第2話
<ソロスト>
カナシミを売る人々、時代の流れに乗っている(流されている者とそうで無い者がいる)
働く事を放棄している者も多い。
カナシミを売ることで報酬を得た経験がある者。
麻薬等と同じで社会復帰は困難。
復帰率(定職に付き3年以上経過した者)は完全ソロスト(定職に就かず、カナシミによる収入のみの者)の中で約1% 2万人中219人
国民の約4割がカナシミによる収入を得た経験がある。
「トオル。トオル!トオル起きなさい!遅刻するわよ!」
聞き覚えの、ある、声。
母の声だ。
胸に染みてくる、この優しい声。
目は直ぐに覚めた。母親はすでに死んでいる。
俺が10歳の頃だ。
最近は忘れていた。母親のいない寂しさには慣れ、流した涙の後は消え。
まるで、初めから母親など居なかったかのように、、、
「そろそろ命日だな。そっか、だから母さんの夢を見たのか。」
母親に優しくされた思い出も、厳しくされた思い出も、今となっては思い出すのも困難で、夢の中の母親も合っているのかどうか怪しくなる、、、
母親の命日は毎年一人で墓参りに行っている。
カナシミでお金が入るから花でも買って行こう。
疲れた、仕事は本当に疲れる。
精神的にも肉体的にも、それでも働かなきゃ食べていけないから仕方がない。
カナシミで一攫千金!なのてのもあるみたいだが、現実離れし過ぎている。
カナシミで大金を手にいれる!何て、一体どれ程の思いが詰まっていることやら、兎に角カナシミで食っていこう何て考えないことだな!
午後8時。振り込まれる時間だ。
携帯が鳴る。カナシミ事務局からの振り込み完了メールだ。
今回は、3500円。意外と貰えた。
俺のカナシミだと、大体この位が普通。
小遣い稼ぎ程度だからこの額でも充分満足だ。
とは言え、不思議なものだ。
自らのカナシミを売り物にするなんて、、、
大体売れるなんて、冷静になると訳がわからない。
カナシミ事務局は俺が生まれる前から存在していたらしく、俺にとっては当たり前。
違和感も抱かなくなる程、人々の生活に溶け込んでいる。
そんなことを考えながら花屋で花を買い家路に着いた。明日は母親の命日だ。
翌日
夏も終わりがけだが、やはりお昼時は暑い。
額に汗をかきながら、母親のお墓の前へとたどり着いた。
母親のお墓は、都内から電車で2時間ほど離れた小さな村にある。
都会があれほどまでに機械化しているなかで、古きよき日本を残している数少ない場所だ。
墓参りは何度も来ているから、手順は覚えてしまった。
母との久し振りの再会を終えた俺は帰り支度を済ませ、帰ろうとした。
「!?」
見覚えのある男が少し離れた所にいる。
普段なら気にも留めないが、今日は特別気になったのだ。
俺は男の近くへと向かった。
そこにいたのは、昨日会ったカナシミ事務局の査定員だったのだ。
査定員の側には、泣きじゃくる男の子と父親らしき男性がいた。
恐らく、、、恐らくだ。
母親が死んだのだ。
程なくして査定員は荷物をまとめて立ち去った、残された二人はただただ立ちすくみ涙を流していた…
そんな親子を見て昔を思い出した。
「トオル、、、母さんな、、、もう戻ってこないんだ。これからは、父さんと二人で生きていくんだぞ。」
父親は泣き崩れそうな顔で、泣きそうな声で、震える手で、俺の事を守ろうと必死だった。
俺に悲しい思いをさせないようにと、必死に、必死に堪えていた、それから父親は仕事に明け暮れ、今となっては疎遠になってしまった。
生きているとは思うが、連絡を取ることはない。
俺達家族にとって母親の存在はとても大きく、家族の中心だった。
芯の無くなった棒は簡単に倒れてしまい、立て直すことも困難、最初こそ立て直そうとしたが、それも徐々にしなくなった。
立て直そうとしなくなった理由は、父親が母親の死をカナシミ事務局に売ったからである。
それが、カナシミを、初めて使った時の事だ。
家に帰るとスーツを着た男がいた、男は父親と何やら話しをしていた、父親に手招きされ近づくと、
母さんの友人だ。線香をあげに来てくれたんだ。
そして、母さんの話を聞かせてあげて欲しいと言われた。
俺は久しぶりに沢山母親の事を思いだしながら話した。
話して、話して、気が付くと涙が溢れていた。
涙に気が付くと今度は、息が苦しくなった。
閉じ込めていたものが、隠してきたものが、
一気に溢れだしたのだ。
止められず、止めようともせず、延々と流れ出る水の様に母親の事を話し続けた。
俺が少し落ち着いた所で、スーツの男は立ち上がり、父親と一緒に玄関の方へと歩いていった。
「確かに頂戴致しました。只今のお話は録音させて頂きましたので、これより査定に入らせて頂きます。査定完了後、お振り込みになりますが、川井クニオ様は『準ソロスト』になりますので、3%の税金を差し引いた額が、翌日の午後8時に指定のお口座へ振り込まれます。」
そういうと、男は帰って行った。
父親は俺を抱き締めると。
「ごめんな、ごめんな。」と何度も謝っていた。
つづく
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