幻の猪肉ベーコン

メルグルス

第1話 猪肉との邂逅

 私があの肉塊と邂逅したのは、今から約二年前。東北の地に雪が降り始めた頃だった。


 年末をもう間も無く迎えるこの時期。職場では徐々に大掃除に向けて、キャビネットやら倉庫、個人の机の肥やしになっている不要な書類や備品等を片付け始める。

 それは、入口脇で年がら年中ウンウン唸っているギリギリ平成生まれのあいつとて例外ではない。そう——


 冷蔵庫である。


 片開き、二段式の型落ちで、元は原色カラーだったであろう緑色の塗装は、紫外線によって色あせ、良く言えば鶯色にイメチェンを果たしており、夏場に冷蔵室に備え付けられた気持ちばかりの冷凍設備を活用して、プラスチック製の製氷機を使おうと試みれば、翌日には何故かサイドポケットのウーロン茶までカチカチに凍っているか、うすぅ~い氷の膜だけしか形成できない不器用な奴なのだ。

 そんな残念な性能もあってか、ほとんどの人が冷蔵庫を使っておらず、この大掃除前の時期にとりあえず、中身を全部出してみようとなったのである。


 当然のことながら、女性職員は賞味期限切れの飲み物や調味料等を触りたがらないし、若手の男性職員もいわゆるゆとり世代という事で、率先して取り掛かろうとしない。

 となると、イエスマンの自分が冷蔵庫の面倒を見るしかなく、マスクに手袋をして万全の体制で取り掛かったのだ。


 そして、あいつが現れたのは、その矢先だった。


 一般的に、物語の中で黒幕が出てくるのは最後とセオリーが決まっていると思うが、あいつは、そんなのお構いなしに姿を現した。いや、何故その時まで誰もそいつの存在に気が付いていなかったのか……今考えてみても、独りドライブ中に大きく口を開けて恥ずかしげもなく歌っている対向車の運転手と目が合った時の、こっちに落ち度はないのに、何か悪いことをしてしまったのではないか、という気まずさくらいに不思議でならないが、とにかく何の前触れもなく出てきたのである。


 透明の頑丈な真空パック。

 ジップロックなどのチャック付きのものではなく、明らかに両端が加熱され閉じられた本格的な業務用食品保存機器で閉じられたであろう形跡。

 その中には、赤い肉と白い脂身が美しいバランスで混在している三枚肉。経験則で豚肉だと判断した。

 それにしても、なんという大きさだ。自分の顔ほどもあるサイズのブロック肉。それが、カッチコチのカッチコチに凍ってやがる。よく通信販売とかで「バナナで釘が打てます!」みたいなシーンがあるが、あれだ。おそらくこの硬さなら藁人形に五寸釘を打ち込むことも容易にできるだろう。


 そこまで、考えてから俺はようやく口を開いたのである。


「いやいやいや、いつの肉なん?」


 ここで、ようやく職場の皆が俺に注目した。

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