入れると思い定めたのでつかまつる。何故なぜならば……」


 長い夜を抜けたように清々すがすがしく、


「〝引け目〟とは〝憧憬しょうけい〟の転じた姿……すなわち対極となる二つは、表裏一体の表と裏なのでつかまつるがゆえ

〔劣等感は……あこがれの、裏の姿………〕


 呆気に取られる無数の黒い竜の首に、津流城は重々しくうなずき、


「左様、某が妹にいだいていた〝引け目〟とは、己より優れた者への〝憧憬〟であると悟ったのでつかまつる。そして、それは己が未熟であることの証であり……」


 一片の迷いも無く堂々と、


「未熟なればこそ、目指す理想があればこそ、某は一層の精進をてさらなる高みを望めるのでつかまつる!!」


 覇気に満ちる〝傑物〟に黒い竜の首が茫然となる………が、


〔……ふ……ははははははははははははははははははははははははははははっ!!〕


 見渡す限りの黒い水面で、無数の黒い竜の首が一斉に笑い、


〔……南米で、俺の複製体に言ってたな〕


 やがて、黒い竜の首も清々しい声で、


〔人は誰かのためにこそ、大業を成せるんだと……〕

如何いかにも。某はそれを証明せねばならぬのでつかまつる。はるか異国の地で散った異邦人いほうじんのために、我が主君への忠義のために……何より……」


 覇気と強大な重圧を全身から放ちつつ、


「掛け替えの無い女性かたを、この手に掴むために!!」


 揺るがぬ信念をいだく少年に、黒い竜の首は納得した上で確認するように、


〔本気で、たった1人の女のために世界を作り直すのか? 本当に、そんなことが出来ると思ってるのか?〕

一命いちめいを捨てて……否、一命をして成し遂げる所存しょぞんにつかまつる」


 死ぬのではなく、生きて望みを叶えるという不動の誓盟せいめい


〔……それが、お前の選択か………〕


 対して無数の黒い竜の首は一斉にうなずき、


〔大したもんだな。あんまりにもまぶし過ぎて、目が潰れそうだぞ……〕


 自嘲じちょうしつつも清々せいせいとして、


〔俺なんて、いつも間違った……最悪の選択をして……このザマだからな………〕


 どこか憧れるようにつぶやいた……そして、もはや思い残しは無いとばかりに――


〔だったら、その覚悟を見せてもらおうかああああああああああああああああ!!〕


 見渡す限りの水面に立つ無数の黒い竜の首が、水柱の上の紫の竜とその背の少年に一斉に襲いかかる──が、少年の刀の刀身が真紅に輝き、


〔ぐあっ!?〕


 少年が刀を振るうや、真っ先に紫の竜に達しようとした黒い竜の首が数十本、脱力して黒い水面に落ちた。


〔なんだと……ぐおっ!?〕


 無事な黒い竜の首が動揺する間にも少年は刀を振るい続け、一振ひとふりごとに数十の竜の首が水面に落ち、たちまち千を超える竜の首が水面に倒れたまま動かなくなる。


八重垣やえがきに伝わりし霊剣術、〝魂斬たまぎり〟につかまつる。これならば再生も叶わぬでつかまつろう」


 残心ざんしんの構えの少年がおごそかに言った。


〔くっ、相手の魂だけを斬る技か……だが! 所詮は多勢に無勢ぶぜいの技だ!!〕


 千を超える首を倒したものの、見渡す限りの黒い水面には未だ万を超える黒い竜の首がそそり立ち、


〔お前の覚悟はこんなもんかああああああああああああああああああっ!!〕


 それらの首が再び紫の竜と少年に襲いかかる!!


