第12話

 嬉しそうに足を止めて「母さん、ぼくも栗拾い手伝うよ」、息を切らせながら背負っていたリュックサックを地面に放る。


「常盤、なにがあったの?」見つめて常盤の気色を窺う。


「んん?」両手を宙に飛ばして、「つまらないから帰ってきた」余った袖をたくしあげる。


「つまらないからって、帰ってきちゃだめよ」アジャジは立ち上がり、「ちゃんと先生に許しをもらったの?」常盤に近づく。


「えっ? もらったよ、帰ってもいいってさ」不器用にたくしあげた袖をアジャジに差し出す。


「なんて言って帰ってきたの?」背中を曲げて、常盤の腕を丁寧に捲り上げる。


「常盤君は良い子だから帰ってもいいわ、って言ってた」前に出す腕は静かに、飛手は元気に飛び回る。


「嘘ばっかり、どうせおうちに電話かかってきて、あとでわかることよ」窘めようと、力のこもる目で顔を覗く。


「だって、でぶのプラティが、ぼくの手をいたずらにからかって、笑い者にするんだもん。腹立って……」子供らしく口を尖らせ、訴える目を返す。


「どんな? また虫取り網で捕まえられたの?」両腕をきれいに捲り上げた。


「ううん、今度はハエたたきでね、おもいきり叩くの。すごい痛かったんだよ! こう、びしっと」捲ったばかりの腕を振って仕草を表す。


「まあっ、なかなかやるわねぇ、ハエたたきを持ち出すなんて」アジャジは体を起こして細やかな笑みを浮かべる。


「だからやり返したんだ、あいつ背中に腕が回らないほどでぶだから、飛ぶ手でたるんだ背中の肉をおもい切りつねってね、痛がって慌てているところを、ハエたたきをうばって顔を叩いたんだ。みんなも笑ってたよ」左右交互に腕を振り、叩く真似を続ける。


「あらあら、プラティ君のほうが痛そうね」口に手をあてて穏やかに笑う。


「そうしたら、『明日は殺虫剤ぶっかけてやっからな!』なんて騒ぐから、背中をさらにつねっている間にハエたたきをへし折ってね、顔にぶつけて、カバンを取って逃げてきたの」モザイク模様の瞳を紅く輝かせ、得意そうに笑い顔をみせる。


(フフフ、カワイイ子ネ)常盤の頭を優しく触れて、「学校からの電話は適当に言っておくわ、でも明日プラティ君に謝るんだよ」頬を力なくつねる。


「うん」常盤は大きく頭を振る。飛ぶ両手はアジャジの両肩に留まっている。


「じゃあぁ、ちゃっちゃと栗拾いを終わらせましょう、ピアノはそれからたくさん弾いていいわよ」肩に留まる手の甲をなでる。


「やったぁ! たくさん拾うね」そう言うと飛手は横に回転しながら宙を飛び違い、大きな輪の八の字を描く。常盤はカバンからゴム手袋を取り出した。


「お義母さんったら、気にしてこっちを見てる、あら、手を振ってるわ」遠い先を見つめてアジャジは笑う。

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