カナシミ

@shinmai31

第1話

<カナシミ事務局>

『悲しみや哀しみや愛しみ』を査定して買い取ってくれる。

カナシミを売るとカナシミの度合いによって

カナシミバンクの口座にお金が振り込まれる。








俺がカナシミ事務局から受け取った初めての報酬は、母が死んだ時…だったと思う。

記憶が曖昧なのは、仕方ない。


人の死は避けて通ることの出来ないもので、必ず誰もが直面する事柄。


分かってはいても、心が出来事に追い付かない、追い付けない。


そうやって、心の中で必死に母の死を整理整頓。


毎日、毎日、毎日。


いつしか、母の死を思い出す回数も減っていき、気が付けば思い出すのは、ふとした時と命日位になった。




働き初めて5年。今の会社にもスッカリ慣れた。と言うか、慣れすぎていた。


毎日同じことの繰り返し、いい加減飽き飽きだ。

同期のやつらは、出世コースをまっしぐら。

多分、あいつらは『社会』という場所に順応出来た完成度の高い人間なのだろう。


そして、こんな事を言っている俺は、出世コースから大きく外れ、更には荒れ狂う山あり谷ありな『リストラ候補コース』をまっしぐら。


無理難題を投げ掛けられ、避ける事も投げ返す事も出来ず、、、

まぁ、要するに都合の良いやつになっていた。


だけど、仕事をやめるだけの度胸はなく嫌々ながらも、こんな生活を送ることに安心すら感じている。


そんな俺でもストレスは溜まる、どうしようも無くなったら、カナシミ事務局を利用することにしている。

カナシミでは、どんなに小さなカナシミでも買い取ってくれるからだ。


プルルル、プルルル、ガチャ


「こちらは、カナシミ事務局でございます。

お電話ありがとうございます。ご用件をお伺い致します。」


「カナシミの査定をして欲しいんですけど。」


「承りました。それでは、査定員を向かわせますので、ご住所をお教え頂けますか。」


いつも通りに俺は、住所を伝え査定員を待った。


ピンポーン♪

ガチャ!


「私はカナシミ査定員の者でございます。川井トオル様でいらっしゃいますか。」


うなずく。


「それでは、ご本人確認の為にカナシミバンクのお口座とご本人照合を致します。………………川井トオル様。確認が取れましたので、今回のカナシミをお聞かせください。」


俺は上司に怒られたこと、それによって受けた精神的なダメージと怒られたことによって、仕事に支障が出た事を査定員に伝えた。


「確かに頂戴致しました。只今のお話は録音させて頂きましたので、これより査定に入らせて頂きます。査定完了後、お振り込みになりますが、川井トオル様は『準ソロスト』になりますので、3%の税金を差し引いた額が、明日の午後8時に指定のお口座へ振り込まれます。」


いつもの流れ。これで、明日の午後8時にはお金が振り込まれることになる。


冷静に考えれば、人のカナシミなんかを買い取って何が出来るのだろうか?

謎は多いが、便利だし特に問題も起きていないから誰も気にしていない。

とても異常だが、これが俺のいる世界の普通だ。



つづく

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