〔ぐふっ!?〕


 だが黒かった水面がまばゆく輝き、万を超える竜の首の1本1本が多数の光の輪に縛られ動きを封じられた。


〔こ…これは、まさか……!?〕

「はい。光による拘束こうそく術式じゅつしき天岩戸あまのいわと〟にございます」

〔く…くそおっ!!〕


 動けない無数の黒い竜の首が一斉に火炎弾を吐いた──が、少年が刀から水流を放ち火炎弾をき消し、


御所望ごしょもうなれば我が覚悟を……我らが〝天誅てんちゅう〟をお見せするのでつかまつる」


 瞳に強い覚悟をともし、〝介錯かいしゃく〟の宣告をすると真紅の刀をさやに納め、


「沙久夜様」

「承知しているのでございます、津流城さん」


 少年の厳かな呼びかけに、少年を背に立たせる紫の竜がつつしんで応える……と、少年の周りに浮く8本の刀が紫の光を強め、1つに融合していき………


「なれば太華琉殿、我が覚悟の真髄しんずい御照覧ごしょうらんあれ」


 誕生した眩く輝く1本の刀を、津流城が握り大きく一振りする。 

 それは紫の刀身を天翔あまかける竜のごとく蛇行だこうさせる、刃渡り2メートルを超える荘厳そうごんな〝蛇行だこうけん〟だった……直後、


〔なにぃっ!?〕


 輝いていた見渡す限りの水面が鏡のようになり、拘束された無数の竜の首を写し出す……と、


「古事記と日本書紀の原典の1つである〝ホツマツタエ〟なる書にしるされているのでございます」


 紫の竜も厳かな声で、


「国で暴動が起きたおり、〝瀬織津せおりつ〟は大鏡を海に置き、その鏡に暴徒はたれたちの良き心としき心を写し出させ、悪しき心を清めたと」


 鏡のような水面が荘厳で清らかな光を放ち出す。


「鏡が物を写す原理を御存知でございますか? それは光の反射なのでございます」


 水柱の上の紫の竜が眼下からの光に照らされつつ、


「古来、〝天照大神あまてらすおおおみかみ〟と〝瀬織津〟は一柱の神の〝和魂にぎみたま〟と〝荒魂あらみたま〟であるとされているのでございます。そして──」


 厳かな声を慈愛に満たし、


「この術こそは〝壬申じんしんいくさ〟の折、朝廷の軍勢をくだした奥義にして〝瀬織津〟の〝和魂〟の力……すなわち、〝太陽神〟の光の力の顕現けんげんなのでございます……なれば、津流城さん」

委細いさい承知しょうちにつかまつりまする、沙久夜様」


 紫の竜の背の少年はうなずくと、首に下げる欠片かけらと共に紫の輝きを増す〝蛇行剣〟を大きく横薙よこなぎに振り、円形の紫の光を輝く水面へ放つ。


「〝天照大神〟と〝瀬織津〟には、〝ホツマツタエ〟を始め夫婦であるとする伝承もあるのでございますよ」


 円形の紫の光が波紋のように見渡す限りの水面に広がる……と、


「なれば妻である〝瀬織津〟の光を……〝愛〟を受けた時──」


 無数の黒い竜の首を縛っていた多数の光の輪が砕け、


「〝天岩戸〟は開き、夫である〝天照大神〟が顕現されるのでございます」


 見渡す限りの輝く水面から、無数の巨大な光の柱が立ち昇る。


「これぞ我が覚悟のわざにつかまつる」


 光の柱はそれぞれ黒い竜の首を1本ずつ内包しており、


「『我が業』ではなく、『我らの業』なのでございますよ、津流城さん♪」


 まずは水柱、次に黒い竜の首が無数そそり立った世界に、


「この業こそは、津流城さんと身共の初めての共同作業なのでございますから♡」


 巨大な光の柱が無数そびえ立っている………そして、


「「〝天柱浄鏡てんちゅうのきよめかがみ〟」」


 共同作業のごとく2人が声を重ねる──と、光の柱は目もくらむ輝きを放ち……


〔ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?〕


 見渡す限りの輝く水面上で、無数の黒い竜の首が浄化されるように、己を包む光の柱に溶け込んで消えていく。


「終幕につかまつる、太華琉殿」


 周囲に光の柱がそびえ立つ中、柱の中で消えていく竜の首に津流城が哀悼あいとうを示し、


現世うつしよでのお役目を果たされたならば、どうか安らかにお休みくださるよう申し上げるのでございます」


 津流城を背に立たせる紫の竜も、水柱の上から神妙な声をつむぐ……と、黒い竜の首は体と共に意識も消えゆく中、遺言ゆいごんのように……


〔……津流城おまえは……その女が、何者か分かってるのか………〕

「無論につかまつる」


 遺言に応えるように誠実な声で、


「沙久夜様こそは、某の生涯の恩人であり……生涯を共に歩む、掛け替えの無い伴侶かたにつかまつる」


 光の柱の中から息をのむ気配がして……


〔……勝手に、しやがれ………〕


 あきれ果てたようで、どこか同情するような声をもらす……


〔後悔……するなよ……〕


 自分もおんな翻弄ほんろうされ、後悔する人生だった……


〔あの世から、見てるぞ……お前の選んだ、道の果てを……〕


 あの時ああすれば良かった、この時こうすれば良かったと、いつも胸の奥を後悔に締め付けられていた……


伴侶おんなと一緒に、しくじって……あの世に来た時、泣きわめくがいいぜ……〕


 今のままなら、津流城こいつもきっと後悔する……人生を失敗する……


〔悔しかったら……〝清世せいせい利剣りけん〟と……〝封印災害指定〟……〕


 だが……他人に翻弄されようと、それが自分の望む道だったなら……


〔〝英雄〟と、〝悪魔〟……どちらの道を、選んでも……〕


 それが……〝魔女おんな〟に魅入みいられた道だろうと……


〔命を、けて……足掻あがいてみろ……〕


 後悔しない……幸せな人生になるのだろうか……


〔世界を、生まれ変わらせて……道を……希望を、かなえるために……〕


 自分も生まれ変われるなら……後悔しない……希望のままの道を進みたい……


〔忠告は、したからな……〕


〝事実〟を知らせないのは……せめてもの意趣いしゅがえしであり……


〔あとは……女神おんなと、一緒に……好きに、しやがれ……〕


 せめてもの、声援であり……


〔破壊でも……創造でも……〕


 自分が得られなかったまぶしい希望を……未来をたく心意気こころいき……


〔それとも……まずは、祝言しゅうげんか……だったら……〕


 胸のすくような清々しい声がして……


〔これが………俺の祝儀しゅうぎだああああああああああああああああああああっ!!〕


 太華琉が消え去る寸前、無数の光の柱から、紫の光が紫の竜へ放たれた………




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おそらくは、彼の平穏な世界征服 @0713

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